初級翻訳・論語物語 第35話

下村 湖人

孔子は少しもどかしそうに言いました。
「まわりの人たちが自分のことをどう思っているかばかりが気になるのは、まだどこか心の中に暗い影があるからじゃよ。」
司馬牛はハッとして、ヒヤリと冷たいものが背中を走りました。
(なんだ、自分のことだったのか!)と彼は思いました。
そして、心に暗いところがあると言われたことが、恐ろしく彼の心をドキドキさせました。
孔子はその様子をしっかりと見逃していませんでした。そして、司馬牛が何か言い訳をしようとするのを制するように言いました。
「君が、あの兄弟たちの悪事とは何の関係もないということは、君自身の心にちゃんと聞いてみれば、疑う余地などないはずだ。
それなのに、どうして君はそんなにいつまでもくよくよしているのかね。
どうして乞食(こじき)が施しを求めるように、まわりの人たちばかりに『僕を疑わないでくれ』と批難や評価を求めてまわるのか。
それは、君が自分自身をかわいがりすぎて、自分を守ることばかり考えているからではないのかな……。
我々には、そんなことよりもっと他に、しなければならない大切な仕事があるはずだ。」
司馬牛のこれまでの悩みは、その一言で一時に吹き飛びました。
しかし同時に彼は、これまでよりもずっと大きな人生の壁が、まるで大きな岩のように自分の目の前にそそり立っているのを発見し、それに立ち向かう覚悟をしなければならなかったのでした。
それこそは、孔子の語る人間の進むべき大きな道だったのです。
1 孔子は言われた。
「天は私にこの立派な徳を授けてくださったのだ。
あの悪人である桓魛(かんたい)ごときに、いったい私をどうこうすることができようか、いや、できるはずがない!」(述而篇)

孔子と葉公

葉公孔子に語りて曰く、わが党に躬を直くする者あり。
その父羊を攘みて子これを証す。
孔子曰く、わが党の直き者は是に異なり。
父は子の為に隠し、子は父の為に隠す。
直きことその中に在り、と。
――子路篇――

 葉公沈諸梁(しょうこうしんしょりょう)は、孔子が門人たちを引きつれて自分の国にやって来てからというもの、ひどく憂鬱になっていました。
彼はまだ孔子に会っていません。
実は、あまり会いたくないのです。
というのも、「葉(しょう)」は国と名乗ってはいるものの、もともと楚(そ)の一地方でしかないからです。
それなのに、本家の楚が諸侯の国でありながら勝手に「王」を名乗っているのにならって、彼も自分ひとりで「公(こう)」と称しているのです。
孔子がそれを面白く思っていないのは明白でした。ひょっとしたら、面と向かって何かいちゃもんをつけてくるかもしれません。
そう思うと、まず気がひけるのです。
それに第一、彼は先王の道などを真剣に自分の国で実践しようという意志など持っていませんでした。
そんな迂遠(うえん)な道徳論などは、今の時勢においては現実政治の邪魔になるばかりだと考えていたのです。
体裁だけの理屈なら、わざわざ孔子に聞かなくても、自分でも相当心得ているつもりでした。
もし孔子に会えば、どうせ正面からは反対できないような立派な意見を献策されるでしょう。しかし、うっかりその話に乗ったりしようものなら、民衆は耳が早いから、すぐにそれが実現するものだと思い込んで空回りし、ぬか喜びしてしまうかもしれません。
この「ぬか喜び」というものが、政治の世界では何よりの毒でした。
子供だって、お菓子を見せないうちは案外おとなしくしているものですが、一度それを見せておきながら与えたりしなかった日には、全く手に負えなくなるのと同じです。
なんでも民衆は、孔子がやって来たという噂を聞いただけで、今にこの国の政治がよくなるに違いないなどと勝手に噂し合っているそうでした。だから、いよいよ自分が直接会って政治上の指導など受けたとなれば、そのあとがどうなるか思いやられました。
やぶをつついて蛇を出すような真似は、まず控えたほうが賢明だと思えたのです。
だが、あれほど世間の評判が高い人物がわざわざ自分の国にやって来ているというのに、まるで知らん顔をしているのも、なんだか気がとがめました。
もし民衆に自分の誠意を疑われでもしたら、やはり結果は面白くありません。
それに、隣国に対する手前(てまえ)というものも、一応は考えておかなければなりませんでした。
万が一、隣国から「葉は小国だから聖人を遇する道を知らないのだ」とか、「あるいは孔子のほうで見切りをつけて相手にしなかったのだ」などと噂されたら、それこそ最大の恥辱です。
ひょっとすると、そうした噂が将来的に外敵からの侮りを受ける原因にならないとも限りません。
もっとも、どこの国でも心から喜んで孔子を迎え入れたわけではないようでした。
彼の故郷である魯(ろ)ですら、一時は彼を重用しながら、今ではまるで相手にしてもいないという話でした。
あるいは「聖人」というのは名ばかりで、実はそれほど大騒ぎするほどの人物ではないのかもしれない――。
もしそうだとすれば、むしろ会ったほうがよさそうでした。
実際に会って、その化けの皮をはいでやれば、民衆も安心して目を覚ますはずです。
そう言えば、一つだけどうにも腑に落ちないことがありました。
はじめて人の国を訪ねてきたのなら、いくら聖人だとしても、いや聖人ならなおのこと、その国の君主に対してまず自分の方から謁見を願い出るのが礼儀というものです。
それなのに、門人の子路(しろ)などをよこして、いったい何の用なのかもはっきりさせず、まるで一国の君主をエサで釣るような真似をしているのです。
国が小さいからといって自分を軽く見ているのかもしれませんが、君主としての資格というものは、国の大小に関係なく尊重されるべきはずです。
しかも、あの「子路」という男がどうにも気に食いませんでした。
いやに傲然とかまえていて、こちらから「あなたの先生(孔子)とはどういう人物なのか」と尋ねてみても、ろくにまともな返事もしないのです。
なんでも、あとで聞いた話では、孔子は子路に対してこう言っていたそうです。
「『寝食を忘れて学問に励み、ひたすらに道を楽しみ、自分がもうすぐ老いていくことさえ忘れている、と答えればよかったではないか』」と。
そんなことを平気で言う様子を聞くにつけ、いよいよ胡散臭い(うさんくさい)喰わせ者なのだと思わざるを得ませんでした。
だが、それにしても――と、彼の考えはまたグルリと元に戻るのでした。
彼は懸命に孔子を無視しようと努めてはみるのですが、努力すればするほど、かえってまだ見ぬその人物の姿が、重々しく自分の胸を圧迫してくるのです。
彼は、自分の宮殿の目の前に、ある日突然大きな山が盛り上がり、それが日一日と大きくなっていくような、そんな圧倒的なプレッシャーを感じて仕方がありませんでした。
重臣たちの中には、葉公が孔子を引見しないのを内心で喜んでいる者もいました。
しかし、彼らはそれを口に出して言おうとはしませんでした。
真面目な重臣たちは、葉公の優柔不断さを心から心配していました。
そして、「相手が偉大すぎるからこそ、葉公も気後れしているのだろう」と察し、それとなく彼を激励したのです。

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