親というものは、こんなにまで子どものことを思っているんだなあ! ニールスは、今までそんなことは夢にも考えたことがありませんでした。
子どもが遠くへ行ってしまえば、まるで生きがいがなくなってしまうんだなあ! そうしてみると、このおばあさんと同じように、ぼくのお父さんとお母さんも、ぼくのことばかり思っているのかなあ!
ニールスはこう考えますと嬉しくなりましたが、そう信じることはできませんでした。
だって、いくらなんでも、自分みたいな者のことは、誰もそんなに思ってはくれないでしょうから。
でも、今まではそうであったにしても、これからは、自分ももっと違った人間になるだろう、と思いました。
ニールスは、まわりにかかっている、外国へ行ってしまった人たちの写真を眺めました。
男の人も女の人も、強そうな大きな体格の人たちです。
長いベールをかぶった花嫁もいますし、立派な服を着た紳士もいます。
それから、美しい真っ白な服を着た、巻き毛の子もいます。
そして、どの人もどの人も、みんな遠くのほうをじっと見つめているように見えました。
「あなたがたはかわいそうに!」と、ニールスは写真に向かって言いました。
「あなたがたのお母さんは死んだんですよ。
あなたがたがお母さんのそばを離れていったことを、いくら後悔しても、もうその償いはできないんですよ。
でも、ぼくのお母さんはまだ生きているんだ!」
ここで言葉を切って、ひとりで頷きながら、ニコニコしました。
そして、また、
「ぼくのお母さんは生きているんだ。
お父さんもお母さんも生きているんだ」と言いました。
18 ターベルイからフースクヴァルナまで
四月十五日 金曜日
ニールスは、ほとんど一晩じゅう目が覚めていました。
明け方になって少し眠りましたが、そのとき、お父さんとお母さんの夢を見ました。
けれども、ふたりともすっかり年寄りになっていて、白髪が多くなり、顔にはしわが寄っていました。
いつものお父さん、お母さんとは思えないくらいでした。
ニールスはびっくりして、どうしたんですか、と尋ねました。
するとふたりは、おまえのことばかり考えて心配しているものだから、こんなに年をとってしまったんだよ、と答えました。
ニールスは深く心を動かされました。
と、同時に驚きました。
だって、今までは、お父さんとお母さんは、自分がいなくなって喜んでいるだろうと思っていたんですもの。
目が覚めたときには、もう朝になっていました。
外は明るい、よいお天気でした。
まず部屋の中で見つけたパンを食べて、それから、ガチョウと牝牛に朝の食べ物をやりました。
最後に、牛小屋の戸を開けて、牝牛に隣の農場へ行くように言い聞かせました。
隣の人たちは、牝牛がひとりでやってきたのを見れば、おばあさんに何か変わったことでも起こったんだろうと思うでしょう。
そして、みんなはどうしたことだろうと、この荒れ果てた農場へ駆けつけてくるはずです。
そうすれば、おばあさんの亡骸を見つけて、お葬式をしてくれるでしょう。
ニールスとガチョウたちが空に舞い上がりますと、まもなく高い山が見えてきました。
見れば、その山壁はほとんど切り立っていて、頂は切り落とされたようになっています。
それこそターベルイ山に違いありません。
頂には、アッカをはじめ、ユクシ、カクシ、コルメ、ネリエー、ヴィシ、クウシのほかに、六羽の若いガンたちがニールスたちを待っていました。
みんなは、モルテンとダンフィンがうまくオヤユビくんを連れ帰ってきたのを見ますと、大喜びで、嬉しそうな叫び声を上げながら、翼をバタバタやりました。
その喜び騒ぐありさまは、まったく大変なものでした。
ターベルイ山の山腹には、かなり高くまで森が茂っていますが、山の頂には木が一本もありません。
そこからは四方八方を見渡すことができます。東の方を見ても、南を見ても、西を見ても、そこにはなにも生えていない荒れ地のような高地が広がっているばかりでした。
目に入るのは、黒々としたモミの森と、茶色い沼地と、氷に覆われた湖、そして青みがかった山の峰だけです。
ニールスは、以前マッツが話していた古い言い伝えを思い出しました。このあたりは、神様が苦労を惜しんで、大急ぎで作った場所だというのです。なるほど、その話は本当かもしれないとニールスは思いました。
ところが、反対の方角を見渡すと、景色はまるで違っていました。
そちら側は、まるで神様が慈しみの心を持って、丁寧に作り上げたように見えたのです。そこには美しい山々や低い谷、ゆったりと蛇行する川がいくつも流れていました。
そして、それらの川は、氷一つなく澄みきったヴェッテルン湖へと注ぎ込んでいます。
ヴェッテルン湖は、まるで水のかわりに青い光をたたえているかのように、キラキラと輝いていました。
北の方角の景色をこれほどまでに美しくしているのは、間違いなくヴェッテルン湖のおかげです。湖から立ちのぼる青い光が、この地方全体を包み込んでいるように見えるからでした。
こんもりとした森や丘、そしてヴェッテルン湖の岸辺でキラキラと光るエンチェーピング市の屋根や塔などが、うす青いベールに包まれて、見る人の心を奪うのです。
もしも天上に国があるとしたら、きっとこんなふうに青く輝いているに違いありません。ニールスは、楽園という場所がどんなところか、なんとなくわかったような気がしました。
その日、ガンたちは旅を続けることにして、その青い谷の方へと飛んでいきました。
みんなはお祭り気分で、鳴いたり叫んだり、大騒ぎをしながら空を駆けていきます。
この地方では、今日が本当の意味で、春らしい素晴らしいお天気でした。これまでは春とはいえ、雨や風にばかり悩まされていたのです。
それが今日、急に天気が良くなったので、地上にいる人たちは、温かい日差しと緑の森が恋しくなり、じっとして仕事をしていることができなくなりました。
ですから、ガンの一団が楽しそうにのびのびと空を飛んできたとき、みんなは手を休めてその姿を見上げたのです。
この日、ガンたちの姿を最初に見つけたのは、ターベルイの鉱山で鉱石を掘っていた鉱夫たちでした。
鉱夫たちはガンの鳴き声を耳にすると、作業の手を止めました。そして、中の一人がガンたちに向かって叫びました。
「どこへ行くんだ? どこへ行くんだ?」
もちろん、ガンたちには人間の言葉なんてわかりません。そこでニールスが代わって、ガチョウの背中から身を乗り出し、こう答えました。
「つるはしもハンマーもないところへ行くんだよォ!」
鉱夫たちはその言葉を聞いたとき、ガンの鳴き声がまるで人間の言葉のように聞こえたのは、自分たちの心の中にある「どこか遠くへ行きたい」という憧れのせいだろうと思いました。
そして、「一緒につれてってくれえ! 一緒につれてってくれえ!」と叫びました。
「今年はだめだよォ! 今年はだめだよォ!」と、ニールスは叫び返しました。
ガンの一団はターベルイ川に沿ってムンク湖の方へ飛んでいきましたが、その間も大騒ぎは続いていました。
このムンク湖とヴェッテルン湖とのあいだにある狭い土地にはエンチェーピング市があり、そこには大きな工場がたくさん並んでいます。
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