あなたを押しつぶしてしまうかもしれないし、もしかすると、手を取って、あなたの手足を一本ぐらい折ってしまうかもわかりません。」
と、彼女は私のことを心配してくれるのでした。
「あなたは遠慮ぶかい、おとなしい、そして、気位の高い人でしょう。
それなのに、見世物なんかにされて、お金のために、卑しい連中の前でなぐさみにされるなんて、ほんとうに口惜しいことでしょう。
お父さんもお母さんも、私にグリルドリッグをあげると言って約束したくせに、今になって、こんなことをするのです。
去年も子羊をあげると言っておきながら、その羊が肥えてくると、すぐ肉屋に売り払ってしまった、あれと同じようなことをしようとしてるのです。」
と、彼女は私のことを嘆くのでした。
しかし、私は、この乳母さんほどには、心配していなかったのです。
いつかは、きっと自由の身になってみせると、私は強い希望を持っていました。
それに、私が怪物として、あちこちで見世物にされても、私はこの国には知人ひとりあるわけではなし、私がイギリスに帰ってからも、何も、このことは非難されるはずがないと思います。
イギリスの国王でも、今の私と同じようなことになったら、やはり、これくらいの苦労はするだろう、と私は思いました。
主人は友達の意見にしたがって、私を箱に入れて、次の市日に隣りの町まで運んで行きました。
私の可愛い乳母さん(娘)も、父親の後に乗って、いっしょについて来ました。
私の入れられた箱は、四方とも塞がれていて、ただ、出入口の小さな戸口のほかには、空気抜きのため錐の穴が二つ三つつけられていました。
娘は私が寝られるように、箱の中に赤ん坊の蒲団を敷いてくれました。
この箱の旅は、たった半時間の旅行でしたが、身体がひどく揺られたので、私はくたくたになってしまいました。
なにしろ、馬は一歩に四十フィートも飛んで、しかも非常に高く跳ねるので、私の箱は、まるで大暴風雨の中を、船が上ったり下ったりするようなものでした。
さて、町に着くと、主人は、行きつけの宿屋の前で馬をおり、しばらく、宿の亭主と相談していました。
それから、いろんな準備ができ上がると、東西屋をやとって、町中に触れ歩かしました。
「さあ、いらっしゃい、いらっしゃい、世にも不思議な生物、身の丈はスプラクナク(この国の綺麗な動物)ほどもないのに、頭のてっぺんから足の先まで、身体は人間にそっくりそのまま、言葉が話せて面白い芸当をいたします。」
と、こんなふうなことをしゃべらせたのです。
私は宿屋で、三百フィート四方もありそうな、大広間につれて行かれ、テーブルの上に乗せられました。
私の乳母は、テーブルのそばの腰掛の上に立って、私の面倒をみたり、いろいろと指図をしてくれるのでした。
そのうちに、見物人がぞろぞろと押しかけて来ましたが、あまり混雑するので、主人は一回に三十人だけ見せることに決めました。
私は乳母のいいつけどおりに、テーブルの上を歩きまわったり、私にものを言わそうとして、彼女がいろいろ質問をすると、私は力いっぱいの声で、それに答えるのでした。
それから、何度も見物人の方を振り向いて、ていねいにおじぎして、「よくいらっしゃいました。」と言ったり、そのほか、教わったとおりの挨拶をします。そしてグラムダルクリッチが、指貫(ゆびぬき)に小さなお酒を注いで渡してくれると、私はみんなのために乾盃をしてやりました。
かとおもえば、今度は短剣を抜いて、イギリスの立派な剣術使いのまねをして、あたりをビュンビュンと振りまわします。
優しい乳母が藁(わら)の切れっぱしを渡してくれると、私はそれを本物の槍のつもりにして、若い頃に習ったかっこいい槍の術をみんなに見せびらかすのです。
その日の見物人はなんと十二組もあったので、私は十二回も、こんなクタクタになるお芝居をくり返さなければなりませんでした。
そう、私はすっかり疲れてお腹も立ち、文字どおりへばりきってしまったのです。
でも、私を見た人たちが「これはすごいぞ!」とあちこちで評判を立ててくれたものですから、見物人はドッと押しかけてきて、会場は大入り満員の大繁盛でした。
主人は、私の可愛い乳母以外には、絶対に誰にも私へ指一本さわらせませんでした。
そのうえ、危ないことが起きないように、テーブルのまわりをぐるりとベンチで取り囲んで、どんなに見物人が手を伸ばしても届かないようにしてくれたのです。
それでも、意地悪な小学生の男の子が、私めがけて頭のてっぺんをねらい、大きなハズの実を投げつけてきたりしました。
当たらなかったので本当に助かりましたが、もし万が一あたっていたら、私の頭なんて粉々にくだけ散っていたに違いありません。
なにしろ、向こうのハズの実といったら、まるで南瓜(かぼちゃ)ぐらいの大きさがあって、それがものすごい猛烈な勢いで飛んでくるのですから。
でも、このいけないいたずら小僧は、その場で見つかってこっぴどく怒られ、部屋から追い出されてしまいました。
お祭りの市日(いちび)がすむと、私たちはいったん家に戻りましたが、主人は次の市日にも、またこの見世物をやろうとさっそく広告を出しました。
そして、それまでに、私のためにもっと楽で便利な乗り物を用意してくれたのです。
だけど、それも無理はありません。なにしろこの前の旅行で、私はものすごく疲れはて、なんと八時間もぶっとおしで見世物にされたものですから、すっかりヘトヘトになってしまいました。
私が元の元気を取り戻すには、どう少なく見積もっても三日はかかりました。
ところが、私の噂を聞きつけたあちこちの紳士たちが、遠くは百マイルも離れた場所から、今度は主人の家にまでドッと押しかけてくるようになったのです。
これでは、家に戻っても少しも休む暇がありません。
毎日毎日、私はほとんど体を休める時間がなくなってしまいました。
「これはいい、ものすごく儲(もう)かりそうだぞ」と気づいた主人は、今度は私を街から街へとつれ歩いて、あちこちで見世物にすることを思いついたのです。
長い旅に必要なしたくをととのえ、家のあれこれを片づけると、主人は奥さんに別れを告げ、一七〇三年の八月十七日(これは私がこの国にやって来てからちょうど二ヵ月目の日でした)に、ついに家を出発しました。
主人は、この国のほぼ真ん中にある大いなる首都をめざして進むことにしましたが、家からそこまではなんと三千マイルもの長い道のりでした。
主人は愛娘のグラムダルクリッチを自分の後ろの馬に乗せました。
そして私は小さな箱に入れられ、その箱は娘の腰のところにしっかりと結びつけられていました。
優しい娘は、箱の内側をいちばん柔らかい布地できれいに張りつめ、底のほうには厚い敷物を敷いて、その上に可愛い赤ん坊用の小さな寝台を置いてくれました。
私の下着やシャツなんかも、みんな彼女がていねいにととのえてくれ、私は旅のあいだ何不自由なく過ごすことができたのです。
私たちの後からは、家の小僧が一人、重い荷物をたくさん持ってついてきました。
初級翻訳・ガリバー旅行記 第17話
ガリバー旅行記
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