初級翻訳・パイとやきがたのはなし 第2話

パイとやきがたのはなし

この音はリービの帰りね、いそいで裏から出ないと!」
おうちにもどったダッチェスは、うつくしい黒の毛並みにくしをかけます。
それから、リービへの手みやげに庭のお花から花たばをこしらえました。
あれこれするうち、やがて時計が4回鳴ります。
リービは――あちこち探って、戸棚にも食べ物置き場にもだれひとり隠れていないと納得したあと――上に上がってお着替えしました。
お茶会用のふじ色の絹のワンピース、それから刺繍入りのモスリンのエプロンに前かけを身につけます。
そしてリービはつぶやきます。
「あらあら? あの引き出し、あけっぱなしにしてなかったはずよ。だれかがわたしの鍋つかみを使おうとしたってことかしら?」
下にもどって、お茶を入れたティーポットをオーヴンの上に置きます。
もう1度下のオーヴンをのぞくと、パイはすてきなきつね色で、ほかほかと湯気が出ていました。
暖炉の前に腰を下ろして、子犬をまつリービ。
「下のオーヴンにして本当によかったわ。上のはきっと熱すぎどころじゃないものね。あら、戸棚の戸がなぜか開いてるわ。まさか本当にだれかがこのおうちに……?」
4時きっかり、ダッチェスはお茶会へと足をむけます。
村をびゅーんとつききったので早すぎて、リービのおうちへとつづく小道で、ちょっとばかり時間をつぶすはめになるのでした。「さてと、もうリービはこっちのパイをオーヴンから取り出しているかしら」とダッチェス。
「それにしても、残りのネズミパイはいったいどうなってしまったのかしら」
ぴったり午後四時十五分、とても上品にコンコンとドアを叩く音がします。
「リブストンのおくさまはいらっしゃいますか?」と玄関でダッチェスが尋ねます。
「どうぞ! こんにちは、ダッチェスさん」とリービは声をはずませました。
「お元気そうで」
「それはもう、おかげさまで。あなたはご機嫌いかが、リービさん」とダッチェス。
「おみやげにお花を持ってきたのよ。まあ、なんておいしそうなパイのにおい!」

「うーん、すてきなお花! そうなのよ、ネズミとベーコンのパイなの!」
「食べものの話はそれくらいにして」とダッチェス。
「すてきな白いテーブルクロスね! ……焼き加減はもうよろしいの? まだオーヴンの中?」
「たぶんあと五分ってところね」とリービ。
「もうほんのちょっとだけよ。お茶を入れるわ、待っているあいだに。お砂糖はいります? ダッチェスさん」
「ええ、おねがい! リービさん、あのね、ひとつ鼻の先っちょに乗せてもいいかしら?」
「いいですとも、ダッチェスさん。なんてお見事なお座り! まあ、愛らしくてかわいいこと!」

ダッチェスは自分の鼻の先に角砂糖を乗せ、お座りをしたままくんくんとにおいを嗅ぎます。
「あのパイのかぐわしいことといったら! 大好きなの、子牛とブタ――じゃなくて、その、ネズミとベーコンね」
そこでうろたえて砂糖をぽろっと落としてしまい、ティーテーブルの下へ探しにもぐるはめになったので、リービがパイを取り出すときにどちらのオーヴンを開けたのか、ダッチェスは見のがしてしまいました。
リービはパイをテーブルに置きました。
とってもそそるいいにおいがします。
テーブルクロスの下から砂糖をほおばりながら出てきたダッチェスは、そのままいすの上でお座りをしました。
「とりあえずパイを切り分けてあげるわね。わたしはマフィンにマーマレードをつけて食べるつもりだから」とリービ。
「そんなにマフィンのほうが好きなの? なかに焼き型が入っているっていうのに!」

「なんですって?」とリービ。
「な、中身、これってマーマレード?」とあわてて言いなおすダッチェス。
はたしてパイは味わい深く、マフィンはふわふわほかほか。
どんどんなくなっていきます、パイはことさらに!
「きっと――」とダッチェスは考えごと。
「きっと、自分で取り分けたほうがよろしゅうございましたわ。ですけどリービ、お切りになるときになんにもお気づきにならなかったみたいね。あら、こんなこまぎれの具の中に焼き型を入れたんでしたっけ! 細かくミンチにしたおぼえはないんですけど。それに、うちのオーヴンより火のつよいオーヴンですのね」

「やっぱりダッチェスは食べるのが早いわね!」とダッチェスは考えごとをしながら、五つめのマフィンにバターをぬりぬり。
パイざらの中身はどんどんなくなっていきます! ダッチェスはもう四もりめが終わって、今はスプーンで中をこねかえしていました。
「ベーコン、もうちょっといります?」とリービ。
「おかまいなく、リービさん。ただね、焼き型がどこにいったのかなって思って」

「焼き型? なんのこと?」
「パイ生地のかたくずれを防ぐ、あの焼き型よ」とダッチェスは自分の黒い毛並みにうもれた顔をまっかにします。
「まあ、そんなの入れてませんよ、ダッチェスさん」とリービ。
「ネズミパイにはいらないと思いますけど」
ダッチェスはスプーンをこねくりまわして――「見あたりませんの!」とそわそわ。
「焼き型なんてないですってば」ととまどうリービ。
「ございますのよ、リービさん。いったいどこにおきえになったのかしら?」とダッチェス。
「ぜったいそんなものありませんよ、ダッチェスさん。プディングやパイには金ものはつかわないことにしているんですもの。とってもあぶないでしょ――(ほら、まるのみしちゃったときなんかね!)」と最後のところをひそひそ声で。
たいそうびくついたごようすのダッチェスは、パイの中をかきまわるばかりでした。「うちの大おばのスクィンティーナ(いとこのぐいぐいタビサのおばあさんですけど)――クリスマス・プディングに入れるゆびぬきのせいで亡くなってしまったんです。だからわたし、けっしてプディングやパイに金属のものなんか入れないんです」
顔をぎょっとさせるダッチェスは、パイ皿をかたむけます。
「焼き型は四つしか持ってませんけど、みんな戸だなのなかですし」
ひぃ、と声をあげるダッチェス。
「死んじゃいますの! 死にますの! 焼き型をまるのみですの! ひゃあリービさん苦しいですの!」
「気のせいですよ、ダッチェスさん。焼き型なんてないんです」
くぅんともだえながらダッチェスさんは身をよじらせます。
「ひっぞくぞくしますの。焼き型をまるのみ!」
「このパイにはないですって」といいきるリービ。
「ございましたの、リービさん。きっとわたくしそれを!」
「手をかしますから横になります? どこの具合が悪いんですか?」
「ひゃもう体じゅうが苦しゅうございますの。のみこんだ焼き型、大きくて金属でまわりがひだひだでとがってますの!」
「お医者さま、よんできましょうか? とりあえずスプーンかたづけますわ!」
「ひぇ、ええええ! むらっけ先生おつれになって、リービさん。あのかたはマグパイ、カササギですものきっとおわかりになるはずですの」
リービはだんろ前のソファにダッチェスをおちつけると、外へ出て先生をさがしに村へといそぎます。
いたのは金属づくりの小屋でした。郵便局で手に入れたインクつぼにせっせとさびた釘をひたしていまして。
「でたでた! は! はっ!」と首をかしげていました。

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