決まって夜になると、こっそり部屋から抜け出すんだそうだよ。
――けれども何しろ自分の娘のことだし、そんなことを世間の人に話すわけにもいかないから黙っていたんだけれど、娘のほうは相変わらずそんな父親が監視していることなど知らないものだから、お構いなしで毎晩庭に出るんだそうだ。
あるとき、父親はふと思いついて、娘の部屋の庭に面した障子のぎわに、金気(かなけ)のある錆びた棒を置いておいたんだ。
父親には心当たりがあったから、そうしてみて、娘が何かに取り憑かれているのか、それとも例の山へ行ってから気が狂ってしまったのか、それを確かめようとしたんだね。
ところがその晩、障子は開いたには開いたんだけれど、あの金の棒があったせいで、急に部屋の中へと引き返しちゃって、二度と外へ出てこなかったんだそうだよ。
なぜって、金気のあるものは、魔物や憑きものに嫌われるからね。
その翌晩も同じように棒を置いておいたところ、娘はやはり部屋の中で、ざらざらと変な音を立てて歩いているような気配はしたけれど、外に出てくる様子はまったくなかったんだ。
その翌晩も、そのまた次の晩も、その金の棒を置いておいたんだよ。
――ところが反対に、娘はこのごろになって以前よりもずっと痩せ細ってしまい、ほとんど食べものを口にしなくなってしまった。
ある日、父親がそばへ行って様子を見ると、父親の顔をしみじみと見つめてから、ふいに、あの鉄の棒を取ってください、そうしないとわたしは息苦しくてたまらないんです、お願いだから鉄の棒を取りのぞいてくださいと、父親に頼んだんだ。
父親も、娘の正体がいったい何なのか分からないながらも、あまりにかわいそうになって、その晩、鉄の棒を取りのぞいてやったんだ。
すると、娘はいつものように静かではなく、急に障子をあけると庭へ飛び出し、それきりその晩から二度と姿を見せなくなってしまった。
丁字屋では大騒ぎをして探したけれども、どこにも娘らしき姿は影も形もなかったんだよ。
父親は、あまりの出来事に、ただぼんやりと一日中考え込んでいたそうさ。
――娘がいた部屋へ行ってみても、部屋の中は別にかわりはない。
ただ、娘がいたころよりも、あの青臭いにおいがすっかりなくなっていたんだってさ」何気なくその布団を引いてみると、小さな黒々とした蛇が一匹、とぐろを巻いていました。
父親は驚いてそれを追い払いましたが、その蛇はふいに床から庭先へすべり出し、それきりどこへ行ったのか姿を消してしまったそうです。
ですが不思議なことに、それから後も、いつも土蔵の日なたや、屋根の上や、娘がいた居間のそばなどに、どこからやってくるのか、あの黒々とした一匹の蛇が、まるで影のようにとぐろを巻いていたそうです。
そのため、みんなもいつしかその蛇を追い払わなくなり、かえってその蛇に親しみを持つようになりました。
胸のひものように細いその蛇は、白いおなかをしていて、わりあい優しい目をして丁字屋の人々を眺めていたのです。
父親は、ときどきその蛇を手のひらの上に乗せ、日なたの温かいところで、何となく寂しそうにその円く丸まった蛇を眺めていることがありました。
もちろん、蛇はなんの悪さもしません。蛇もなつかしそうに父親の手の上で、そのかわいらしい頭を持ち上げ、父親の顔をしげしげと見つめていたりしたのでした。
」
姉はそう言い終えると、私はすぐに尋ねました。
「それでは娘さんはどうなったのだろう、どこへ行ってしまったのだろう」
「それはね」
姉は言葉を少し区切ってから、こう言いました。
「ほら、あのお山へ行ったときから、きっと蛇にとりつかれていたんだよ。
だから、ずっと前にとっくの昔に亡くなっていたのかもしれない――だから今でもあのお山には、そのお蝶さんのお墓が建っているそうだよ、あの池のまわりにね」
私は、思わずぱっと医王山の方を見つめました。
今日はくっきりとした紫色に晴れわたっていました。
姉も同じように、山の方をじっと眺めました。
私は不思議な物語が頭の中に生き生きと残っていたせいで、その医王山がまるで一つの生き物のように見えたのでした。
初級翻訳・不思議な国の話 第3話
不思議な国の話
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