「とにかく、ボクも一応は管長ですからね。
教祖さまと違って、ボクには体に備わっているような霊の力なんかないものですから、外見をちゃんとしたりして苦労するんですよ――」この頭だって、毎日バリカンを当てて、フケひとつないようにゴシゴシと磨いているんです――ぬか袋を使ってね。
米ぬかを使ったこともありますし、信者さんが届けてくれたウグイスのフンを使ったこともありますが、基本的にはずっとぬか袋なんですよ。
キュッキュッと磨いたあとは、頭全体を牛乳でひたして、耳の穴の中までよーく洗います。
そうすると、自然とツヤが出てくるんですよね。
油を塗って光らせているんだろうって言う人もいますが、そんなことは絶対にしていません」
「ふうん、よく手入れしているものだ。
さすがだなあ」
と、川野が感心した声を漏らした。
それが嬉しかったのか、日野くんは耳までまっ赤に染め上げて、
「お目にかかるたびにあたたかく励ましていただけて、おかげさまで、かつてはダメダメだった私も、最近ではみなさんから好意的に見ていただけるようになりました」
日野くんはもともと世渡り上手な男だったが、大巻先生の患者だったころには、こんな少女のようなピュアな初々しさは微塵もなかったのである。
「本物の生き神様をそばに置くと、人間はこうまで変わるものなのだろうか」
大巻先生は、まるでまだ恋を知らないダライ・ラマの少年をふと思い浮かべたりしたほどだった。
どこか、お稚児さん(おちごさん)のような雰囲気すら漂っている。
もっとも、大巻先生はそういう情緒的な雰囲気を楽しむ趣味など持っていないので、さっそく単刀直入に切り出した。
「君もりっぱな管長さんになって、ふつうの人はなかなか近づけないすごい存在になったわけだが、実はね、私も日ごろから現代医学というものに行き詰まりを感じていて、宗教が持つ暗示の力や、霊的なパワーといったものに強い関心があるんだよ。
川野先生の話を聞いていると、先生は教祖の手のひらから出る温かい熱を受けると、ものすごく体がスーッと軽くなるとおっしゃる。
それに、教祖にはこれまでにもいろいろと病気を治した実績があるようじゃないか。
私は特にこれといった持病がないから、実験台としては物足りないかもしれないがね、川野先生が言うその『手のひらの放熱』というやつを、私にも一度試していただけないだろうか?
宗教の力を疑うようで少し心苦しいが、私も医者という立場から、ぜひ一度この肌で体験してみたいんだ」
「承知いたしました!
それではさっそく、教祖にお伝えしてまいりますから」
日野くんはとても気軽を引き受けると、宗教特有の堅苦しさや気取ったところはカケラも見せず、スッと奥の部屋へと向かった。
待たされた時間はほんのわずかだった。
日野くんがすぐに戻ってきて、
「どうぞ、こちらへ」
と、教祖の応接間のような部屋へと案内してくれた。
ごく普通の、どこにでもある和室だった。
教祖は二人を迎えると、静かに一礼した。
とりわけ大巻先生に向かっては、
「先日は大変失礼いたしました」
と、三つ指をついて丁寧に頭を下げる。
いつものあの無表情だった。
だが、こうして普通に言葉を交わしていると、むしろ今までよりもずっと穏やかで、普通の人間らしくさえ見えるのだ。
「あれ? ひょっとして、心の病気はもう治ったのかな?」
大巻先生は思わずそんなことまで考えてしまった。
その目つきにも、以前のような狂気じみた激しさは全く感じられない。
「上着をお脱ぎになったほうがよろしいかと」
日野くんが、まるでマッサージ店の受付のような手慣れた感じで、軽く勧めてくれる。
「では」
大巻先生が上着を脱ぐのを待って、
「どうぞ、こちらへ」
教祖がそっと腕を取って部屋の奥へと連れていき、畳の上に座らせた。
「このあたりがお悪いのですか?」
教祖は彼の目の前にぴったりと座り、彼の胃のあたりにそっと手を当てて、じっと顔をのぞき込んだ。
その瞬間、教祖の表情がガラリと変わった。
まるで熟練の武芸者のような、一切の感情を消し去った無表情。
あるいは、不気味なキツネのお面でもかぶっているかのようだ。
大巻先生の脳裏に、あの朝、愛しい彼女が泣き濡れていた顔がふとよみがえった。
まさにあのときと同じ、すべてを突き詰めたような表情をして、彼女はやがておいおいと泣き伏せたのだ。
そこには、肉欲を超越したかのような、言い知れぬ可憐な気品が満ちていた。
胃に当てられた彼女の手が、まるで重い石のように、まっすぐ、力強く、グイグイとくい込んできた。
少しも震えていない。
そして、大巻先生にとって何よりも意外だったのは、これほどまでにぴったりと体が密着しているというのに、彼女の呼吸も、脈の音も、女性特有の体臭すらも、一切感じられなかったことだ。
ふっと、彼女が手を離した。
その瞬間、あたり全体の空気が、ウソのようにパッと軽く、明るくなった。
そして、大巻先生はハッと気づいた。
「しまった。
私は『熱』のことすっかり忘れていたぞ。
いや、それどころか、何もかもすべてを忘れてぼうっとしていたような気がする……。
だが、なんだこの体の軽さは!」
まるで、現実世界へと急に引っ張り戻されたような不思議な感覚だった。
彼は思わず感動の声をあげた。
「おおい! なんてすばらしいんだ!
まるで、自分の体がこれまでの半分以上の軽さに生まれ変わったような気がするぞ!」
「そうだろう!
君のその顔を見れば、すぐに分かったよ」
川野が嬉しそうにそれに同調した。
一方の教祖は、まるで武芸者が真剣勝負を終えたあとのように、片膝を立て、畳に片手をついて自分の体を支えながら、目を軽く閉じて、まるで気を失っているかのようにじっと動かなかった。
全身のエネルギーをすべて出し尽くした後のような、そんな強烈な雰囲気をまとっていた。
ここにもまた、一切の煩悩や性欲を超越した「何か」があると、大巻博士はハッと思い知らされたのだった。
「これが、宗教の力なのだろうか。
これが、宗教というものの底知れない魅力なのだろうか……」
彼はその深い謎の前に立ち尽くし、完全に圧倒されてしまった。
イエスともノーとも、もう自分では答えが出せなかったのだ。
神サマも勝てない男
二人が本部の表玄関まで戻ってくると、安福軒がそこで待ち構えていた。
彼はニヤニヤと意地悪そうに笑っているだけだ。
「結果なんてわざわざ聞かなくても、顔を見ればバッチリうまくいったって分かりますよ」と言わんばかりの表情だった。「エイヤッ。
エイヤッ。
エイヤッ」
道場の中から、まるで剣術の稽古をしているような激しい気合いの声が響いてきました。
「ちょっとこちらに来てごらんなさい」
安福軒は二人を道場の入口へと案内しました。
中には、たくさんの男女がぎっしりと座っています。
何かを唱えているかと思うと、突然、片手をアッパーカットのように鋭く一突き、二突き、三突きと繰り出しながら、
「エイヤッ。
エイヤッ。
エイヤッ」
と大きな声で叫んでいるのです。
「これはいったい、何の行事かね?」
「何でもいいんですよ、こんなことは。
逆立ちだって何だってするがいいさ。
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