初級翻訳・いたずら小僧日記 第25話

いたずら小僧日記

家にいた時からずっとそうなんだからさ」
と、ぼくは大人っぽくすんなり納得したような返事をしてやった。
この書生は勉強家だけあって、やけに細かい研究熱心な態度で、森川さんとお春さんを監視しているみたいだ。
あんなに大きな体をしてるくせに、まるで子どもみたいに幼い連中だな。
だからこそお春さんはあんなにぼくをよくもてなしてくれたんだな。
かわいがられるのはいいけれど、誰かの当てつけのためにかわいがられるなんて、ちっともありがたくないや。
ぼくはこの夏、もう少しで死にそうな目に遭いかけた。
目に遭ったと言うと、まるで人が仕掛けたみたいに聞こえるけれど、やっぱり自分でやらかしたことだし、今度ばかりは誰のせいにもできない。
もしあのとき、ぼくがそのまま本当に死んでしまっていたら、お母さんはどれほど嘆いただろう。
それを思い出すと、今でも涙があふれてきそうだ。
夏の間はお父さんとお母さんに連れられて旅行をした。
お母さんは年頃の大きい姉さん二人を嫁に出すことと、お歌さんの縁談とで頭がいっぱいでイライラしている上に、ぼくがライオンと一緒に逃げ出したり、気球に乗って行方不明になったりして余計な苦労をかけたものだから、すこし体を壊してしまっていた。
だからお父さんが「夏の間はみんなで旅行をするといい、ぼくが連れていってやろう」と申し出たんだ。
それは極めて素晴らしい思いつきだと言ってぼくも大賛成したんだけれど、賛成したのが大失敗だった。
なんと、お歌さんとぼくはお留守番をするっていうじゃないか。
人を馬鹿にするのもいい加減にしてほしい。
けれども、世間によく言われる通り、何が幸いするかなんて本当に分からないものだ。
お歌さんは「ぼくといっしょになんて、到底お留守番は引き受けられません」と平身低頭して断った。
これはもっともなことだ。
お姉さんは前回のことで一度すっかり懲り懲りしているんだからな。
だけど、まさかそんな風に出てくるとは思っていなかった。
だから「だんだん話がいい方向に向かってきたぞ」って大喜びしながら、ぼくは庭でシャチホコ立ちをして遊んでいたんだ。
するとそこへポチがすごい勢いで駆け寄ってきて、ぼくの顔をペロペロとなめた。
自分のことを友達だと思いやがって。
「ポチ、ポチ、おとなしくしてろよ。
お前もいっしょにナイアガラへ連れていってやるからさ」
ポチは嬉しそうに尻尾をパタパタと振った。
犬のくせに人間の言葉が分かるなんて生意気だから、頭を一つ軽くポコンと叩いてやった。出発の日は七月の何日だったか忘れてしまったが、何んでも夜の明けない中であった。
森川さんとお春さんが停車場まで見送りに出ていた。
家からはお歌さんとお島が来た。
皆なお父さんとお母さんには御機嫌善く行って来いと挨拶して、ぼくには音なしく行って来いと言った。
ぼくなんか御機嫌が悪くても善いと思って居るんだろう。
だからあんな危い目に遭ったのだ。
「太郎さん、そう停車場毎に下りちゃ困るじゃないかね。
危くて些とも目が離せません」
「いえ、ポチがどうなったかと思って見に行ったんですよ。
早く夜が明けなくちゃ暗くて見えやしない」
「ポチをどうしたと言うの」
「ポチを連れて来たんですよ」
「連れて? 何処に入れてあるんです?」
「一番後の車へ結えてあるんですよ」
お母さんは顔色をかえて、
「あなた、大変ですよ、汽車を止めて下さるな」
とお父さんに頼んだ。
「何だ。
どうしたんだ」
「早く鈴を鳴らして下さるな、早くしないと死んで仕舞いますよ」
ぼくは非常報知機の紐をうんと引張った。
汽車は今迄全速力で走っていたが恐ろしい音を立てて急に止った。
乗客は皆青くなった。
何か大変なことが起ったと思ったのだろう。
お母さんは車掌に頼んで一番後の車を見て貰った。
けれども汽車を止めるには及ばなかったのだ。
ポチは最早いやしない。
ぼくが車の心棒に結び付けた細縄の端には犬の耳が片方付いていたばかりだ。
ポチには真に気の毒である。
一緒に見物をさせてやりたいばかりに飛んだ事をしてしまった。
「あんな音なしい犬はなかったのに」
とお母さんが泣きそうになった。
「お前のような馬鹿はない」
とお父さんがぼくを叱った。
車掌はぼくを食いそうな顔をしやがった。
ぼくが車の中をあっちこっち遊んで歩くものだから、お母さんは一日心配していた。
それで日が暮れると直ぐに、ぼくは寝台へ押し込められてしまった。
けれどもなかなか眠られやしない。
ぼくの隣の寝台にいる奴が鼾をかいてやかましくて仕方がない。
お前一人の寝台車じゃないんだから音なしくしなくっちゃいけないよ。
静かにしないと酷いよ。
何と言っても平気でグーグーいっている。
公徳心のない奴だ。
ぼくは余り腹が立ったから、そっと起き出して、其奴の足を留針で突いてやった。
突いた時丈けは音なしくするが、少し経つと又直ぐに始める。
それでぼくは五六度寝たり起きたりした。
すると終には痛い痛いと大きな声を出した。
鼾丈けでも随分迷惑しているのに、泣くなんて真正に聞き分けのない奴だ。
けれども其からは懲りたみえてグーグーいわなくなった。
其間にぼくは喉が渇いた。
水を持って来いといえば係りの男が持って来るだろうけれど、人を呼んだりしては他所の安眠の妨害になると思って、ぼくはそっと起きて水を飲みに行った。
鼠のように静かに帰って来て、床に這込むと、キャアッという叫声と共にぼくは寝台から突き落された。
「あれえ、誰か来てくださいッ」係の人が馳け付けて突然ぼくの胸倉を捉えた。
そして前後に無暗と小突き廻す。
ぼくを埃の着いた外套と間違えたんだろう。
ぼくの寝台には何処かの奥さんが泣いている。
此騒動で車中の人は皆目を覚ました。
お父さんとお母さんは頻りに此奥さんにお詫をした。
奥さんはぼくを子供じゃないと思ったのだそうだ。
ぼくも彼の奥さんの寝台じゃないと思ったんだ。
お母さんは旅行に来ないとよかった等とお父さんに言っていた。
けれども其翌日ぼく達はナイアガラに着いてしまったから仕方がない。
あんな目に遭う位ならぼくも真正に旅行になんか行かないとよかった。
滝は大きなものである。
数哩離れても其響が遠くで雷の鳴るように聞える。
瀑布の処には始終虹が吹いているから頗る奇観である。
虹の外にも此近辺には見るものが多い。
瀑布には四面ある。
即ち外側、内側、内側は水の背後を潜って見物出来る。
それから尚おカナダ側とアメリカ側がある。
地理書には此瀑布の光景が出ているけれども、其雄大壮厳の趣は到底ペンやインキで伝え難い。
若し天一のような奇術師が此瀑布を大きな硝子箱に入れて世界中を見世物興行して歩くなら、さぞ受ける事だろう。
子供が地理や地文を覚えるのに何程の助けになるか知れやしない。
けれども馬車屋の法外なのには何人も驚く。
お父さんは瀑布よりも馬車賃の高いのに一驚を喫したと言った。
尤も見世物には馬車なんか連れて行かなくてもいい。
瀑布だけを其侭罐詰か何かにして持って行けば仔細なかろう。
ぼくの着いた日には仏蘭西の軽業師が此瀑布の上で綱渡りをする所だった。
お母さんは彼は狂人だと言ったが、一向キ印らしくもない。

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