また、噴出するままにしておくとトンネル内が水浸しになる恐れがあるため、必要な分を飲んだら必ず穴を塞ぐこと。
その他にも、食料の扱い、気圧計の使い方、トンネル内の空気の検査法、野営の際の注意など、すべてにおいて漏れなく教え諭しました。
六人の漁師たちは膝に手を置き、一つ一つ「はい、はい」と朴訥に頷いていました。
博士は一人ずつリュックサックの中身を点検し、足りないものを補いました。
前例のないこの破天荒な門出を祝うために、調査隊はささやかな別れの宴を催しました。自分たちの身代わりにこの六人が死んでしまうかもしれないと思うと、粗末なもてなしでは済まされないような気がしたのです。
ところが、六人の漁師たちはコップに一口口をつけると、示し合わせたようにそれを置いてしまいました。
歓待しようと天幕の中を慌ただしく動き回る調査隊の面々を横目に、「わしらは、これで寝ますから、ごめんをいただきます」と言って、さっさと自分たちの天幕へ引き上げてしまいました。
モローゾフ教授が、ナターシャに囁きました。
「礼儀をわきまえているといってもいいくらいだ。獣にしてはできすぎている」
ナターシャは教授の言い方に軽い反感を覚えながら、「そうね」と答えました。
この地底旅行には、もし成功したならば、また六人でそろって戻ってきて、詳細を報告するという条件が付けられていました。
その提案をしたのは、言うまでもなくモローゾフ教授です。
ナターシャが尋ねました。「全員そろって戻って来いというのは、どういう意味なのですか。半分くらいだってかまわないわけでしょう」
「いや、全員でなくてはいけない」
「ですから、なぜ?」
モローゾフ教授が答えました。
「全員、殺してしまわなくてはならないからだ」
ナターシャは、チラとモローゾフ教授の顔を見上げました。
そして、急いで目を伏せました。
何か鋭いものが、チクリと心を刺したような気がしたのです。
……
最後の煙草を吸い終えると、漁師たちは一斉に立ち上がりました。
太いロープが、切り立った切り立った崖の肌に沿って、混沌とした黒い口を開けている火口底のほうへ垂らされました。
最初は、北原省三という、片目の若い漁師でした。
「それじゃ、さようなら」
特別な身構えをするでもなく、身軽にロープに取りつくと、岩壁に足を突っ張りながら、だんだん下の方へ降りて行きました。
その体は、まもなく、張り出した溶岩の塊の下へ見えなくなってしまいました。
調査隊のメンバーたちは、一種の寂しさと悲しさが入り混じったような気持ちでそれを眺めていました。
大地の下をはるばる樺太まで行って、すぐまたその足で引き返して来なければならない。
なんというひどい苦難が、そこにあることでしょう。
そして、その挙げ句に殺される。
成功しても、失敗しても、どっちみち命のないこの六人の人間。
この荒涼とした地獄のような風景の中で、このような境遇を目にすることは、さすがに心寒い思いがするのだった。
篁栄二郎が最後に残りました。
リュックサックをすべて吊り下ろしてしまうと、博士のほうへ近づいてきて、
「戻ってくるのは、どうせ秋口になると思いますが、あまり寒くならないうちにやって来るつもりです」
そして、一人ずつの前へ行って、丁寧にお辞儀をし、落ち着いた様子でロープに手を掛けました。
まもなく、最後の一人も見えなくなってしまいました。
次の朝、モローゾフ教授が自分の天幕にいると、写生画家のペトローウィッチが、青い顔をして飛んできました。
「ニコライッチ、大変なことが起きた」
「何だ?」
「博士が、天幕にいないんだ」
モローゾフが、厳しい目つきをしました。
「それで?」
ペトローウィッチは、ぐっと唾を飲み込んで言いました。
「たぶん、博士は逃げ出してしまったんだ」
「命令した通り、監視はつけておいたのだろうね」
「オグダノフ教授が、朝まで天幕の外で見張っていたのですが、うまくしてやられてしまったのです。……天幕の後ろに博士が這い出した跡があるんです。コンパスやリュックサックもなくなっているし……。漁師たちを追いかけて、トンネルへ入って行ったのだとすると、われわれ全体の破滅です。もし成功したって、どうせわれわれのところへなんて帰ってくるはずはない。……それに、われわれのサボタージュは、復讐のために博士が公表するだろうし……。どうも、大変なことになった。あちらで皆、騒いでいます」
モローゾフ教授は、無言のまま天幕の外に出ると、じくじくと水気を含んだ苔原を踏みながら、三百メートルばかり歩いて行き、そこへ立って、何もない地表を見回しました。
ツンドラの上には、人影らしいものもありませんでした。
モローゾフが自分の天幕へ戻ってくると、天幕には調査隊の全員が集まっていました。
モローゾフはそのほうへは目もくれず、天幕の奥のほうへ歩いて行って、釘から弾帯を外して肩にかけ、それからゆっくりと銃を取り上げました。
天幕の入り口のところで、振り返って言いました。
「ちょっと、行ってくる」
ナターシャが立ち上がりました。
「わたしも一緒に行きます」
モローゾフ教授は、調べるような目つきで、ちらとナターシャの顔を眺めたのち、きっぱりとした口調で言いました。
「来るなら、君も銃を持って来たまえ」
五、陰険なる攻略路
休息のない過激な行進のために、誰も彼も死ぬほど喉が渇ききっていました。
三日目の夕方、一行は最初の地下水に行き当たりました。
暗い道にある光沢のある橄欖石(かんらんせき)の壁が、そこだけ花のガクのようなかたちにえぐれ、その中にあふれるばかりの水をひっそりと湛えていたのです。
水だ。
先頭に立っていたヤロスラフスキー博士が、最初にそれを発見しました。
博士は、安全灯の光を差し向けながら、不思議なものにでも出くわしたように、ぼんやりとそれを眺めていましたが、やがてクルリと後ろを振り向くと、聞き取りにくい、枯れたような低い声で、
「水だ!」とつぶやきました。
「諸君、ここに水がある!」
しんとした沈黙が、これに応えました。
篁栄二郎の後ろに続いていた五人の漁師たちは、篁が立ち止まると、それにならってピタリと足をとめただけでした。
半裸の男たちの姿。
血のような汗の滴りが、彼らを濡らしていました。
長い苦しみの旅のために、みじめに削り取られた鉛色の肉体の上に、直接山のような背嚢を背負い、シャツは広げて、南洋の土人のように腰へ巻きつけていたのです。
「水だ!」
どの顔にも、感激の色も喜びの様子も、あらわれませんでした。気が狂いそうなほど激しい飢えと渇き。
それは、どんな苦難も乗り越えようとする、執念深い意志の力によって、しっかりと抑え込まれていました。
六人の漁師たちは「休め」の姿勢のまま、博士が飲んでもいいと言う許可を静かに待っていました。
博士は岩のくぼみのそばにひざまずき、手のひらで水をすくって飲みました。
かすかにケイ素を含んだ、氷のように冷たい水が、カラカラに乾ききったのどの奥に、痛いほどしみわたっていきました。
「大丈夫だ!」
博士は手ぶりで、飲んでもいいという許可を出しました。
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