初級翻訳・ニールスのふしぎな旅 第64話

ニールスのふしぎな旅

白鳥や、モグリドリ、黒ガモ、アビ、ハイシロガモなど、ほかにもたくさんの鳥たちに領地を分け与えなければならなくなりました。
トーケルン湖は、たしかにスウェーデンじゅうでも一番大きく、一番すばらしい「鳥の湖」です。
ですから、鳥たちはこうした隠れ場所を持っていられるあいだは、自分たちの幸せを喜ばなければなりません。
しかし、これから先、あとどれくらいのあいだ、このアシの茂みや泥の岸辺を鳥たちが自分たちのものとしていられるのかは、ちょっと見当がつきません。
なぜなら、人間は、この湖が肥えた豊かな平野の大きな部分を占めていることを忘れてはいないからです。
それどころか、人間のあいだでは、またこの湖の水を干してしまおうかという相談が、ときおり持ち上がっているのです。
もしこの計画が実行されることになれば、数千という水鳥たちがここから立ち退かなければならないことになるでしょう。

ニールス・ホルゲルッソンが、ガンの仲間といっしょに旅をしていたころ、このトーケルン湖に、ヤッローという名前の野ガモが住んでいました。
ヤッローは、まだ夏と秋と冬しか過ごしたことのない若い鳥でした。
ですから、今回がはじめての春を迎えたところだったのです。
そして、つい最近、北アフリカから帰ってきたばかりでした。
ヤッローがトーケルン湖に帰ってきたころは、まだ湖の上には氷が張っていました。
ある夕方、ヤッローは、ほかの若いカモたちといっしょに、湖の上をあっちこっち飛び回って遊んでいました。
すると突然、ヒュウッと二発の弾丸が飛んできて、ヤッローの胸に当たりました。
ヤッローは「もうだめだ」と思いましたが、猟師につかまらないように、一生懸命飛び続けました。
どこへ行くというあてもありませんが、ただ遠くへ、遠くへと飛んでいきました。
だんだん力が弱まり、もうこれ以上は飛べないというときには、トーケルン湖を通り過ぎて、湖のほとりにある大きな農家の上に来ていました。
そして、とうとう力尽きて、その農家の入り口の前に落ちてしまいました。
まもなく、ひとりの作男が出てきました。
男はヤッローを見ると、つかつかとやってきて、いきなりヤッローをつかまえました。
しかし、ヤッローの身になってみれば、ひとりで静かに死にたいものです。
そこで、なんとかして逃れようと、最後の力を振り絞って、作男の指にかみつきました。
ヤッローは逃げることはできませんでしたが、暴れたおかげで、作男はヤッローがまだ死んでいないことに気がつきました。
それで、そっと抱えて家の中に入り、おかみさんに見せました。
おかみさんは、親切そうな顔をした若い女性でした。
彼女はすぐに作男からヤッローを受け取ると、背中をさすってやったり、首の毛から流れ落ちる血をふいてやったりしました。
それから、じっとヤッローを眺めました。
見れば、頭は濃い緑色につやつやと光り、首すじは白く、背中は赤褐色で、つばさは青く、じつに美しい鳥です。
おかみさんは、このまま死なせてしまうのは惜しいと思いました。
そこで、さっそく鳥かごを修理して、ヤッローをその中に入れてやりました。
ヤッローはひっきりなしに、羽をバタバタと動かしては、逃げようとしました。しかし、人間に自分を殺すつもりがないのだとわかると、ヤッローは安心してかごの中でじっとしていました。
いまは傷の痛みと出血のせいで、ひどく疲れきっていることが自分でもよくわかりました。
おかみさんはかごを暖炉のそばに持っていきましたが、そこへ下ろしたときには、もうヤッローは目を閉じて眠っていました。
しばらくして、ヤッローはだれかにそっとつつかれて目を覚ましました。
目を開けたとたん、気絶しそうなほどびっくりしました。
ああ、もうだめです! 目の前には人間よりも、どんな肉食の鳥よりも恐ろしいものが立っているではありませんか。
それはセーサルでした。
あの毛の長い猟犬のセーサルが、いま自分を鼻でかぎまわっているのです。
去年の夏、ヤッローがまだ毛の黄色い子ガモだったころ、アシの茂みから「セーサルが来たぞ! セーサルが来たぞ!」という叫び声が聞こえるたびに、どんなに恐ろしい思いをしたことでしょう。
恐ろしい歯をむき出した、茶と白のブチ模様の犬がアシのあいだを突き進んでくるのを見ると、それこそ命が縮まる思いでした。
セーサルと向かい合ってしまったら、もう生きてはいられないと信じていたのです。
それなのに、運の悪いことに、ヤッローはセーサルのいる農家に落ちてしまったに違いありません。
なぜなら、まさにそのセーサルが目の前にいるのですから。
「きさまはだれだ?」とセーサルはうなりました。
「どうしてこの家へ来たんだ? きさまの家は、あのアシの茂みの中にあるんじゃないのか?」
やっとの思いで、ヤッローはこう答えました。
「ぼくがこの家へ来たからって、そんなに怒らないでください、セーサルさん! ぼくのせいじゃないんです。
ぼくは弾に撃たれて、けがをしたんです。
そしたら、ここの家の人たちがぼくを拾って、このかごの中に入れてくれたんですよ」
「ふふん。それじゃ、きさまをここに入れたのは家の人なのか。そうしてみると、きさまの傷を治してやろうってつもりか。
だがな、おれはきさまなんか食っちまうほうがいいと思うぜ。なにしろ、きさまはもう逃げ回ることもできないんだからな。
が、とにかくここは安全な場所だ。そんなにびくびくすることはないぜ。ここはトーケルン湖じゃねえからな」
こう言うと、セーサルはまきの燃えている暖炉の前に寝そべりました。
ヤッローは恐ろしい危険が無事に過ぎ去ったのだと思うと、たちまち疲れを感じて、またもや眠り込んでしまいました。
次に目が覚めたときには、そばに穀物と水が入ったお皿が置いてありました。
体はまだ弱りきっていましたが、それでもお腹が空いていたので、さっそく食べ始めました。
おかみさんはヤッローが食べているのを見るとそばへやってきて、背中をさすってくれました。
そして、たいそう喜んでいるように見えました。
それから、またヤッローは眠りました。
こうして数日のあいだ、眠っては食べ、眠っては食べるという生活が続きました。
ある朝、ヤッローは体の具合がだいぶ良くなりましたので、かごから出て床の上を歩いてみました。
ところが、まだ少ししか行かないうちに転んでしまい、もう起き上がることができなくなりました。
すると、そこへセーサルがやってきて、大きな口を開けてヤッローをくわえました。
ヤッローは、もちろんこれで噛み殺されるのだと覚悟しました。
けれども、セーサルは何もせず、そのままかごの中へ連れて行ってくれました。
このことから、ヤッローはセーサルをとても信頼するようになりました。
そんなわけで、二度目に歩いたときには、ヤッローは自分からセーサルのところへ行って、そのそばに座りました。
それからというもの、セーサルとヤッローはたいへんな仲よしになりました。
そしてヤッローは毎日、セーサルの足のあいだに入って静かに眠るようになりました。
けれども、ヤッローはセーサルよりも、おかみさんのほうがもっと好きでした。
いまではおかみさんをちっとも怖がらなくなりました。

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