こんなことがあってから、からすは人を煽ったり、嘘を言って困らせたりすることを喜ぶようになりました。それもすべて、かもめの言葉を信じてひどい目に遭った復讐を、他に向けていたからなのです。
ある日、からすが田んぼや畑の上を飛んで、田舎道に差し掛かると、並木に牛がつながれていました。その体は黒と白の斑模様でした。そして、背中には重い荷物を背負わされていました。これを見ると、からすはすぐにその木の枝に止まりました。そして、下を見下ろしながら言いました。
「牛さん、牛さん、ご主人はどこへ行ったんだい?」
牛は、穏やかで大きな目を見開いて、遠くの日の光に照らされて暑そうな景色を眺めていましたが、からすが頭の上でそう尋ねると、「俺のご主人は、あそこの茶屋で昼寝をしているよ」と答えました。
これを聞くと、からすは言いました。
「人間なんて、どうしてこう自分勝手なんだろうね。おまえさんなんて、人間の何倍も力が強いじゃないか。なぜこんな綱なんて引きちぎって、山の中へ逃げていかないんだい? 山の中へ入れば、草もあるし、水もあるし、木の実だってある。遊んでいて楽に暮らしていけるじゃないか。もしかしたら、獣たちの王様になれるかもしれないぜ」と、からすはおだてました。
牛は黙ってからすの言葉を聞いていましたが、なんとなくそれを信じることができませんでした。
「一体、そんなことができるだろうか」と、牛は言いました。
「なんでできないことがあるものか。おまえさんたちは臆病なんだよ」と、からすは言いました。
「先祖代々、そんな乱暴なことをした奴の話なんて聞いたことがない」と、牛は答えました。
「やればできたんだ。みんなおまえさんみたいな弱虫ばかりだからさ」と、からすは言いました。
人のいい牛も、ついに腹を立てずにはいられませんでした。
「ちっぽけな癖に、生意気なことを言うな!」」と、上を向いて太い鼻息を吹きかけますと、からすはびっくりして、
「ばか、ばか。」
と、悪口をいって逃げ去ってしまいました。
からすは、ついに牛をおだてそこないました。
そして野や、畑の上を飛んできますと、今度は一ぴきの馬が並木につながれていました。
その馬は背が高く、まだ年若い赤毛の馬でした。
からすはさっそく、その木のいちばん下の枝に止まりました。
馬は、足もとの草を食べていました。
「お馬さん、お馬さん、あなたが本気で駆け出したら、どれほど速いことでしょうね。私はあなたのような立派なお馬さんが、こうして綱で縛られているのが不思議でなりません。なぜこんなところにまごまごして、朝から晩まで重い荷物を背負わされていなければならないのですか」と、からすがいいます。
「おまえは誰かと思えばからすか。よく俺の足が速いことを知っているな。本当に駆け出したら、どんなものでも追いつけるものはない。けれど逃げ出したって、行くあてがないじゃないか。それとも、どこかいいところがあるというのか」と、若い馬は問い返しました。
「それはありますよ。誰も束縛するような者のいない、そして、暗い夜というようなものもない、まったく自由で、一日中明るい昼ばかりのよい国がありますよ」
「それは、いったいどこだ」
「それはですね、西の赤い夕焼けがする国です。毎日、あなたはその方角を見るでしょう。いつもその方角を見ると、愉快になりませんか?」と、からすはいいます。
「愉快になるよ。俺は夕焼けの方を見るのが大好きだ。けれど、そんなにいい国があるなどとは知らなかった。おまえは、本当に行って見てきたのかい?」
「私は、太陽の近くまで行って見てきました」と、からすはいいます。
「太陽の近くへ? 真っ赤だろうな。しかしおまえは翼があるから行けるが、俺には翼がない」と、馬は悲しそうに答えました。
「そのかわり、速い脚があるじゃありませんか。どんなところでも、あなたなら飛び越せないことはありません」と、からすはいいます。
「たいていのところなら飛び越せるつもりだ」と、馬は答えて、しばらく考えていました。
からすは、今度はうまくやったなと思い、高いところへ飛んでいって、じっと馬の様子を眺めていました。
すると、馬は突然跳ね出しました。そして背中に積んであった荷物を全部落として、綱を切り離すと、野原や林をめがけて駆け出していきました。
からすは、馬が最後はどうするのかと、空を飛んでついていきました。
馬はついに林や野原や丘を越えて、海辺に出てしまいました。
日はようやく暮れかかって、海のかなたは赤く、夕焼けがしていました。
馬はじっとその方を見て、かなたの国にあこがれながらも、どうすることもできませんでした。
「やってみろ! おまえならこの海を飛び越せるだろう」と、このとき、空でからすがいいました。
馬は、本当にそうかも知れないと思いました。そして、思い切って海を飛び越そうとはね上がりました。
けれど、ほんのわずかも飛べず、海の中に落ちて死んでしまいました。
これを見たからすは、
「あほう、あほう」
といいながら、どこかへ飛んでいってしまいました。
その年の暮れ、大雪が降って寒い晩のこと、からすは一つの厩(うまや)を見つけて、その戸口に来て、薄暗い中をうかがい、一晩の宿を求めようと入りました。
するとそこには、白と黒のぶちの肥えた牛が寝ていました。
「おまえは、いつかのからすじゃないか。あのとき、もしもおまえのおだてに乗って山の中へ入っていたら、この大雪の中でどうして安らかに寝ることができるだろうか。おまえのようなうそつきには、宿を貸してやることはできない」と、牛は追い立てました。
からすは、大雪の中をあてもなく、そこから立ち去ったのであります。
初級翻訳・馬を殺したからす 第2話
小川 未明
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