「自分が生きるのに必要以上の動物を殺さないのなら、生きていたっていいでしょう。ところが、あいつらときたら、まったくひどいんですよ」
「この島の持ち主のお百姓さんたちが来て、君たちを助けそうなものだけどね」とニールスが言ってみると、
「お百姓さんたちは何度も来たんですが」と牡羊は答えました。「キツネのやつらはいつも穴や裂け目に入り込んで隠れてしまいますから、撃とうにも撃つことができないんですよ」
「おじさん、君たちやお百姓さんたちでもどうすることもできなかったんだから、僕みたいなちっぽけなものには、あいつらをやっつけるなんて到底できないよ」
「小さな、すばしっこい者のほうが、いろんなことをうまくやってのけるものですよ」と大きな牡羊が言いました。
ふたりはこの件についてそれ以上は話しませんでした。そしてニールスは、山の上で草を食べているガンたちのところへ行き、その間に座りました。牡羊の前では自分の気持ちを表に出しませんでしたが、ニールスは心の中で羊たちの悲しい運命をとても気の毒に思っていたのです。そして、なんとかして助けてやりたいと考えていました。
「とにかく、アッカやガチョウのモルテンに話してみよう。なにかいい知恵を貸してくれるかもしれない」
それからしばらくして、白いガチョウはニールスを背中に乗せ、山の平地を横切って地獄穴のほうへ向かっていきました。ガチョウは、なに一つ遮るもののない山の頂きを平気で歩いていきます。自分の体が真っ白で大きいなどということは、まるで考えてもいないようです。草むらや土の盛り上がったところを隠れ場にしようともせず、構わずまっすぐに歩いていきます。
ちっとも用心をしないのは、まことに不思議です。なぜなら、昨日の嵐のせいで怪我をしているらしいのですから。右足はびっこをひいていますし、左の翼はまるで折れてでもいるように地面に引きずっているのです。ガチョウは、危険などまるでないというような顔つきでぶらぶら歩き回っては、あちこちで草の葉をつついています。少しもあたりに気を配ってはいません。ニールスも、ガチョウの背中に長く寝そべって、青い空を見上げていました。
いまでは、乗っていることにもすっかり慣れましたので、ガチョウの背中の上で、立ったり寝転んだりすることもできたのでした。
ガチョウもニールスもあまりにのんびりしていたので、ちょうどその時、三匹のキツネが山の上に姿を現したことには、もちろん気づいていないようでした。
キツネたちは、何もない平地でガチョウを捕まえるのはとても無理だと知っていましたから、はじめのうちは、ガチョウを追いかけるのはやめようと思いました。
けれども、そのうちに我慢ができなくなり、とうとう長い裂け目の一つの中に飛び込んで、こっそりとガチョウのほうへ近づこうとしました。
キツネたちは注意深く、そっと近づいていったので、ガチョウの目にはキツネの影さえ入らないようでした。
キツネたちがさほど遠くないところまで来たとき、ガチョウは飛び上がろうとしました。
翼を広げて羽ばたいてみましたが、体がうまく持ち上がりません。
キツネたちは、ガチョウが飛ぶことができないと見て取ると、勢いづいて前進しました。
そして、もう裂け目の中にじっと隠れていることができなくなって、穴から飛び出したのです。
キツネたちはなるべく草むらや岩影に身を潜めながら、だんだんとガチョウに近づいていきました。
それでもガチョウのほうは、まだ狙われているとは夢にも思っていない様子です。
とうとうキツネたちは、もう少しでガチョウに飛びかかれるほど近くまで迫りました。
そして、ここぞとばかりに三匹いっせいに、ガチョウめがけて飛びかかりました。
ところが、間一髪のところで、ガチョウは感づいたに違いありません。
さっと脇へ飛びのきました。
キツネどもは、見事な失敗です。
けれども、まだまだ危険は迫っています。
なにしろ、ガチョウはほんの二メートルほど先へ行っただけなのですから。
おまけに、びっこをひいているではありませんか。
そしてガチョウのモルテンは、あわれにも一目散に逃げていきます。
ニールスはガチョウの背中に後ろ向きに座って、キツネたちに向かって叫びました。
「きさまたちは、羊の肉を食って肥りすぎたな。やい、キツネめ。ガチョウさえ捕まえられないじゃないか!」と、さかんにからかいました。
怒り狂ったキツネたちは、われを忘れて追いかけました。
白いガチョウは、あの大きな裂け目のほうへまっすぐに走りました。
そこまでいくと、翼を一打ちして、ひらりと飛び越えました。
すぐそのあとには、キツネたちが迫っています。
ガチョウは地獄穴を飛び越えてからも、前と同じように速く走り続けました。
けれども、二メートル走ったか走らないうちに、ニールスがガチョウの首を叩いて言いました。
「もう、止まってもいいよ、モルテンや!」
その瞬間に、後ろのほうで凄まじい叫び声と同時に、爪でガリガリと引っかく音、続いてズシーンと体が落ちる音が聞こえました。
そしてもう、キツネの姿は見えませんでした。
あくる朝、大カール島の灯台守は、戸口の下に一枚の木の皮が差し込んであるのを見つけました。
それには角ばった字で、「小カール島のキツネどもが、地獄穴に落っこちたよ。早くいってごらん!」と彫りつけてありました。
そこで、灯台守は言われたとおりに行ってみました。
14 二つの都
海の底の都
四月九日 土曜日
おだやかな、よく晴れた夜でした。
もう、ガンたちはほら穴の中に隠れて眠る必要はありません。
みんなは山の頂きに立って眠りました。
ニールスはそのそばの短い枯れた草の中に寝転んでいました。
お月さまが明るく輝いていたので、ニールスは長いこと眠れませんでした。
そして、寝転んだまま、家を出てからもうどのくらい経つだろう、とふと思いました。
数えてみますと、あれからもう三週間になります。
すると、今夜は復活祭の前夜ということになります。
「ブローキュッラから、魔女たちが家へやってくるのは今夜だな」ニールスはそう思いながら、ちょっと笑いました。
というのは、妖精や小人のようなものは普段から怖がっていましたが、魔女なんてものがこの世の中にいるとは信じていなかったからです。
今夜、もし魔女が来るとすれば、きっとニールスにも見えるに違いありません。
なにしろ空はこんなに明るく晴れ渡っているのですから、これではどんなにちっぽけな点でも、動いてさえいれば必ず見えるはずです。そんなことを、あれこれ考えながら仰向けに寝転んで空を見上げていると、なんだかとても美しいものが見えてきました。
お月さまはかなり高いところで、まんまると明るく輝いています。
すると、その月のおもてをかすめて、一羽の大きな鳥が飛んできました。まるで、お月さまの中から飛び出してきたかのようです。
その鳥の姿は、明るい月を背景にして黒く浮かび上がっていました。広げた翼は、ちょうどお月さまの端から端まで届きそうな大きさです。体は小さく、細長い首と細長い足をしていました。
ニールスはすぐに、あれはコウノトリに違いない、と気がつきました。
コメント