初級翻訳・花のき村と盗人たち 第3話

新美 南吉

子供が来たら「お疲れさん」と言って、泥棒だと思われないように、気持ちよく子牛を返してやろうと考えていたのです。
ところが、子供たちの声は村の方へ消えてしまいました。あの草鞋を履いた子供は、帰ってきませんでした。
村の上にかかった月が、鏡職人が磨き上げたばかりの鏡のように、ピカピカと光り始めました。あちらの森では、フクロウが「ホーホー」と二声ずつ区切って鳴き始めました。
子牛はお腹が空いたのか、体をかしらにすり寄せてきました。
「だって、しょうがないだろ。俺からはミルクなんて出ないんだから」
そう言ってかしらは、子牛のぶち模様の背中を優しく撫でていました。まだ目からは涙がこぼれていました。そこへ、四人の弟子たちが一緒に帰ってきました。

「かしら、ただいま戻りました! おや、この子牛はどうしたんですか? ははぁ、やっぱりかしらはただの泥棒じゃない。俺たちが村を探りに行っている間に、もうひと仕事しちゃったんですね!」
釜右ヱ門(かまうえもん)が子牛を見て言いました。かしらは涙に濡れた顔を見られまいと横を向いたまま、「うむ、そう言って君たちに自慢しようと思っていたんだが、実はそうじゃないんだ。これにはわけがあるんだよ」と言いました。
「おや、かしら……涙を流しているのですか?」
と、海老之丞(えびのじょう)が声をひそめて聞きました。
「この涙というものは、一度出始めるとなかなか止まらないものだな」
そう言って、かしらは袖で目をこすりました。
「かしら、喜んでください! 今度こそ俺たち四人、しっかりと『泥棒の根性』で探ってまいりましたよ。釜右ヱ門は金の茶釜がある家を五軒見つけましたし、海老之丞は五つの土蔵の錠前を調べて、曲がった釘一本で開けられることを確かめました。大工のあっしは、このノコギリで難なく切れる家の裏口を五つ見てきましたし、角兵ヱ(かくべえ)は角兵ヱで、足駄(あしだ)を履いたままでも飛び越えられる塀を五つ見つけてきました。かしら、俺たちを褒めてください!」
と、鉋太郎(かんなたろう)が意気揚々と言いました。

しかし、かしらはそれには答えず、こう言いました。
「俺はこの子牛を預かったんだ。ところが、いつまで経っても取りに来ないから困っているんだよ。すまないが、お前たち、手分けしてこの子牛を預けていった子供を探してくれないか」
「かしら、預かった子牛を返すんですか?」
と、釜右ヱ門が信じられないという顔で言いました。
「そうだ」
「泥棒の身分で、そんなことをするんですか?」
「それにはわけがあるんだ。これだけは必ず返さなきゃいけないんだ」
「かしら、もっとしっかりと『泥棒の根性』を持ってくださいよ!」
と鉋太郎が言いました。かしらは苦笑いしながら、弟子たちにわけを詳しく話して聞かせました。
わけを聞けば、みんなにもかしらの気持ちがよく分かりました。そこで弟子たちは、今度は子供を探しに行くことになったのです。
「草鞋を履いた、可愛らしい、七歳くらいの男の子なんだな」
と念を押して、四人の弟子は散っていきました。

かしらもじっとしていられず、子牛を引いて探しに行きました。月の明かりに野茨(のいばら)やウツギの白い花がぼんやりと浮かぶ村の夜を、五人の大人泥棒が、一匹の子牛を連れて子供を探して歩き回りました。「かくれんぼの続きで、まだあの子供がどこかに隠れているかもしれない」と言って、泥棒たちはミミズが鳴いている辻堂(つじどう)の縁の下や、柿の木の上、物置の中や、いい匂いのするミカンの木のかげなどを探しました。道行く人に聞いてもみました。しかし、ついにあの子供は見当たりませんでした。
村の百姓たちが提灯に火を灯してやってきて、子牛を照らしてみましたが、こんな子牛はこの辺りでは見たことがないと言いました。
「かしら、こりゃあ一晩中探しても無駄みたいです。もうやめましょう」
海老之丞が疲れ切った様子で、道端の石に腰を下ろして言いました。
「いや、どうしても探し出して、あの子供に返したいんだ」
かしらは首を縦に振りませんでした。
「もう、手立てがありませんよ。唯一残っている手段は、村役人のところへ届け出ることですが……かしらもまさか、あそこへは行きたくないでしょう?」
と釜右ヱ門が言いました。村役人というのは、今でいう警察官のようなものです。
「うむ、そうか」
かしらは腕を組んで考え込みました。しばらく子牛の頭を撫でていましたが、やがて、
「よし、そこへ行こう」
と言いました。そして、迷いのない足取りで歩き出しました。弟子たちはびっくりしましたが、かしらについていくしかありませんでした。
たずねて村役人の家へいくと、出てきたのは鼻の先に落ちそうな眼鏡をかけたおじいさんだったので、盗人たちはまず一安心しました。これなら、いざというときには突き飛ばして逃げればいいと思ったからです。

かしらが子供のことを話し、「わしら、その子供を見失って困っているんです」と言うと、老人は五人の顔を見回して「見かけない顔ばかりだが、どちらから来たのかな」と聞きました。
「わしら、江戸から西の方へ向かう旅の者です」
「まさか、盗人ではあるまいな?」
「いや、とんでもない! わしらはみんな旅の職人です。釜師や大工や錠前屋などをやっております」とかしらはあわてて言いました。

「うむ、いや、変なことを言ってすまなかった。お前さんたちは盗人ではないな。盗人がわざわざ物を返しに来るはずがない。盗人なら、物を預かったら『しめた!』とばかりに、くすねて逃げていくはずだ。いや、わざわざ善意で届けに来てくれたのに、疑ってすまなかった。わしは役柄、どうしても人を疑うクセがついていてね。人を見れば『こいつ、詐欺師じゃないか、スリじゃないか』と思ってしまうんだ。まあ、悪く思わんでくれ」と、老人は言い訳をして謝りました。

そして、子牛を預かってくれることになり、下男に物置へ連れて行かせました。
「旅の途中で、みんなも疲れているだろう。わしは今、いい酒をひと瓶、西の館の太郎どんからもらったところでな。月を見ながら縁側で飲もうと思っていたのだ。ちょうどいい、みんなも寄っていきなされ。ひとつ付き合っておくれ」
人のいい老人はそう言って、五人の盗人を縁側に招き入れました。

そこでお酒を飲み始めると、五人の盗人と一人の村役人はすっかり打ち解けて、まるで十年前からの知り合いのように、愉快に笑ったり話したりしました。するとまた、かしらは自分の目から涙がこぼれていることに気がつきました。それを見た老人は、
「おまえさんは泣き上戸のようだな。わしは笑い上戸でね、泣いている人を見るとかえって笑えてくるんだ。どうか悪く思わんでくだされや、笑うから」と言って、口を大きく開けて笑いました。
「いや、この涙というやつは、どうにも止まらなくてね」とかしらは目をしばたきながら言いました。

それから五人の盗人は、お礼を言って村役人の家を出ました。門を出て、柿の木のそばまで来たとき、何かを思い出したようにかしらが立ち止まりました。
「かしら、何か忘れ物でもしましたか?」と鉋太郎が聞きました。
「うむ、忘れ物がある。

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