すぐに車を呼びたまえ」
射撃場の怪事件
笠原さんは、ときどきサーカスの舞台に出ることがあります。
長年鍛えた腕で、空中曲芸でもオートバイの曲乗りでも、なんでもできるのです。
なかでも射撃術は名人で、遠くから助手のくわえているタバコを撃ち落とすことができます。
助手の顔を少しも傷つけないで、タバコだけを撃ち落とすのです。
またトランプのカードを的(まと)にして、ハートならハートの印を、上から順番にひとつひとつ射抜いて見せることもできるのです。
ですから笠原さんは、射撃の腕が落ちないように日を決めて射撃場に通い、練習をしているのですが、今日はちょうどその練習日なので、烏山射撃場へやってきたのです。
本当は正一君のことが心配で、射撃どころではないのですが、警察にも届けたし、小林少年に明智探偵へ話してくれるようにも頼んだので、そういう専門の人たちが正一君の行方を捜してくれるのを待つほかはありません。
笠原さんがいくらやきもきしても、仕方がないのです。
それに、家にいてくよくよしていても気が滅入るばかりですから、ちょうど練習日だったのを幸いに、思い切って射撃場へやってきたわけです。
烏山射撃場は、小さな事務所の建物以外はなにもない広い林の中です。
一方に弾よけの高い土手が続いていて、その前に白い砂が山のように積んであり、その砂の中ほどに三つの的が立っているのです。
笠原さんはいつも、その三つの真ん中の的で練習することにしていました。
あとの二つはほかの人が使うのです。
笠原さんは事務所から銃を持ち出すと、射撃のスタンドに立って銃に弾を込め、いまにも練習を始めようとしていました。
そこへ事務所の主任が、あたふたと駆けつけてきたのです。
そして、両手を振りながら、
「待ってください。待ってください」
と叫びました。
「どうしたのです。なぜ止めるのです」
笠原さんが不審な顔で聞き返しました。
「少しわけがあるのです。すみませんが、十分ほどお待ちください。事務所でお休み願いたいのです」
「十分ぐらいなら待ってもいいが、わけを聞かせてもらいたいね。わしも忙しい体だからね」
「二十分ほど前に電話がありまして、いまから三十分もしたらそこへ行くから、それまで絶対に射撃をやってはいけないというのです」
「ふうん、いったい誰がそんな電話をかけてきたんだね」
「有名な私立探偵の明智さんです。人の命にかかわることだから、必ず待っているようにと、たびたび念を押されました」
「エッ、明智探偵がそんなことを言ったのか。おかしいな」こんなところで、人の命にかかわるような事件が起こるはずはないのだが……しかし、明智さんがそう言ったとすれば、待ったほうがいいだろうな。
よろしい。
事務所で、しばらく休んでいることにしよう。
笠原さんはそう言って、銃を持ったまま、主任といっしょに、事務所のほうへ戻っていきました。
しばらくすると、事務所の前に、自動車がとまって、明智探偵と小林少年がおりてきました。
主任が出迎え、事務所の中へ案内しますと、小林少年が、そこに休んでいる笠原さんを見つけて、明智探偵に引き合わせました。
「明智先生ですか、はじめてお目にかかります。
小林君や少年探偵団の人たちには、いろいろ、ごやっかいになっています」
笠原さんが、ていねいにあいさつしました。
「小林君から聞きますと、お子さんが行方不明になられたそうで、ご心配でしょう。
これからはわたしも、およばずながら、お手伝いするつもりですよ」
「ありがとうございます。
名探偵といわれるあなたが力を貸してくだされば、こんな心強いことはありません。
それにしても、あなたは、電話で、射撃の練習をしてはいけないとお言いつけになったそうですが、それは、どういうわけでしょうか」
「ちょっと心配なことがあるのです。
……わたしの思いちがいかもしれませんが、調べてみるまでは安心できません」
「調べるといいますと?」
「この射撃場の的(まと)を調べるのです。
……だれか、シャベルを持って、わたしについてきてくれませんか」
明智探偵は、主任に頼みました。
主任はそこにいた若い男に、そのとおりにするように命じました。
明智探偵はその男を連れて、的の立っている白い砂山のほうへ、歩いていきます。
そのあとから、小林少年と、笠原さんと、主任と、それから射撃の練習にやってきたふたりの紳士とが、ぞろぞろとついていきます。
的のところへ来ると、明智は、シャベルを持った男に、三つ並んでいる真ん中の的のうしろの砂を、掘るように命じました。
男はシャベルを白い砂山に入れて、さっく、さっくと砂をかきのけていきます。
すると、五、六度、シャベルを使ったばかりで、砂の下から、妙なものがあらわれてきたではありませんか。
「それを、傷つけないように、そっと砂をのけてください」
明智が指図をします。
男が、シャベルを横にして、静かに砂をのけていくにつれて、その妙なものは、だんだん大きくあらわれてきました。
「やっぱりそうだ。
これはじゅうたんを巻いたものですよ。
さあ、みなさん、手を貸してください。
これを外へ引き出すのです」
そこで、みんなが力をあわせて、長いじゅうたんの棒を、砂の外へ引きずり出しました。
明智は、巻いたじゅうたんのあちこちを、手でたたいて調べたあとで、しばってある紐をほどいて、じゅうたんをころがしながら、広げていきました。
「アッ!」
みんなが、おもわず叫び声をたてました。
ごらんなさい。
じゅうたんの真ん中が、空洞になっていて、そこにひとりの少年が、閉じ込められていたではありませんか。
「アッ、正一だ。
おい正一。
しっかりするんだ。
明智さん、これが、かどわかされたわたしの子どもですよ」
笠原さんは、手足をしばられた正一君を抱き起こし、縄をほどき、さるぐつわを、はずしてやりました。
「正一、だいじょうぶか? どこもけがはしていないか」
すると、気を失ったように、ぐったりしていた正一君が、目をひらいて、ワッと泣きだしながら、お父さんの胸にしがみついてきました。
「よし、よし、もうだいじょうぶだ。
安心しなさい。
これからはもう、決してこんな目にはあわせないからね」
正一君は、べつにけがもしていません。
じゅうたんには、ちゃんと空気の通うすきまが作ってあったので、息がつまるようなこともなかったのです。
「明智先生、ありがとう。
あなたのご注意がなかったら、わしは、この子を撃ち殺していたところです。
わしがいつも使う、真ん中の的のすぐうしろに、この子がいたわけですからね。
よかった、よかった。
明智先生は、正一の命の恩人です。
正一、先生にお礼を言いなさい。
おまえは明智先生と、それから小林君のおかげで、命びろいをしたんだよ」
それにしても、なんという恐ろしい思いつきでしょう。
じゅうたんの棒の中にかくれて、笠原さんの家にしのびこみ、そのじゅうたんに正一君を閉じ込めて、笠原さんの射撃の的のうしろの砂山にうずめておくとは! 悪魔でなければ、考えられない悪だくみです。
コメント