」
みんなが丘へ登ったとき、又三郎がいきなりマントをぎらっとさせて、そこらの草へ橙色や青色の光を落としながら出てきて、それから指を広げてみんなの前に突き出して言いました。
「上海と東京は、僕たちの仲間なら誰でもみんな通りたがるんだ。どうしてか知ってるかい?」
又三郎は真っ黒な目を少し意地悪そうにくりくりさせながら、みんなを見回しました。けれども、上海と東京という言葉に、一郎もみんなも何のことか分からなかったので、お互いにしばらく顔を見合わせて黙っていました。すると又三郎が、もう大得意でニヤニヤ笑いながら言ったのです。
「僕たちの仲間はみんな上海と東京を通りたがるよ。どうしてかって? 東京には日本の中央気象台があるし、上海には中国の中華大気象台があるだろう。どっちだって偉い人がたくさんいるんだ。本当は気象台の上をかけるときは、僕たちはみんな急ぎたがるんだよ。どうしてかって言うと、風力計がくるくるくるくる回って、僕たちの記録(レコード)はちゃんと下の機械に出て、新聞にも載るだろう? 誰だっていい記録を作りたいから、それはどうしても急ぐんだよ。
けれども僕たちの方の決まりでは、気象台や測候所の近くへ来たからといって、急に急いだりすることは、とても卑怯なことだとされているんだ。お前たちだってきっとそうだろう? 試験の時ばかりむやみに勉強したりするのはいけないことになっているだろう。だから僕たちも、急ぎたくたってわざと急がないんだ。
そのかわり、本当に一生懸命駆けている最中に気象台へ通りかかるときはうれしいねえ。風力計をのぼせるくらいに回してピーッと駆け抜けるだろう、胸もすっとなるんだ。
面白かったねえ、一昨年だったけれど、六月ごろ僕、ちょうど上海にいたんだ。昼の間には海から陸へ移って行き、夜には陸から海へ行ってたねえ。たいてい朝は十時ごろ海から陸の方へ駆け抜けるようになっていたんだけど、そのときはいつでも、うまい具合に気象台を通るようになるんだ。
すると気象台の風力計や風信器が置いてある屋根の上の櫓(やぐら)には、いつでも一人の中国人の理学博士と、子供の助手とが立っているんだ。博士は黙っていたが、子供の助手はいつでも何か言っているんだ。そいつは頭をくりくりの坊主頭にしてね、着物だって袖の広い中国服だろう、靴も履いてるねえ、とっても可愛らしいんだよ。
一番はじめの日、僕がそこを通ったらこう言っていた。
『これはきっと颶風(ぐふう)ですね。ずいぶんひどい風ですね』
すると中国人の博士が葉巻をくわえたまま、ふんふん笑って『家が飛ばないじゃないか』と言うと、子供の助手はまるで口を尖らせて、『だって向こうの三角旗や何かがパタパタ言ってます』と言うんだ。
博士は笑って相手にしないで壇を下りて行くねえ。子供の助手は少ししょげながら手を拱(こまね)いて、あとから恭しくついて行く。
僕はそのとき、二・五メートルという記録を風力計に残して、笑って行ってしまったんだ。次の日も九時ごろ、僕は海の霧の中で目が覚めて、それから霧がだんだん溶けて空が青くなり、お日さまが黄金の薔薇のように輝き出したころ、そろそろ陸の方へ向かったんだ。それも仕方がないことなんだ。お日さまさえ顔を出せば、僕たちはどうしても陸の方へ向かわなきゃならない。僕はだんだん岸へ近づいて、かもめが白い蓮の花みたいに波間に浮かんでいるのを見たよ。たくさんのジャンク船の黄色い帆や、白く塗られた蒸気船の横腹を通り過ぎて、昨日の気象台の近くを通ったとき、僕はもう遠くからあの風力計がくるくるくるくる回っているのを見て、胸が躍ったんだ。
すうっと駆け抜けたよ。
記録(レコード)は秒速五メートルと出たね。そのとき下を見ると、昨日の博士と子供の助手が今日も出ていて、子供の助手がやっぱり言っているんだ。
「この風はたしかに台風(颶風)ですね。」
中国人の博士はやっぱり笑って、気がない様子で「瓦も石も舞い上がっちゃいないじゃないか」と答えながら、もう壇を下りかけている。
子供の助手は、まるで一生懸命になって「だって木の枝が動いていますよ!」と言うんだ。
それでも博士はまるで相手にしないねえ。僕もそのときはもう気象台をずっと離れてしまって、あとどうなったかは知らない。
そしてその日はずっと西の方、陶器の塔があるあたりまで行ってぶらぶらし、その晩、十七夜のお月さまが出るころに海へ戻って眠ったんだ。
ところが、その次の日もそうだった。
その次の日、僕がまた海からやってきて、ほくほくしながら、もう大分いい早足で気象台を通りかかったら、やっぱり博士と助手が二人で出ていた。
「こいつはもう本当の暴風ですね」と、またあの子供の助手が、もっともらしい顔つきで腕を組んでそう言っているだろう。
博士はやっぱり鼻であしらうといった風で、「だって木が根っこから抜けてないじゃないか」と言うんだ。
子供はまるで顔を真っ赤にして、「それでもどの木もみんなグラグラしてますよ!」と言うんだ。
その時、僕はもうあとを見なかった。なぜって、その日の記録は八メートルだからね。そんなに気象台のところにばかり長く留まっているわけにはいかないんだ。
そしてその次の日だよ。やっぱり僕は海へ帰っていた。
そしてちょうど八時ごろから雲もいっぱいやってきて、波も高かった。
僕は今度はもう両手を広げて叫び声を上げながら気象台を通り過ぎた。
やっぱり二人とも出ていたねえ。子供は高いところなものだから、もうぶるぶる震えて手すりにとりついているんだ。
雨も幾つぶか落ちてきたよ。そんなに怖そうにしながら、またこう言っているんだ。
「これは本当の暴風ですね。林がガアガア言っていますよ、枝も折れてますよ。」
ところが博士は落ち着いて、体を少し曲げながら海の方へ手をかざして言ったねえ。
「うん、けれどもまだ暴風というわけじゃないな。もう降りよう。」
僕はその言葉を切れ切れに聞きながら、そこを離れたんだ。それからもう駆けて、駆けて、林を通るときは木をみんな狂人のように揺さぶり、丘を通るときは草も花もめちゃくちゃに叩きつけたんだ。そしてその夕方までには、上海から八十里も南西の方の山の中へ行ったんだ。
そして少し疲れたので、みんなと別れて休んでいたら、その晩また僕たちは上海から北の方の海へ抜けて、今度はもうまっすぐにこっちの方までやってくるということになったんだ。
そいつは低気圧だよ。あいつに従って行くことになったんだ。
さあ、僕はその晩中、明日もう一回上海の気象台を通りたいと、どれほど考えたか知れないよ。
ところが、うまい具合に通ることができたんだ。そして僕は遠くから、風力計の椀(わん)がまるで目にも見えないくらい速く回っているのを見た。また、あの中国人の博士が黄色いレインコートを着て、子供の助手が黒い合羽を着て櫓(やぐら)の上に立ち、一生懸命空を見上げているのを見たんだ。
さあ、僕はもう笛のように鳴り、稲妻のように飛んで、「今日は暴風ですよ! そら、暴風ですよ今日は! さよなら!」と叫びながら通り過ぎたんだ。
子供の助手が何を言ったのか、ただその小さな口がピクッと曲がったのを見ただけで、僕には少しも分からなかった。
コメント