二、三分もすると、ハチは急に飛び上がり、水平に投げるようにして隣の家の屋根すれすれを越えて、見えなくなってしまいました。
ぼくは、毛虫にこんな強力な敵がいるとは全く知らなかったので、目の前で起こったこの出来事から、かなり強い印象を受けました。
そして今さらながら、自然界で行われている「バランスの調整」の、複雑で巧妙な仕組みについて考えさせられました。
それと同時に、気まぐれに箸の先で毛虫をつまみ取ったりしている自分の愚かさに気がついたのです。
そして、人間がほんの少しの文明を誇らしげに思い、自然界のすべてを征服したような気分になって、自然だけでなく、同じ人間の仲間やその心の上にまで、自分勝手な箸を突き立てるようなことをあえてしている――。
そんな人間のふるまいが、もっと高いところで見ている神様の目には、とても愚かなことに映っているのではないでしょうか。
ふと、そんなことまで考えてしまいました。
それから二、三日経ったあと、同じバラの木で、また別の同じようなハチが大きな毛虫を捕まえている場面に出くわしました。
ハチがいきなり毛虫の頭の方にかぶりつくと、皮膚が破れて緑色の体液が玉のように吹き出しました。
ハチはその毛虫を引きずり、引きずりながら、高い葉へとどんどん登っていきました。
その間も休むことなく毛虫を噛み砕き続けていたので、毛虫のかたちはだんだんと消え、緑がかった黒色のかたまりへと変わりつつありました。
そのうちハチは一度羽を大きく広げて激しく羽ばたかせました。おそらく飛び立とうとしたのでしょうが、毛虫の重さはこのハチの飛ぶ力を上回っていたようで、少しもその場から浮き上がりませんでした。
「これからどうするんだろう?」と思っていると、このやや長めのかたまりを、ハチはうまく二つに食い切りました。そしてその片方を丁寧に丸めたあと、前日と同じ方向へくわえて飛んで行ったのです。
飛び立つ際、ハチのお尻から透明な液体の水滴がポタポタと一、二滴分泌されるのがよく見えました。
おそらく、噛みながら吸い取った毛虫の汁で、お腹がパンパンに膨らんだ結果なのかもしれません。
「残りの半分を、今から取りに帰ってくるのではないだろうか?」と思ったので、十分ほど待ってみました。その間に、まったく別の方向から同じようなハチが飛んできて、バラの上をしばらく探し回りましたが、さっきの団子の残りかすのすぐ近くまで行っても全く気づきません。そのうち、ハチはどこかへ飛んでいってしまいました。
二時間ほどたってから見に行ってみると、毛虫の残り半分の団子は、もうすっかりなくなっていました。
それが一体何者によって持ち去られたのかは、よく分かりません。
しかし、多くのハチについてこれまで知られている事実から推し量ってみれば、この残りの半分も、本来の正当な権利者であるハチの巣へと運ばれたものと考えてもいいでしょう。
本当は、別の巣の住人に横取りされてしまったのかもしれませんが、それは誰にも分かりません。
ぼくは、このハチの巣を見つけてみたいと思っています。そして、この珍しい虫の団子が、巣の中でどのように扱われるのかを知りたいものだなあと願っています。
虫の行動はあくまで虫の行動であって、人間とは何の関係もありません。
「人間として、虫に劣るわけにはいかない」などという道徳的な結論を導くことは、現代においては全く意味のないことです。
それにもかかわらず、虫のしていることを見ていると、本当に面白いのです。
そして、ただ感心するだけで、決して腹が立つことはありません。
ぼくには、それだけで十分に満足なのです。
ぼくは、人間のする事を見ては腹ばかり立てている多くの人たちに、わずかな隙間時間を見つけて、この虫の世界を見物することをぜひおすすめしたいと思っています。
初級翻訳・蜂が団子をこしらえる話 第2話
寺田 寅彦
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