この若き測量士とは、のちにアメリカの大統領になったジョージ・ワシントンである。
同僚の測量士たちは、川に飛び込まなかった罰で、ワシントンが大統領になった頃にはきっと土方か何かになっていただろう。
あのとき飛び込みもしないで岸で騒いでいた連中は、土方になればいいんだ。
もしあのとき命を捨てる気で泳いでいれば、その男たちはきっと大統領になれたはずだ。
惜しいことに、ワシントンくらい度胸の据わった奴は一人もいなかった。
それはともかく、そのときのぼくは本当に悲しかった。
お母さんの姿が見える。
お父さんもいる。
お母さんはしきりにハンカチを振っている。
ぼくは泣いた。
「お母さん、許してください、みーんなぼくが悪いんです、許してください」と、ぼくは泣いた。
泣いたって到底助からないことは分かっていた。
ただ、許してもらってから死のうと思ったんだ。
お母さんは相変わらずハンカチを振っている。
お父さんは見えなくなってしまった。
「助けに行くぞう!」
「しっかりつかまってろよ、待ってろよ!」
どうやったのか、みんなは対岸まで凧糸を飛ばした。
すると対岸の人がそれを手繰り寄せる。
凧糸に太い綱を結んで、また引っ張る。
とうとうぼくの頭の上をまたいで、両岸の間に綱の一本橋ができた。
「じっとしてろよ、すぐに行くぞう!」
ぼくはわけがわからないうちに助け出された。
なんと、あのフランス人の軽業師が綱を渡ってやって来て、ぼくを紐で背負いこんだ。
「安心しなさい、何もかも私に任せるんだ。
目を閉じて、じっとしていればいいからね」
と言った。
ぼくは岸に着くまで、何があったのか少しも知らなかった。
ただ、目がめり込んでしまわないかと心配になるくらい、しっかりと目を閉じていた。
だから、みんなが「万歳! 万歳!」と歓声をあげたときには、あとから考えてみると、もう岸に着いていたんだ。
なんとも言えない大騒ぎだった。
ぼくはお母さんの手につかまって、わんわん泣いた。
お父さんは、二十年前に生き別れた弟にでも会ったかのように、軽業師の手をとって大喜びしている。
見物人たちは、お芝居でも見ているかのように感心している。
ぼくたちはとりあえず宿屋へ戻った。
お父さんは軽業師に五百円の小切手をあげた。
そしてお母さんと二人掛かりで、あれこれとぼくを説教した。
あんな危ないところから助かったんだから、その日の晩の早いうちから叱るなんて、あまり恩知らずなやり方だと思う。
ぼくだって、あんなことになるつもりで出かけたわけじゃない。
ただ魚を釣ってお父さんを喜ばせようと思って出かけたんだ。
宿屋であんな魚を出したのと、お父さんがそれを褒めたのと、あんなところにボートを置いておいた奴が悪いんだから、ぼくは叱られたってちっとも悪くない。
ただ、新しい小刀をなくしてしまったのが心底残念だった。
翌日、ぼくたちはナイアガラを去った。
「もう二度とこんなところへは絶対に来ないお!」とお母さんが言った。
ぼくたちは田舎の親戚のところを回って、そこで夏の間中を過ごした。
そのあいだにいろんなことがあったけれど、もう日記帳の紙がなくなってしまったから、それは新しいノートをもらってから書くことにしよう。
お歌さんは相変わらずぼくの耳を引っ張る。
でも、もうすぐ銀行員と結婚するからまあ許してやる。
お島も相変わらずそそっかしい。
失敗すると、いっつもぼくのせいにするんだ。こんなことは気にはかけないが、大臣にならないうちに学校を退校させられそうだ。
こればかりが心配でならない。
初級翻訳・いたずら小僧日記 第27話
いたずら小僧日記
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