初級翻訳・かねも 戦地へ いきました 第3話

かねも 戦地へ いきました

「このあいだ、配給のあんパンを仏さまにあげておいたら、この母猫が知らぬ間に入ってきて、一つさらっていってしまったのよ」
とあや子さんが言いました。
「野良猫のくせがついているから困ったやつだな」
と、たつぞうさんが言いました。
「おっぱいを吸われて、お腹が空くからだろうよ」
と、勇ちゃんが言いました。
「朝ごはんをやっていくんだよ」
「三匹産んだんだろう?」
「二匹どこへ行ったか、かわいそうになあ」
と、たつぞうさんが言いました。
「誰か、この猫をもらってくれないかな」
「母猫と子猫と二匹?」
「子猫だけさ」
「あたし、お母さんに聞いてみるわ。いいっておっしゃったら、もらいに来るわね」
お昼すぎでした。
あや子さんは、干し魚を紙に包んで、たつぞうさんのお家へやって来ました。

五

「子猫をもらいにきたわ。このお魚を母猫にあげてください」
とあや子さんは言いました。
賢い母猫は、子どもがもらわれていくのを察したのでしょう。
子猫をなめて、別れを惜しみました。
「心配しなくてもいいんだよ」
と、たつぞうさんが言いました。
「近いんだから遊びにおいでね」
と、あや子さんも言いました。
あや子さんは猫をとても可愛がりました。
猫の毛の色が、白とよもぎ色と、少しばかり赤が混ざっていましたから、「三毛(みけ)」と名付けました。
「あまり抱っこしてばかりいると、体が弱くなりますよ」
と、お母さんがおっしゃいました。
けれど可愛くて、どうしても抱かずにいられません。
「ねえ、お母さん、三毛が死んじゃったら、わたしこの毛皮でえりまきを作るわ」
「そんなに可愛いなら、強くしてやりおやりなさい」
「本当にそうね」
とあや子さんは、抱きたいときもぐっと我慢しました。
しかし、勇ちゃんが遊びにくると、
「ねこ、どこへ行った!」
と探して、抱いたりじゃれついたりしました。
ある日、あや子さんは三毛を抱いて、お友達と鐘つき堂の石段に腰かけていました。
いつか写生した桜の木の陰で、涼しげにセミがどこかで鳴いていました。
「うちの三毛、気分が悪いのよ」
「どうして?」
と、かね子さんが聞きました。
「何か悪いものを食べたらしいの」
そこへ勇ちゃんが三輪車に乗って、武ちゃんやつとむさんたちと遊びにやって来ました。
「あや子さん、ねこを抱かせておくれよ!」
と、勇ちゃんはすぐに三輪車から飛び降りました。
「だめよ、三毛、気分が悪いんだから」
「いじわるだなあ」
と、武ちゃんが言いました。
みんなで石段に腰かけてお話をしました。
勇ちゃんが、少しばかり抱かせてとせがむので、あや子さんが三毛を渡すと、勇ちゃんはいつものようにからかいました。
「勇ちゃん、かまくらへ行ったことあって?」
と、あや子さんが聞きました。
勇ちゃんは猫に夢中で、何をきかれても耳に入りません。
「わたし、行ったことがあるわ」
と、かね子さんが言いました。
「お観音様を拝んで?」
「拝んできたわよ」「お堂の中がうす暗くて、お顔がよく見えないのよねえ」
と、あや子さんが言いました。
「優しいお顔だと思ったわ」
「お母さんのように優しいお顔よ。
それにあや子さん、大仏様を拝んできた?」
「うん、大きなお大仏様だったね」
勇ちゃんは、みんなの話が面白そうだったので、猫を武ちゃんに渡しました。
「私、きれいな貝を拾ってきたの」
と、あや子さんが言いました。
「どんな貝なの?」
と、勇ちゃんが聞きました。
あや子さんは、みんなが早く猫を解放してくれたらいいのにと思いました。
その時、武ちゃんが、
「猫が、口から何か出したぞ」
と言いました。
「だから、病気だって言ったでしょう」
みんなはびっくりして、猫のそばへ寄ろうとしませんでした。
あや子さんは、少しも汚いなんて思わずに、口のまわりをきれいに拭いて、静かに抱っこしてあげました。
「私も、もし猫を飼っていなかったら、みんなみたいに汚いって思ったかもしれないわ。
看護婦さんたちが、暑いところや寒いところ、それに銃弾が飛び交う中で働いていらっしゃるのは、心から国を思っているからなんだわ」
と、あや子さんは心の中で思いました。
三輪車に乗っていた勇ちゃんが、
「お寺の鐘も、戦地に行ったんだよ。
ぼくの三輪車も、戦地へ行ったらいいのになあ」
と言いました。
「もう(三輪車に)乗らないの?」
と、つとむさんが聞きました。
「明日は金属供出(きんぞくきょうしゅつ)の日だろ?
ぼく、今度乗るときは、飛行機の『若鷲(わかわし)』になるんだ!」
と、勇ちゃんは空を見上げて言いました。
鐘つき堂の屋根の瓦(かわら)は、子どもたちの言うことを、感心しながら聞いていました。

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