初級翻訳・地底獣国 第10話

久生 十蘭

一キロほど進むと、行く手に、なんともいえないぼんやりとした微光が漂っているのに気づきました。
月光のような蒼白さではなく、霧のような乳白色でもありません。
たとえば、緑柱石(エメラルドの仲間)の輝きを薄い布越しに眺めたような、淡く、淡い海緑色。それ自体が冷たく輝く……ヤヌッセンが「ベリル」と呼んでいるような、不思議な光でした。
六人の漁師たちは、しばらくの間、言葉も出さずにそれを眺めていましたが、やがて一斉に、祈りを捧げる時のように敬虔な様子で跪(ひざまず)き、両手を合わせました。
実際、それはこの世の感覚を超越した、浄土の光ともいえるような、静かな瞑想を感じさせるものでした。
わたしたちは、その微光に向かって歩き出しました。その辺りから、通り道はゆるやかなカーブを描きながら曲がりはじめました。
それから百二十メートルほど歩いたころ、わたしたちの目の前に、突然、信じられないような光景が飛び込んできました。
目の前がパッと大きく開け、深い谷を越えたはるか向こうに、氷河のような色をした断崖が、夢のように白々とそびえ立っていたのです! この八日間、わたしたちを導いてきた暗い道は、何の予兆もなく、突然ガラスのように滑らかな急斜面となって、底も見えない真っ暗な闇の中へ真っ逆さまに落ち込んでいました。そして、丸太橋のような細い岩の橋が、わずかに向こう側の断崖へと続いていたのです。
恐ろしいほど大きく黒い口を開けた、底知れぬ深い谷の上。そこに、美しい弧を描きながら、白い虹のように、はるか遠くまで岩の橋が架け渡されていました。
あたりはしんと静まり返り、言葉では言い表せないような、透明で淡い緑色の微光が、月の世界のように草一本、苔ひとつない冷たく静かな風景を満たしていました。
岩の橋も、斜面も、はるか向こうの断崖も、すべてのものが互いにぼんやりとした影を投げ合いながら、碧玉髄(へきぎょくずい)のように美しく輝きわたり、同じような色のぼんやりとした空間の中へ溶け込んでいました。
この突然現れた断層――「溶岩メーサ」は、かつて起きた氷河の力によって作られたものでした。
そのころの地球の地殻は、すでに風化して傷つきやすくなっていたのです。
雷や雪崩、激しい嵐や急流がやり残した仕事を、氷河が仕上げたのでした。
ただ一本の岩の橋だけを残して、暗い道の真ん中をごっそりと削り取ってしまったのです。

第九日(六月二十八日)
昨夜、遅くまで話し合った結果、向こう側の断崖の横に口を開けている暗い道までたどり着くには、ナイフの刃のように鋭い、この危険な「虹の橋」を渡る以外に方法はないという結論に達しました。
こちらの急斜面には、足場になるような割れ目も出っ張りも、まったくなかったからです。
以前、山案内人をしていた経験を持つ山口が先頭に立つことになりました。
わたしたちはお互いの腰をロープで結び合い、彼を先頭に進んでいきました。
彼はとても慎重に、うまくやっていました。
ところが、また困ったことが起きたのです。
命綱と頼りにしていた岩の橋に大きな亀裂が入り、途中で完全に途切れていたのです。
その隙間は、少なくとも六フィート(約1.8メートル)はありました。
わたしたちは、すぐ目の前に向こう側の道の入り口が見えているというのに、進むことも戻ることもできない状態に追い込まれてしまいました。
六フィートの空間の向こう側は、少し広くなった平らな岩場になっており、その上に大きな岩塊がひとつ載っていました。
山口は橋の端に腹ばいになっていましたが、やがて身体を起こしてまたがるような姿勢になると、わたしたちの方を振り返ってニヤッと笑いました。
わたしたちはそれを、彼がこれから決死の覚悟で飛び移ろうとしているのだと理解しました。
彼が橋の端に立ち上がると、一気に跳躍して向こう側の岩場へ飛び移り、その岩にしがみつきました。
その瞬間でした。あっけなく、岩がぐらりと揺れました。
あっという間の出来事でした。
山口は岩を抱いたまま、底知れぬ無限の谷底へ、真っ逆さまに墜ちていったのです。

第二十二日(七月十一日)
「第二十七観測点。(午後四時二十分)観測なし」
あの不幸な朝、同行者の一人とともに、経緯儀や測距計などの重要な機械が入っていた背嚢(リュックサック)を、冷酷な谷が飲み込んでしまいました。
もちろん、誰のせいでもありません。
あの戦慄すべき命がけの跳躍を成し遂げるために、背嚢はどうしても犠牲にしなければならなかったのです。
食料が入ったリュックが無事だったのは幸いでした。
もしそうでなかったら! その後の八十日にも及ぶ旅を、一体どうやって続けるつもりだったでしょう。
そんな事情のため、正確な調査や観測を行いながら進むことができなくなりました。
わたしの時計の鎖についている小さな磁石を頼りに、これから先の困難な旅を続けなくてはなりません。
七日前、ついに塩基性輝石安山岩の暗い道が終わり、わたしたちは地球のおなかの中にある、暗く深い谷間をさまようことになりました。
一八八〇年に、ロシアの地質学者イノストランツェフがオレネツ地方で発見した、中期原生代のシュンガ石や、妙な噴出物が、あらゆる怪奇な形をして伸び上がったり、そびえ立ったりしています。そこは、ダンテの『神曲』の地獄編に出てくる「死の谷」のような、悲痛で陰惨な風貌をした谷の底でした。
斧で削り取ったような四角い溶岩台。
大蛇がよじれ合っているような縄状の溶岩。
そしてさまざまな形をした溶岩の針――。
サボテンのような、トーテムポールのような、キリンの首のような、そんな異様な光景が、中期原生代の赤錆色の堆積物でおおわれた不気味な谷間の中に、次々と現れては立ちはだかっています。
この谷間には、先ほどの微光はなく、その代わりに、毒ガスのような薄い霧がぼんやりと立ち込めています。そして、驚くほど高い地殻の隙間(おそらく噴火口だと思われます)から差し込む、夕暮れのようなおぼろげな光が、辺り一面に満ちているのです。谷は向こう側へ行くにつれて次第に狭まり、その端には五十フィート(約十五メートル)もの高さがある絶壁がそびえ立っていました。絶壁には大きな洞窟の入り口があり、コールタールのようにどろりとした真っ黒な川が、ところどころで淀みを作りながら、暗い洞窟の中へとゆっくりと流れ込んでいます。

「嘆きの河」――これはアマゾン川水系のトカチン川やマデーラ川、あるいはオリノコ川の支流であるルエランパゴーを流れる、スペイン語で「リオ・ネグロ(黒い河)」と呼ばれる特異な水質の川と同じ種類のものだと分かりました。

この「黒い河」には、浮遊する小さな生き物も魚も、一つとして棲んでいません。
鳥も蚊も、その川の上を飛ぼうとはしないのです。
この黒檀(こくたん)のような色の、陰鬱な川。
立ち込める薄い霧。
死に絶えた溶岩。
悲しげな黄昏(たそがれ)の色。
カトリック教で語られる「地獄」とは、きっとこんな姿をしているのでしょう。

私たちはこの奇妙な溶岩柱の谷間に追い詰められ、黒い川の流れに沿って、洞窟の中へ入る以外に先へ進む道はなくなっていました。

七、千万年前の沼

洞窟は進むにつれて広くなっていきました。

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