初級翻訳・ワンダ・ブック――少年・少女のために―― 第1話

ホーソーン ナサニエル

【訳者のことば】

『ワンダ・ブック』(1852年発表)は、「少年・少女のために」書かれた物語ですが、決して子供向けだからといって手加減をして書かれたものではありません。作者のナサニエル・ホーソン自身が「はしがき」でそう語っている通りです。

ホーソンは、アメリカ文学の歴史において一番か二番を争うほどの大作家です。そんな立派な人物が、私たちにこんなにも美しい物語を残してくれたことは、少年・少女にとって、この上ない幸せといえるでしょう。

ホーソンは1804年、マサチューセッツ州のセイレムという古い港町で生まれました。彼の先祖はイギリスから渡ってきた清教徒(ピューリタン)でした。おじいさんは独立戦争の時、船長として勇ましく戦い、お父さんもまた船長でした。しかし、お父さんはホーソンがまだ幼い頃に亡くなってしまいます。お母さんに一人で育てられたホーソンが、「いつか自分も船乗りになって、二度と戻らないぞ」なんて言い出したのも、おじいさんやお父さんの姿が頭の中にあったからかもしれません。

けれど、あるきっかけで本を読むことが大好きになった彼は、自然をじっくり観察し、物事を深く考える少年へと成長しました。作家になろうという決心は、大学に入る前から固まっていたようです。お母さんに宛てた手紙の中に、こんな面白い一節があります。

「僕は、他人の病気で稼ぐお医者さんにも、他人の罪を背負って稼ぐ牧師さんにも、他人の争い事で稼ぐ弁護士にもなりたくないんだ。だから、僕には作家になる道しかないと思う。お母さん、いつか息子の書いた『ホーソン全集』で本棚を飾れる日が来るのを、楽しみに思ってくれないかな」

この考え方が正しいかどうかは別として、清教徒の血を引く少年ホーソンらしい、まっすぐな手紙だと思いませんか。

大学に入った後の彼は、ギリシャ語やラテン語がとても得意で、そのうえ、空想の世界のお話を次から次へと作り出しては、友だちに上手に話して聞かせるので評判でした。『ワンダ・ブック』のお話は、どれもユースタス・ブライトという大学生が、休暇で家に帰ってきて、子供たちにお話を聞かせるという形になっています。作者はきっと、自分自身の学生時代を思い出しながら、この物語を書き綴ったのでしょう。

さて、『ワンダ・ブック』の話は少し置いておいて、ホーソンの大学時代の友人たちについてお話ししましょう。彼には、後にアメリカで一番の詩人となったロングフェロウ、大統領に選ばれたピヤース、海軍に入って名を上げたホレイショウ・ブリッヂといった友人たちがいました。彼らは偉くなってからも、ホーソンのことをとても大切にしました。なぜなら、ホーソンは少し名前が売れてきた頃でさえ、近所の人ですら彼の顔を知らないというくらい、世間から離れた生活を送っていたからです。友人たちは「なんとか彼を早く世に出して、その本当のすごさをみんなに知ってもらいたい」と願っていたのです。

実は、本国アメリカよりも先にイギリスでホーソンの作品を高く評価する人が現れていましたが、彼がアメリカ中で一流の小説家として知られるようになったのは、1850年に『緋文字』を発表してからのことでした。その翌年には『七つの破風ある家』を出し、さらにその次の年に『ワンダ・ブック』を出版しました。ですから、『ワンダ・ブック』は、先ほども言った通り、「少年・少女のために」とはいっても、作者が一番脂の乗った時期に書き上げた、とても立派な文学作品なのです。

そうそう、彼の作品の中で忘れちゃいけないのが、これらよりもずっと前に書かれた、不思議な美しさを持つ短編集『トワイス・トールド・テイルズ(言い伝えられた話)』です。

1864年、60歳になったホーソンは、友人の元大統領ピヤースに誘われて旅行に出かけましたが、旅先のプリマスの宿でそのまま亡くなりました。

さて、『ワンダ・ブック』は、ホーソン自身の「はしがき」にもある通り、ギリシャやローマの神話から材料をもらって、それをとても自由に書き直したものです。

最初の「ゴーゴンの首」は、「メドゥーサの首」と言った方がピンとくるかもしれません。
二番目の「何でも金になる話」は、欲張りなマイダス王のお話です。原作のタイトルは『THE GOLDEN TOUCH』ですが、「触れるものすべてを金にする魔力」という意味を漢字で難しく書くよりも、少し変えてみました。
第三の「子供の楽園」は「パンドラの箱」のお話。
第四の「三つの金の林檎」は、英雄ハーキュリーズ(ヘラクレス)が、ヘスペリデスの庭にある金の林檎を取りに行くお話です。
第五の「不思議の壺」は、「何でも金になる話」と同じく、この本の中でも特に教訓的なお話です。ここには、作者ホーソンの優しさ、正しさ、そして時折見せる厳しさが、とてもよく表れていると思います。最後の「カイミアラ」は、青年英雄ベレロポンが空飛ぶ馬に乗って、怪物カイミアラを退治する物語です。

ところが、ギリシャやローマの神話を詳しく読んでみると、面白いことに、ベレロポンを助けてカイミアラを倒させた、あの世にも美しい天馬ペガサスは、ペルセウスによって首を切り落とされた怪物メドゥーサの体から生まれたことになっています。
また、その時に一緒に生まれたもう一人の兄弟の子は、「三つの金の林檎」の物語の中に、六本足の怪物として、ヘラクレスの手柄話の中に少しだけ登場するゲリュオンだったりします。そんなわけで、『ワンダ・ブック』を読んでからギリシャ・ローマ神話の世界に入っていくと、昔からの知り合いに再会するような喜びを感じることができるでしょう。

最後に、それぞれの物語の前後に添えられた「タングルウッドの玄関」をはじめとする短い文章について、一言付け加えておきたいと思います。
それらは、先ほども触れた、作者の学生時代を思わせる青年ユースタス・ブライトが、子供たちに物語を聞かせるその時、その場所、そして周りの様子を先に描くことで、読者を物語の聞き手の一人として引き込みます。そして話が終わると子供たちに感想を言わせたりして、読者にも一緒に考えさせるという、どれも非常にヒントに満ちた面白い構成になっています。
ただし、物語の本文とは少し進め方が異なっていて、どちらかといえば大人たちが子供の理解を助けるためのものともいえますので、訳文の語り口も少し変えておきました。

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