初級翻訳・ニールスのふしぎな旅 第27話

ニールスのふしぎな旅

とたんに、「ツルが来た、ツルが来た!」というささやきが、丘から丘へと伝わっていきました。見れば、頭に赤毛の飾りをつけ、翼に美しい羽毛のある、灰色がかった黒い姿の鳥が飛んできます。足が長く、首はほっそりとし、頭の小さなその鳥は、いかにも優雅に丘へ滑り降りました。そして、半分飛び、半分踊るようにして、ぐるぐると回りながら進み出てきました。羽を上品に広げ、目にもとまらぬ速さで動いています。

その踊りには、まことに不思議で、人の心をうっとりとさせるような魅力がありました。まるで、人間の目にははっきりと見えない灰色の影が踊っているかのようです。その踊りは、人里離れた沼の上に漂う霧から教わってきたのではないかと思えるほどでした。そこには、この世のものとは思えない不思議な力が宿っています。これまでクッラベルイに来たことのない者たちは、この運動会全体がどうして「ツルの舞踏会」と呼ばれているのか、今ようやく理解しました。ツルの踊りにはどこか荒々しいところもありましたが、それでいて人の心に呼び起こすのは、優しい憧れでした。

誰ももう争うことなど考えなくなりました。羽のあるものも、ないものも、みんなが空高く雲の上まで昇って、そこには何があるのかを見たいと願いました。自分たちを地上に引き留めておくこの重苦しい体を脱ぎ捨てて、遠い向こうの世界へと漂っていきたいと思ったのです。遠い向こうの世界、行くことのできない不思議な世界への憧れを動物たちが抱くのは、年にただ一度だけでした。しかもそれは、この素晴らしいツルの踊りを眺める、この日一日だけのことだったのです。

6 雨の日に

旅に出てから、初めての雨の日でした。ガンたちがヴォンブ湖のあたりにいた間はお天気がよかったのですが、北に向かって旅立った日に雨が降り出したのです。そのため、ニールスはびしょ濡れになり、寒さに震えながらガチョウの背中に乗っていました。朝、みんなが出かけた頃にはまだ晴れていて、穏やかな天気でした。ガンたちは空高く舞い上がると、アッカを先頭に、規則正しく、ゆうゆうと楔(くさび)型になって飛んでいきました。地上に動物たちを見かけても、からかっている暇はありません。
それでも、黙ってばかりはいられないので、羽ばたきに調子を合わせて、いつものように、「きみはどこだい? ぼくはここだよ! きみはどこだい? ぼくはここだよ!」と、誘いかけるようにひっきりなしに叫んでいました。
みんなはこう叫び続けていましたが、ときどき鳴くのをやめては、下に見える土地の名前をガチョウに教えてやりました。
今度の旅では、リンデレード山脈の荒れ果てた山肌や、オーヴェスホルム荘園や、クリスチャンスタッドの教会の塔や、ベッカ森の王家の領地や、オップマンナ湖とヴェー湖のあいだの狭い岬や、リユース山の険しい崖の上を飛びました。
本当に、飽き飽きするような旅でした。
ですから、雨雲が現れてきたときには、ニールスはかえって変わったことがあっていいだろうと思いました。
いままで、下からだけ見たときには、雨雲は灰色で憂鬱なものに思われました。
それが、いまこうして雲のあいだに来てみますと、まったく違ったふうに見えました。
雲は、ちょうど荷物を山のようにつんで空を走っている、大きな馬車のようです。
そして、ある車は、大きな灰色の袋を積んでいます。
ある車は樽をいっぱいに積んでいます。
また、ほかの車は、とても大きくて、一つの湖ぜんたいを載せることができるくらいです。
そうしてまた、ある車は桶や瓶をものすごく高く積み上げています。
こうして、空を埋め尽くすほどのたくさんの馬車が走っていったあとから、だれかがその馬車に向かって合図でもしたのでしょうか。
みるみる桶や樽や瓶や袋から、水が地上にザアザアと落ち始めました。
春の雨が初めて地上に降ってきますと、森や草原にいる小鳥たちは、大喜びでさえずり始めました。
そしてその声が、空じゅうに響き渡りましたので、ニールスはガチョウの背中でびっくりして跳ね上がりました。
「ああ、雨が降ってきた。
雨は、ぼくたちに春を連れてきてくれる。
春は、花と青い葉っぱをくれる。
花と青い葉っぱは虫をくれる。
虫は食べ物をくれる。
いい食べ物がたくさんあるのは、一番すてきだ!」と、小鳥たちは歌いました。
ガンたちも、長い冬のあいだ眠っていた木や草たちの目を覚ましてやり、湖の上の氷に穴をあける春の雨が嬉しかったのです。
そこでもう、真面目くさってはいられなくなって、あたり一面に楽しい叫び声をあげ始めました。
クリスチャンスタッドのあたりの大きなジャガイモ畑――まだ黒々と、地肌を見せていました――の上を飛んだとき、ガンたちは叫びました。
「さあ、目を覚まして、働くんだよ! お前たちの目を覚ます春はもう来ているんだよ。
お前たちは、もう、十分長いこと怠けていたんだから。」
ガンたちは、人間が急いで軒下に駆け込むのを見ますと、こう教えてやりました。
「あんたたちはどうしてそんなに慌てているの? 雨は、パンやお菓子じゃないの。
それがわからないの?」
大きなモクモクした雲が、ガンの群れのあとを追っかけて、北のほうへズンズン動いていきます。
ガンは、自分たちがその雲を引っ張っているのだと思い込んでいるのでしょう。
なぜなら、下のほうに大きな果樹園が見えたとき、いかにも自慢そうにこう叫びました。
「ぼくらはアネモネといっしょに来たよ。
バラといっしょに来たよ。
リンゴの花といっしょに来たよ。
サクラのつぼみといっしょに来たよ。
エンドウや、ソラマメや、カブや、タマナの花といっしょに来たよ。
ほしい者には、あげよう。
ほしい者には、あげよう。」
初めてのにわか雨が降りしきっているあいだ、ガンたちはこう叫んでいました。
あらゆるものがこの雨を喜んでいました。
けれども、この雨は午後のあいだもずっと降り続いていましたので、ガンたちはいらいらしてきました。
そして、ヴェー湖のまわりの、からからに乾いている森に向かって叫びました。
「きみたちはもっと、降れっていうのかい? きみたちはもっと、降れっていうのかい?」
空はますます灰色になってきました。
お日さまはすっかり姿を隠してしまって、どこにあるのかもわかりません。
雨はだんだんひどくなって、ガンたちのはねを激しく打ちます。
だんだん、油をぬった外の羽毛のあいだから、皮膚にまでしみこんできました。
地上は霧に包まれて、湖も山も森もぼんやりかすんでいます。
どこを飛んでいるのか、検討もつきません。
飛ぶ速さも、だんだん遅くなってきました。
もう、だれも楽しそうな叫び声を立てようとはしません。
ニールスはだんだん寒くなってきました。
でも、空を飛んでいるあいだは、元気がありました。そして、午後おそく、大きな沼地のまんなかに生えている小さなマツの木の下におりたときにも、まだ元気をなくしてはいませんでした。
おりたところは、いちめんに地面がぐしゃぐしゃしていて、つめたく、ある丘は雪をかぶり、またある丘は氷がとけかかった水たまりの中に、はだかで立っていました。
ニールスはそのあたりをかけまわって、ツルコケモモや凍ったコケモモをさがしました。

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