初級翻訳・良寛物語 手毬と鉢の子 第32話

新美 南吉

けれど、良寛さんの本当の気持ちを疑っているのか、顔をふり仰ぎました。

「さあ、遠慮しないで取りなさい」

その子は、良寛さんの大きな瞳にたたえられた、やさしい慈愛の色を見ました。そこで手毬をそっと受け取ると、良寛さんの手のひらの上に、まだ少し濡れている小さな鶯笛をのせました。さっきまで毬つきをやめて様子を見ていた女の子たちにも、良寛さんがしたことが正しいことだとすぐに分かりました。自分たちは間違っていたんだ、人はこうして互いにいたわり合わなければならないのだと、心の奥底ではっきりと理解したのです。

「わしにうまく鳴らせるかな」

と言って良寛さんがわざと下手に鶯笛を吹くと、みんなはわっと笑いました。毬をもらった子も、その時初めてにっこりと笑ったのです。

十五 亀田鵬斎先生の訪問

亀田鵬斎という、とても偉い学者が江戸にいました。その人は字が上手なことで、世間に広く名を知られていました。ある年の秋のこと、亀田先生は北国を旅して、越後の長岡へやって来ました。長岡の町で一番にぎやかな通りを歩いていると、亀田先生は今までにあまり見たことのない、立派な文字を見つけました。そこで思わず足が止まってしまいました。それは道端にある一軒の大きな商家の、明障子(あかりしょうじ)の上に貼り出された広告の文字でした。太い筆でこう書いてあったのです。

「酢、醤油、上州屋」

なんて美しい文字だろう。見れば見るほど好きになっていく、温かくて、やさしくて、それでいて凛としたところがある文字だ。心の美しい、立派な人でなければ書けない字だ。――誰だろう、こんなすばらしい字を書いたのは。

亀田先生は、貼り紙のそばに行って、長い間じっと眺めていました。棒の一本一本、点の一つ一つを、何度も何度も見て味わっていたのです。それから思い切って、上州屋の中へ入っていきました。

「わたしは、江戸の亀田鵬斎というものですが……」

と亀田先生が言いかけると、主人らしい人が驚いて言いました。

「へえっ、あなたがあの有名な亀田鵬斎先生! そうですか。さあどうぞ奥へお上がりください。名前はずっと以前からうかがっております」

――こんな遠いところでも、わたしの名を知ってくれているのだな、と亀田先生は嬉しくなりました。

「実は、お店の障子に貼ってありました文字を見てお邪魔したのですが、あれは一体どなたがお書きになったものですか」

と奥へ通されると、亀田先生は尋ねました。

「あれは、国上山(くがみやま)に住んでおられる、良寛というお坊さんが書かれたものです。私の父が、何かの折に書いていただいたのです」

「良寛……。良寛禅師なら、わたしも少し聞いております。なるほど、良寛禅師の御筆ですか。そうですか」

と亀田先生は深く感心していました。

「わたしどもには心得がなくてよく分かりませんが、そんなに立派な字でございましょうか、先生」

「立派なものです。わたしは方々旅をしてきましたが、こんなにいい文字を道端で見かけたのは初めてです」

「そうですか」

「いや、良寛禅師の書をあんなふうに表にさらしておくのはもったいないことです。あれは、しまっておく方がいいと思います」

「でも、あれはうちの看板ですから」

「何なら、わたしが代わりに書いてあげましょう。わたしの字くらいが、ちょうど看板にするには恰好です。良寛禅師の書など、あんなふうにしておいては罰が当たります」

「そうでございましょうか」

亀田先生は、そこで良寛さんが書いたものをしまわせ、代わりに自分でその通りに書き直したのです。さて上州屋を出た亀田先生は、急に良寛さんを訪ねてみたくなりました。今まで、良寛という人は大変よい字を書き、かなりよい歌も詠むとは聞いていたけれど、どうせ越後のような片田舎に住んでいる坊主のことだから、大したこともあるまいとたかをくくっていたのです。それが、上州屋の障子に貼ってあった文字を見て、一度に尊敬の念が湧いてきたのでした。

――これは、自分などとは桁違いの大先生だ。いろいろ教えてもらおう。

亀田先生は馬を雇って、国上山に向かいました。麓に着いたのは、沈みかけた秋の陽が赤い光を投げかけて、山の紅葉が一層あかく美しく見えている頃でした。馬を降りて亀田先生は、両側に竹や木が生い茂っている細い山道を登っていきました。あたりは静かで、その道を降りてくる人は誰もいません。道には栗のイガが落ちていたりしました。

――こんな静かな山の中に住んでいるから、あんな味わいの深い、よい字が書けるのだ。

亀田先生はそう思いました。道のわきに小さな庵(いおり)があったので、亀田先生はつかつかと庭へ入っていき、
「ちょっとお尋ねしますが、良寛禅師のお宅はまだこの上ですか」
と聞きました。
「良寛がいるのはここですが。そうして、このわしが即ち良寛じゃが」
と、顔の長い見すぼらしい坊さんが、つくねんと部屋の真ん中に座ったまま答えました。
亀田先生はびっくりしました。もっと立派な住まいにいると思っていたのです。
――自分の書く文字でもかなりよい値段で売れる。良寛禅師は、あれほどすばらしい字を書かれるのだから、懐具合(ふところぐあい)は悪くないはずだ、堂々たる家を建てて住んでいるはずだ、と思っていたのです。

亀田先生が自分の名を告げると、
「ほう、あなたが亀田先生。よく来られたのう」
と言って、良寛さんは初めて立ち上がってきました。
「旅でお疲れじゃろ、まあ足を洗ってお上がりなされ。この水でお洗いなされ」
そう言いながら良寛さんが背戸(せど)から汲んできたのを見ると、器が摺鉢(すりばち)でした。
「これは、あの摺鉢ではございませんか」
と、草鞋(わらじ)の紐を解きかけていた亀田先生は、また驚いて聞きました。
「ああ、摺鉢じゃ」
「摺鉢と申して、あの味噌を摺る味噌摺鉢ではございませんか」
「味噌摺鉢じゃ」
「いや、あきれました。それではこれで足を洗うことはできません」
「いや、相済まぬ。わしのところは貧乏でのう、盥(たらい)だの桶だのというものがないので、大方のことはこの摺鉢で間に合わせますじゃ。それで顔も洗う、手も洗う、口もゆすぐし、足の埃も落とす、味噌も摺るといったわけじゃ。だが知らない人には、汚らしく見えるじゃろ。いや、わしが悪かった。裏に泉がある、そこへ行って洗ってくだされ」

良寛さんは、本当にすまないように謝ったのです。
亀田先生は、泉の水で足の埃を洗い落としながら思いました。
――良寛禅師のようなよい書を書く人が、摺鉢で足を洗わねばならないような貧しい生活を、何故しているのだろう。江戸へ持っていけば、禅師の書はきっとよい値で売れるだろうに。

それから二人の間に書の話が始まりました。二人とも字を書くことが好きなので、話は尽きませんでした。二人は実際に筆をとって、一枚の紙に思い思いのことを書いたりしました。
話の途中で亀田先生が、
「あなたは、字を書いた短冊や半切(はんせつ)をお売りにならないのですか」
と聞くと、良寛さんは、
「そういうことは、しようと思ったこともありませんのう。

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