あの人は男の視点でしか女を見ることができないのだ、と由子は思った。
女の心も、女の弱さも、つつましい夢や希望も、何も分かっていないのだ。
「春が訪れるころ、新潟を立ち去ろう」
病床で、由子の心はほぼ決まっていた。
病気が治ると、由子は越後新報社へ卓一を訪ねて行った。
恋愛も、恋愛らしきものも、もう終わりだ。
卓一。まるで五十年前の思い出のような気がした。
そして五十年前の恋人に一目会いたいという思い以外、他意はなかった。
ふるさとの山河を懐かしむのと同じような、ただそれだけの思いだった。
この街の空も、木々も、人も、これでお別れだ。
そして木村重吉が、卓一の生活に首を突っ込み始めたのは、由子が越後新報へ卓一を訪ねて行った時からだった。
野々宮の愛人が、同時に卓一の幼馴染であることを、木村重吉は卓一本人とまったく同じタイミングで知ったのだ。
由子が野々宮の愛人にほかならないことを、卓一は木村重吉の言葉によって知らされたのである。
編集部員の間でも、卓一と由子の友情が噂になり始めていた。
すると木村重吉は、そのことをみんな知っているのだと言わんばかりに、あえて意味ありげな素振りを見せずにいられなかった。
由子の素性も彼の口から初めて知った卓一だった。
木村重吉は、まるで自分が二人の仲を取り持ったかのように信じ込もうとする男だった。
人に言ってはならないような秘密の話を聞かされているかのように匂わせることは、彼にとって何よりも誘惑的な振る舞いだった。
しかし、周囲の人々と同じように、その後の卓一の私生活についてまったく知らないという事実が、ひそかに彼を苛立たせてもいたのだった。
卓一はやりかけの仕事を片付けて、由子の待つ応接室へ向かった。
すると、彼の予想を裏切るような光景が広がっていた。木村重吉が、まるで自分の家にいるかのような自然な態度で、由子と談笑に耽っていたのだ。
由子は椅子に座っていたが、木村重吉は立っていた。
手押し車を動かすように椅子の背に両手をかけ、いくらか前かがみに体重を預け、笑い転げるたびに椅子をぐらぐらと揺らしているのだった。
そのすべてに満ち溢れる馴れ馴れしさは、まさにくつろぎの姿そのものだった。
応接室は常に乱雑で汚かった。
木村重吉は椅子の埃を払ったり、紙屑を寄せ集めたり、スチームを調節したりと、彼だけが気づくような敏捷な気配りで、卓一が現れるのを待っていたのだ。
卓一の姿を見ると、木村重吉は突然冷たく姿勢を正して目礼した。
まるで大臣を迎えた秘書官のように、古典的で物々しい雰囲気が彼の動きに満ちていた。
「私の役目は済んだのだ」
その唐突な他人行儀さが、そう語っていた。もはや私の出る幕ではない、と。
それは同時に、彼もまた二人の私事に参加していることを、最も馴れ馴れしく伝える無言の言葉でもあった。
木村重吉は立ち去ったが、すぐに土瓶と茶碗を持って引き返してきた。
お茶を注ぎ終えると、再び古典的な目礼を残し、無言のうちにようやく姿を消した。
「東京へ引っ越そうと思うのよ」
由子は卓一に言った。
「気候の暗さに負けないほど明るい心を持たない人は、とてもこの町に住み続けられないわ。
明るい気候の土地へ行ったら、もっと生気を感じることができるでしょう。
明るい空の下へ行っても、どうせ心は暗いに決まっているなんて、悟りきったことを言うのはもう飽き飽きだわ。
賑やかで明るい都会へ飛んで行きたい。考えることが少なくて済む町へ」
「毎日暗いのは、やりきれないな」
卓一は答えた。
「僕たちの編集室は、昼間だって電灯が必要だからね」窓の外に目をやると、まるで街全体が水の中に沈んでしまったかのように見える。
あくびをすることだけを考えているような、卓一の物憂げな様子に、由子は急に腹が立ってきた。
ずるい人。
私のことを好きなはずなのに。
突然、雪が混じり合って激しく降り出した。
「ああ。
また雪ね。
ねえ、海まで行ってみない?」由子の胸に、冷たくて新鮮な風景が広がった。
「冬の荒々しい日本海を見ておきたいの。
私のこのイライラと同じように、海も一冬中ずっと怒り続けているのでしょう?」
海の怒りを見納めにしてしまおう。
新潟という街に別れを告げようとする、その冷めた気持ちが、今の自分にはしっくりときた。
「いつごろ東京へ引っ越すつもりなんだい?」
「冬が終わらないうちに」
落ち着き払った卓一の態度が、由子をまた少しイライラさせた。
「急に東京へ行くなんて言い出すのは、まるで卓一を愛することに疲れ果てたあげくの焦りだ」と、このずる賢い理屈屋は思い込んでいるのかもしれない。
それでもいいわ、と由子は思った。
もはや、それに対して腹を立てる気力もわいてこない。
張り合うことさえ、どうでもよくなっていた。
恋愛も、それに近い感情も、もう終わりだ。
この街の景色も、空も、木々も、そして人も、みんなお別れなのだ。
心の中で決めたこの静かで冷たい納得感と比べれば、卓一に「愛し疲れた哀れな女」だと思われたとしても、どうして気にかかることがあろうか。
ひたすらに激しく、そして穏やかな気持ち。
少しの未練や感傷は、お互い様というものだ。
由子の家は、海からそれほど遠い場所ではなかった。
けれど、真冬の荒れ狂う海を、結局見に行く機会がないままだった。
秋が深まると、海の広大なうなり声が、毎日由子の家まで届くようになる。
朝起きたときも、深夜に物思いにふけるときも、どんな悩みよりも、由子の心を占めていたのはあの遠い海鳴りだった。
実際に見ることはなくても、冬の海はとても身近な存在だった。
「三十分くらい、付き合ってくれたっていいでしょう」由子はしつこく言った。
「仕事をサボる必要なんてないじゃない。
車で海まで行くだけなんだから。
私だって、まだ病み上がりなんだから無理はしないわ。
海を見たら、すぐに帰るわよ」
最近は、車で海まで行けるようになっている。
昔は夢にも思わなかったことだ。
新潟の砂丘は、太平洋側の砂丘と比べると、高さがまるで違う。
小さな山のようなものだ。
砂丘以外には、岩ひとつない単調な海が広がっている。
荒々しい北風が、街と海の境目に、まるで小さな山脈のような砂丘のうねりを作り上げてしまったのだ。
海水浴は楽しいけれど、遊び終わった後に砂丘を登って帰ることを考えると、卓一は子供のころからうんざりしたものだ。
この北風には、新潟の歴代の政治家たちも頭を悩ませてきたという。
北風が激しいときは、街のほうまで砂が飛んでくるからだ。
そこで、砂丘の海に面した斜面にはハマグミを植え、街へ向かう斜面には松を植えて、砂の飛来を防ぐことにしたらしい。
明治の初めごろの話だ。
卓一が子供のころ、街へ下りる斜面にはすでに深い松林が広がっていて、頭上ではいつも松の葉が風に揺れる音がしていた。小学校では「防砂林を守ることは、新潟という街を守ることだ」といつも教えられたものだ。
卓一の記憶によれば、小学生のとき、全校児童が先生に連れられて、手に手に松の苗を持って砂丘へ植えに行ったことが何度かあった。
そう考えると、当時から砂の飛来にはずいぶん悩まされていたのだろう。
コメント