それが、午後になってふと気がつくと、いつの間にか空は真っ青な雨上がりとなっていて、久しぶりに、黄色く生き生きとした日差しが、窓に迫った屋根瓦の黒い湿り気の上に差し込んでいました。
よく見ると、そこには、下から覗き込んだ桐の木の梢、潤って重なり合った青葉の陰に、一匹の雀の子が、珍しく見つけた日向を喜ぶように、枝から枝へと飛び移って夢中で遊んでいました。
すると下からおふさが上がってきて、「雨が晴れて気分がすっきりしたから、そのあたりまで出て、買い物をしてきたい」と言います。
私が威勢のいい返事をすると、おふさは子供のような笑顔をして下へ降りていかなかったのですが、それからだいぶ経っても、門口の鈴の音がなかなか鳴りません。
「もう出かけたのかな」と思い、息抜きも兼ねて下へ降りてみると、一つしかない普段着の帯を、着替えたネルの着物の上から締めたおふさは、薄暗い三面鏡の前にうつぶせになって泣いています。
どうしたのかと聞くと、おふさは涙に汚れた顔を上げて、「髪がたくさん抜けるから悲しいのです」と言います。
「こんなに、いくらでも抜けるんですのよ」言いながら、油の染みた櫛に引っかかった抜け毛を見せてくれます。
片方の手にも、抜け落ちた髪をたくさん溜めて持っています。
私は、「そんなくだらないことで泣くやつがあるものか」と、わざと作り笑いをしながら言って、「行くなら早く行けよ」と励まして送り出したものの、そうして出 ていく後ろ姿を格子戸越しに見送りながら、おふさが以前と比べて、はっきりと力なく痩せ細っているのに気づき、それがまるで自分がしたことのせいのようで、申し訳ないような、かわいそうな気持ちになりました。
いつもで見慣れていて何とも思わずにいたけれど、今こうして改めて気づいてみると、おふさは本当にはかない姿になってしまっていました。
「いったい何を買いにいくのだろう、私もそのあたりまでついていってやろうか」と思いました。
けれどもそうこうしているうちに、おふさはすでに露路を出て行ってしまいました。
私は再び二階へ上がったものの、おふさが帰ってくるまでは何だか落ち着きませんでした。
書きかけてもペンが動かず、紙の上へ意味のない落書きをしているうちに、いつしか、あの哀れな女性が私のために背負ってきた長い苦労の道のりが、考えようともしないのに次々と頭に浮かんできました。
どこまで行ったのだろうか、いつまで経ってもおふさは帰ってきません。
屋根に当たっていた日差しもだんだんと夕方に近づいて陰ってきたというのに、まだ帰ってきません。
私は心配になって表通りまで出て、傘屋の店先に立ち、通りの両方をきょろきょろと見渡しました。
するとちょうど向こうから、おふさたとぼとぼと歩いて帰ってきます。
どうやら金魚を買ってきたようです。
ガラスの入れものを紐で下げて、しょんぼりと帰ってきます。
私は、二人が一刻も早く出会えるようにと、こちらからも歩いて歩み寄りました。
「どこまで行っていたんだい」と聞くと、「わたし、どうしたんでしょう……帰る途中で急に息が苦しくなって歩けなくなってしまったものですから、どうしたらいいかと思って、しばらくあそこの場所で休んでいました。すみませんが、これを持っていただけませんか」と言って、金魚の入れものを渡してくれました。
真っ青で、とても苦しそうな顔をしています。
「いっそのこと、この足ですぐお医者さんへ連れて行って、診てもらおうじゃないか」と、私は気持ちを奮い立たせるようにそう言いましたが、「それよりも早く家へ帰って横になりたいのです。お医者さんに行かなければならないなら、明日にでも行けば済むことですし」と言って、おふさはそのまま一緒に家へ帰りました。
「おい、大丈夫か、しっかりしろよ」と、私は障子につかまりながら階段を上がっていくおふさにそう声をかけながら、押し入れから布団を出して敷いてやると、おふさは、「おや、すみません、あなたにそんなことをしていただいては……」と言ったかと思うと、そのまま崩れるように布団の上に伏せ込み、そして突然、げほっと敷布団の上に血を吐き出しました。
その時の私の驚きを、私は今でもまるで昨日のことのようにありありと思い出すことができます。
「じっとしていられよ! 布団くらいなんだ、もう吐きたくはないか? 大丈夫なのか?」と言ったきり、自分も涙ぐみながら、おふさのうつぶせになった背中を抱きしめるようにしていました。
おふさはめそめそと泣きながら、「私はもうどうなってもいいんですけれど、私が寝込んでしまったら、あなたのお仕事が……」と、かすかにそう言い残すと、消え入るように泣き崩れました。
その夜、私はずっとおふさの枕元に座ったままで、おふさが力の入らない目を閉じ、やっとのことで微かな寝息を立てる、その青ざめた眠りを見守り続けました。私は夜中を過ぎても少しも眠れず、夜が深まるにつれて、おふさはこうして数日を過ぎたあとに、とうとう亡くなってしまうのではないかと考えていました。
枕もとには、夕方おふさが買ってきた金魚が、一晩中、薬の瓶と一緒に並べて置いてありました。
金魚の色は、いつ思い出してもひどくうら悲しいものです。
おふさを思い出しても、やはりうら悲しいのです。
(明治四十四年六月)
初級翻訳・金魚 第2話
金魚
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