また、ぴしりっ、そして、
「王手!」
鉄人のからだが、がくんと、くずれました。
いよいよ、勝負がついたのです。
すると、ああ、これはどうしたというのでしょう。
おじいさんの目が、とびだすほど見開かれ、前にいるQの顔を、まるで、おばけでも見るように、見つめているではありませんか。
北見君は、ハッとして、Qの方を見ました。
Qは、いすから、腰を浮かして、立ちあがりそうになっていました。
両方の手の、大きなにぎりこぶしが、頭の上にふりあげられていました。
そして、
「ウウウウ……。
」
といううなり声とともにQの鉄のからだぜんたいが、グーッと、おじいさんの上に、倒れかかっていったのです。
おじいさんは、下じきになって、必死にもがいています。
あらしは、ますますはげしくなり、西洋館が、舟のようにゆれていました。
ヒュウッ、ヒュウッという風の音。
どこかで、バタンと、窓の開く音。
そして、ピカッと、部屋の中がまひるのように明るくなり、しばらくして、おそろしい、かみなりの音が、おどろおどろと聞こえてきました。
ロボットの鉄人Qは、からだぜんたいが鉄でできているのですから、それに上からおさえつけられたおじいさんは、どうすることもできません。
「たすけてくれえ……。
」
と、叫びながら、手足をばたばたやっているばかりです。
北見少年は、おじいさんをたすけようとしましたが、とてもかなうものではありません。
人間とそっくりの顔をしたQに、じろっとにらみつけられると、ゾーッとして、やにわに、西洋館から、逃げだしてしまいました。
外は、日がくれて、もうまっくらです。
それに、おそろしいあらしで、たきのような雨が、横なぐりに、吹きつけてきます。
いまにも、吹き倒されそうです。
北見君は、その中を、むがむちゅうで走りました。
ときどき、ピカッと、いなびかりがして、あたりがまひるのように明るくなります。
そして、ごろごろごろごろ……と、おそろしいかみなりの音。
どこを、どう走ったのか、少しもおぼえがありませんが、ふと気がつくと、目の前で、ピカッと光ったものがあります。
いなびかりではありません。
懐中電灯の光のようです。
「おい、おい、きみ、どこへ行くんだ。
雨でびしょぬれじゃないか。
」
よく見ると、そこに立っているのはおまわりさんでした。
すぐそばに、交番があります。
北見君が、雨にぬれて走っているので、ふしんに思って、出てきたのでしょう。
北見君は、いいところで、おまわりさんに会ったと思い、いままでのことを、すっかり話しました。
「おじいさんが、殺されてしまうかもしれません。
早く、行ってみてください!」
「よし、行ってみよう。
ちょっと待ちたまえ。
パトロールカーも呼んでおくから。
」
おまわりさんは、そういって、交番に引きかえすと、そこにいた、もうひとりのおまわりさんに、何かいっておいて、すぐにもどってきました。
おまわりさんと、北見君とが、西洋館にかけつけ、あの部屋にはいってみますと、そこには、おじいさんが、ただひとり、いすにかけて、グッタリしていました。
「鉄人Qは、どこへ行ったんです?」
北見君が、あわただしく聞きますと、おじいさんは、
「どこかへ逃げてしまった。
わしは、もう少しで、しめ殺されるところだった。
だが、やっとたすかった。
あいつはおそろしいやつだ。
わしが作ったロボットだが、もう、わしのいうことをきかなくなった。
あいつを自由にしておいてはあぶない。
なにしろ鉄の人間だから、ばか力がある。
それにピストルのたまが当たったぐらい、へいきだからね。
どんなおそろしいことをやりだすか、知れたものじゃない。
警官、あいつをつかまえてください。
でないと……。
」
おじいさんは、おびえた声で、きれぎれに、そんなことをいうのでした。
「そのロボットは、電池かなんかで、動くのですか? そんなら、電池が切れたら、何もできなくなるでしょう?」
おまわりさんがききますと、おじいさんは、かぶりをふって、
「いや、電気ではありません。
わしが発明した、とくべつの力で動くのです。
その力は、切れるということがないのです。
だから、あいつは生きた人間と同じことです。
しかも、良心を持たない鉄人ですから、どんな悪いことだってやります。
どうか、あいつをつかまえてください。
でないと、いまにおそろしいことがおこります。
」
それから、大さわぎになりました。警察署にも連絡が入り、東京中に非常線がはられました。しかし、その夜はもちろんのこと、次の日になっても、二日たっても、三日たっても、鉄人Qの姿はどこにも見つかりませんでした。
ミドリちゃん
村田ミドリちゃんは、まだ幼稚園に通っている、とてもかわいらしい女の子でした。
ミドリちゃんのおうちは、上野公園の不忍池の近くにありました。
ある日の夕方のことです。
おうちのすぐそばの広っぱで、たったひとりで砂遊びをしていると、ひとりの背広を着た男の人が近づいてきました。
その人はミドリちゃんのそばにしゃがみこむと、にっこりと笑いながら声をかけました。
「いい子ですね。いくつですか?」
「五つ」
ミドリちゃんはかわいいお顔を上げて、無邪気に答えました。
「お名前はなんというのですか?」
「村田ミドリよ」
「ミドリですか。いいお名前ですね」
その男の人の声は、なんだか蓄音機のレコードから聞こえてくるような、変な声でした。
話し方も、妙にたどたどしいのです。
ミドリちゃんはまだ小さかったのでそこまでは考えませんでしたが、この人は外国人かもしれません。
そういえば、顔も白っぽくて鼻が高く、体もとても大きかったのです。
「わたしが、おうちを作ってあげましょう」
レコードのような声でそう言うと、その人は手で砂をかきあつめ、西洋館のような形を作り始めました。
ミドリちゃんはうれしそうに、それを眺めていました。
「ミ・ド・リ・ちゃーん……」
向こうの方から呼ぶ声が聞こえてきて、パタパタと靴音を立てながら、ひとりの少年が近づいてきました。
「ミドリちゃん、もうおうちへ帰る時間だって。おにいちゃんと一緒に行こうよ」
それは、小学校四年生の村田幸一くんという、ミドリちゃんのお兄さんでした。
「まだ帰らないの。このおじちゃんと遊んでるんだもん」
ミドリちゃんはお兄ちゃんを邪魔者にするような顔をして答えましたよ。
男の人が作ってくれた砂のおうちが、よっぽど気に入ったのでしょう。
幸一くんは前の方へ回り込み、そこにしゃがんでいる男の顔を覗き込みました。
なんだか気味の悪い男です。
体の形が妙に角ばっていますし、顔はおしろいでも塗ったように白っぽくて、唇は女性のように真っ赤なのです。
幸一くんは不審に思って、尋ねてみました。
「おじさん、だれなの?」
「わたしは人間です。あなた、ミドリさんの、お兄さんですか?」
男がレコードのような声で問い返してきました。
「人間です」なんて、実に不思議な言い方です。
それに声も、人間の喉から出る声とは違っているのです。
幸一くんはだんだん気味が悪くなってきました。
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