初級翻訳・人造人間エフ氏 第5話

人造人間エフ氏

言わないと言っても、そりゃもう遅いんだよ!
お前に頼んだその子どもというのは、一体どんな顔をしていた?
どんな格好をしていた?
それを言えば、お前の罪は許してやる!」
 張は、どうしようかとひどく困った様子で、誰か助けてくれる人はいないかと、まわりに集まった人たちの顔をキョロキョロと見回しました。
 その時、彼の目が、ふと正太(しょうた)の顔の上に止まりました。
すると次の瞬間、張は「あっ!」と驚きの声をあげ、船員の手を振り払って逃げ出しました!
「おい、待て、張!」
 船員たちは「逃がすものか!」と、張の後を猛スピードで追いかけました。
 張はもう必死のパッチです。
階段をゴロゴロと転げ落ちるかと思えば、ドアに激突したり、椅子をひっくり返したりまるでネズミのように逃げ回りましたが、船員たちの激しい追いかけっこについに捕まり、船具室(せんぐしつ)のすみっこでガッチリと取り押さえられてしまったのでした。そのときはもう、張はグッタリと伸びきっていました。
船長へ知らせがいったので、やがて彼は船具室まで下りてきました。
「おい、張。
なにもかも、もうすっかり白状したほうがいいぞ」
「ううっ――」
「白状すれば、お前の罪を許してやると言っているのが、わからないのか。
おい、張、さっきお前は、正太という船客の顔を見て、なぜおどろいて逃げ出したんだい」
「ああっ、それは――」
「こっちにはすっかりわかっているんだ。
早く白状しただけ、お前の得だぞ」
「ああ、もう言います」と、張は苦しそうに言いました。
「――が、あの子供、そこにいると、わたし言えない」
「あの子供のお客さんはこの船具室にはいないよ」
「ほんと、あるな。
では、言う。
わたし、あの子供に頼まれた」

   怪火

中国人コックの張は、意外にも、煙をだすボールを海のなかへ投げ込むことを、正太少年に頼まれたと白状したのです。
「ええっ、あの正太さんに頼まれたというのか」
まさかと思ったのに、張が正太に頼まれたと言ったものだから、船長もことの意外さに驚きました。
もしや張が、同じ姿の少年である正太を、同じ人と見まちがえたのではないかと念を押しましたが、張は強くかぶりを振って、
「いや、あの子供にちがいない。
わたし、人の顔、まちがえることない」と言うのでした。
船長はじめ、これを聞いていた一同は、この中国人がうそをついていないのだと知りました。
すると、こんどはあのかわいい日本少年の正太が、たいへんあやしい人物になってしまいます。
それはどうしたものでしょうか。
正太は、船長から呼ばれて、その前へ行きました。
張は、正太がマリ子をつれて入ってきたのを見ると、さもおどろいた顔つきで、船員のうしろにかくれました。
「正太さん。
さっき海へ投げこんだ煙のボールは、あなたに頼まれて、この中国人コックの張がやったのだと言いますが、なにか言いわけすることがありますか」
「えっ、なんですって」と、正太もはじめて聞く意外なうたがいにびっくりして、「とんでもない話です。
僕はそんなことはしません」
「いや、あの子供、わたしに頼みました。
わたし、けっしてうそ言わない」
張は船員のかげから、正太少年を指さして、ゆずろうとはしません。
すると、大木老紳士が怒ったような顔をして、前へ出てきました。
「そうだ。
正太君がやらなかったことは、あのときわしも正太君のうしろにいて、見て知っている。
正太君に罪はない」
「そうですか。
これはへんなことになった。
張は正太君に頼まれたというし、あなたがたは正太君がやったのではないという。
どっちがいったい本当なのだろう」
正太にも、この事件がたいへんふしぎにおもえてきました。
(まてよ。
もしかしたら、僕にたいへんよく似た少年がこの船のなかにいるのではないかしら)
そのことを船長に言いだそうかとおもったが、彼はとうとう言わないでしまいました。
なぜなら、そのときとつぜん船内で大さわぎがはじまったからです。
「おう、火事だ、火事だ。
第六船艙から、火が出たぞ。
おーい、みな手を貸せ」
怪しい船火事! 船員も船客も、言いあわせたように、さっと顔いろを変えました。
そのとき、老紳士が吐きだすように言いました。
「そらみろ。
さっきの信号が怪しかった。
船火事だけですめばいいが」
そのことばが終わるか終わらないうちに、海面にうきあがった潜水艦隊。
あっというまに、ウラル丸をぐるっととりまいてしまいました。

燃えるウラル丸

「あっ、潜水艦だ! おや、あれはどこの潜水艦か。
日本には、あんなのはない!」
ウラル丸の甲板上を、目の色をかえた船客がさわぎたてます。
船内では、船火事をはやく消さないと、船が沈むかもしれないというので、消火にかかっている船員たちの顔には、必死の色がうかんでいます。
「おい、船底の荷物の間から、さかんに煙をふきだしているぞ。
ポンプがかりに、そう言ってやれ。
もっと力をいれてポンプをおさないと、とてもものすごい火事を消せないとな」
「おい、こっちだこっちだ。
こっちからも煙が出てきた。
船客の荷物に火がついたぞ」
船火事と、怪しい潜水艦!
二つのものにせめたてられ、ウラル丸の船客も船員も、息が止まりそうでした。
正太とマリ子は、甲板に出て、潜水艦をにらんで立っていました。
「兄ちゃん。
あの潜水艦は、なにをするつもりなのかしら」
「さあ、なにをするつもりかなあ――」
正太ははっきりわからないような返事をしたが、その実心のなかでは、この潜水艦はたぶん、ソ連の艦であり、そして船火事をおこしてウラル丸が沈むのを見まもっているのであろうと考えていました。
しかしそれを言うと、妹のマリ子がどんなにしんぱいするかもしれないとおもい、ことばをにごしたわけでした。そのとき、兄妹のうしろを、気が変になったような声をだして通りすぎる者がいました。
それは例の大木老人でした。
「ああ、わしはたいへんな船に乗りこんでしまったものじゃ。
わしが一生かかってようやく作りあげた全財産が、焼けて灰になってしまう。
たとえ灰にならなくても、その次は、あの怪潜水艦のために、水底へ沈められてしまうのじゃ。
ああ、わしはもう気が変になりそうじゃ」
大木老人は頭の髪を両手でかきむしりながら、走っていきます。
「兄ちゃん。
あのお爺さんは、あんなことを言っているわよ。
あの潜水艦は、ウラル丸を沈めようと思っているのね」
マリ子は、とうとう第二のおそろしいことに気づいてしまったのです。
「なあに、大丈夫だよ」
「いいえ、大丈夫ではないわ」
「ねえ兄ちゃん、あたしたちは火事で焼け死ぬか、潜水艦のために殺されるか、どっちかなんだわ。
そうなれば、もう覚悟をきめて、日本人らしく死にましょうよ。
そうでないともの笑いになってよ」

   正太の決心

(そうだ。
僕はぼんやりしていられない!)
正太は、はっと我にかえりました。
今の今まで彼は気のよい少年としてひっこんでいましたが、彼は今こそふるいたつべき時だと思ったのです。

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