初級翻訳・青い絨毯 第4話

坂口 安吾

「君は知らないだろうけど、あの家ときたら、下の座敷へ降りると、足音のないお婆さんがいつも立っていたり、歩いていたりするんだぜ」
「背が馬鹿に高くて肩幅の広い、力士が痩せたようなお婆さんなんだ」
「そのお婆さんが、一人かと思うと、確かに二人なんだね」
「嘘をつくことがあるものか。確かに二人なんだ」
「そのくせ俺は、足音を聞いた覚えがありやしない」
こういうふうに僕は長島に言うのです。
ワッハッハと彼は笑って無言のままです。
「便所から出たら、足音のないお婆さんが鴨居の下を歩いて行ったよ」と葛巻がニヤリと笑って、これも無言です。
「この絨毯、燃やしちゃったらどうだろうね」
「だって君、君ったら、どうしてこの絨毯が嫌なんだろうね」葛巻は骨の病気と肋膜を患っていて、僕がそのレントゲン写真をひっくり返して眺めていると、彼は頬杖をつきながら「どう? なんだか嫌なものだろう」とニヤリと笑う。
毎日、死んでしまうほどの量の睡眠薬(カルモチン)を飲み込んでいるせいで、少年貴族のような彼の顔は黄色く濁り、皺だらけだ。
「カルモチン、やめたらどうだい」
「だって、眠れないんだもの」
「眠れる人は幸福だよ」
「馬鹿馬鹿しい話だ。それは叔父さんの亡霊にすぎないんだよ。叔父さんと縁を切るのさ。バッサリとね」
「じゃあ、眠らせておくれよ」
少年貴族はそう言って、爽やかに笑うのだ。
芥川先生は自殺したけれど、そもそも自殺なんて起きるような家じゃないんだ。
誰かがあの家で殺されているような気がする。
短刀やピストルといったものが投げ出されていて、でも、君、犯人なんて必要ないんだよ。
そもそも、そういう家なんだ。
いつだって青空から隠されている。
僕はまた、そんなふうに長島に言う。
すると彼はまた、お腹を抱えて大笑いする。
要するに長島は、僕という粗雑な男はそういうふうな悩み方をするやつで、死の家の暗さなんていう妙なものをでっち上げて、独りで参って喜んでいる――要するに、一つのポーズにすぎない、と思っていたのかもしれない。
もちろん、心理学的に分析すれば、遠回りな言い回しの底の方に謎を解く鍵もあるかもしれないけれど、本人にとってはポーズの方が重要なのさ、と彼は思い込んでいたのだろう。
僕自身、自分のポーズに惑わされる傾向が確かにあるけれど、正しく敬虔な心に照らせば、あの家は暗い家だと僕はやっぱり断言する。
笑わないでほしい。
少女の祈りのような幼い心が今も僕の胸に少しだけ宿っていて、その言葉が「あの家は暗い家だ」と告げているんだ。

葛巻は暗くない。
芥川家も暗くない。
住んでいる人々も暗くない。
「お婆さんに足音がない」なんて言うのは、本当に無礼な悪表現で、僕の無躾なポーズのせいに他ならない。
要は、あの時期が暗いのだ。
少年の希望というものは、なんと暗いことだろう。
貧乏の苦しみも、恋の苦しみも知らず、世の中の多くの汚れも知らず、ただ人生の重さだけを嗅ぎ当てている。
希望に燃え、虚名に憧れ、成功を追い求めながら、死の本当の意味を知る者は、ただ青春だけなのだ。
最も希望のない時期だ。
そう言えると思う。

そんな時期のある日の夕暮れ、駿河台下の道を一人で歩いていると、レインコートを着た青年が僕を呼び止めた。
見覚えがあるかと聞かれたので「ない」と答えると、「そうでしょうね。僕のような平凡な男が、あなたの目にとまるはずなんてありません」と言う。
「僕の一生なんて、僕自身が一番よく分かっているんです。安いサラリーマンで、右にも左にも動くはずがないじゃありませんか。まだこうして失業していないことだけが不思議なくらいですよ」
あの頃は、青年の半分くらいが失業している時代だった。
「十分か十五分だけでいいから、一緒にお茶を飲む時間を与えてくれませんか」と言うので、手近な茶店で休むことにしたのだが、彼が突然口にした言葉は、とんでもないものだった。
「あなたには、美しい令嬢たちのお友達が数え切れないほどいらっしゃるのでしょうね。そうして、その令嬢たちがみんなあなたに思いを寄せているに違いないことも知っています」
この男はそれを完全に信じ込んでいて、僕が返答する余地などない様子だった。
「あなたのように聡明で、王者のような青年紳士に無数の美しいお友達ができるのは当然のことです。自分はアテネ・フランセの末席で、いつもあなたのようになりたいとばかり考えていたんです」
「偶然、一人でいらっしゃるのを見かけたので思わず呼び止めてしまいましたが、こうして十分か十五分、一緒にお茶を飲んでいただいた光栄だけで十分です。決して令嬢の一人に紹介してほしいなんてことは考えていません。令嬢たちが僕なんかに注意を向けるはずがありませんから」
そう言って彼は一方的に喋りまくり、そそくさと立ち去ってしまった。
もっとも、この男はまるでソファにふんぞり返るように座って、腕組みをして煙草をふかし、威張り返って天井を睨みながら、ひどく自分を卑下するような言葉をまくし立てていたのだが。
奇妙な話があるものだ。
僕には美しい令嬢の友達など一人もいなかった。
僕のことをこんなふうに考える人がいるというのは不思議だったけれど、要するに世の中はこんなものだろう。
誰一人として思い通り、望み通りの生活をしている人はいない。みんな、他人が幸福だと思い込んでいるだけなんだ。
葛巻だって、多くの人々に「一番幸福な人だ」と思われていたに違いない。
その葛巻は、痩せる思いで令嬢に恋焦がれ、致死量に近い睡眠薬をガブガブ飲んで、ようやく眠りについているというのに。
世の中は、ままならないものだ。
先年、葛巻が結婚したとき、「結婚記念にあの絨毯を燃やしちゃいなさい」と手紙を書いたが、結局、その手紙を出すことはできなかった。

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