初級翻訳・塩原多助一代記 第29話

塩原多助一代記

宇都宮なら食べずに歩いてでも行きますが、三百里も先ではどうしようもありません」
役人「グズグズ言うな、あっちへ行け!」
多助「はい、参ります……」

そう言って立ち去りましたが、頼みの綱もすべて切れ果てました。これからは飢えて死ぬよりほかに道はないと覚悟を決め、誰にも知られないように淵川へでも身を投げて死のうと思い、日が暮れるまであちこちとうろつき歩きました。駿河台の織田姫稲荷のあたりまで来ると、もう腹が減って歩く力もありません。そのうちに雨がポツリポツリと降り出してきたので、駿河台を下りて昌平橋へと向かいました。

この昌平橋は、今では御成道の通りに架かっていますが、当時は万世橋の西にありました。多助は田舎から出てきたばかりで、江戸の地理がさっぱり分かりません。

多助「死ぬしかないな。この川は国にある川と違って底が見えないから、深そうだ。ここから飛び込むか、あそこから飛び込むか……どこから飛び込んだら流されるだろう。死ぬには不要になった二十八文だが、ここに置いておけば乞食か誰かが拾っていくだろうから、ここに置いていこう」

そう言って正直に橋の欄干に手持ちの銭を置くと、多助はこう呟きました。

多助「ああ、国で信心していた榛名様や、鎮守様、八幡様も情けのないことだ。私が死ねば、国の養い親の家は潰れてしまう。たとえ家が潰れても、私が生きていれば立て直すこともできるが、江戸で奉公するには肝心な受人になってくれる人が三百里も先へ行ってしまった。受人がいなければ奉公もできない。かといって国へ帰れば強盗に追われて殺されてしまう。仕方がないからここから飛び込んで死ぬが、どうか私が亡くなった後は、国の家が立ち直るようにお守りください。南無阿弥陀仏……」

そう言って手を合わせ、今まさに身を投げて飛び込もうとしたその背後から、「これ、待ちなさい!」と多助を抱き留める者が現れました。

この人物が善人なのか悪人なのかは、次回お話ししましょう。

――さて、話は変わって、塩原の家では、今まさにおえいと丹三郎が婚礼の盃を交わそうとしていたところへ、分家の太左衛門が乗り込んできました。

太左衛門「その盃を、少し待ってくれ」

そう言われて、かめ(おえいの母)は「どうしてあなたが来たのですか!」とひどく驚いたのでした。太左衛門「驚いたかもしれないが、私も驚いたよ。どういう訳で、おえいのところに婿が来るんだ? 私だって分家として、この家の事情を知らないわけじゃない。どういう理由で婿を取るのか、説明してもらいたい」

かめ「実は、お知らせしたいとは思っておりました。ただ、これは表向きの祝儀というわけではありませんし、一度決まりをつけてからお話ししようと考えておりました。婿を取る理由は、先月多助が出て行ってしまい、女世帯になってしまいましたので、なんとか婿を取りたいと思っていたからです。ここにおいでになる丹三郎さんは、お体が弱いのでお屋敷奉公はできません。その点をお上に願い出てお許しをいただき、名主様のお仲介もありました。年頃もいいですし、おえいとは江戸にいた頃からの知り合いでもあります。ちょうどいい機会ですし、お武家様から百姓の家へ養子に来てくださるのはありがたいことです。これほどありがたいことはありませんので、取り決めました。本当はあなた様にお話ししたかったのですが、急なことでしたので、身内だけで祝言を済ませてから後でお話ししようと思っておりました。ちょうど今、あなたが来てくださったのですから、どうぞこちらへお座りください」

太左衛門「ああ、それは聞きたいものだ。おえいには多助という亭主がいるのに、どういう理由で婿を取るんだ?」

かめ「多助、多助と仰いますが、あの子は親を捨てて家を出ていくような奴です。仮に帰ってきたとしても、私の血筋としては世間様に顔向けできませんから、おえいに婿を取るのは当然のことです」

太左衛門「それは承服できない。この塩原の家の相続人は多助と決まっているはずだ。昨年の六月晦日の晩、亡くなった角右衛門殿の枕元に、あなたも多助も、おえいも五八も、そして私もいたはずだ。角右衛門殿は臨終の際に『何も言うことはないが、わしの家の相続人は多助と定めている。今度は死病と悟っているから、一言言っておかなければならない。多助にも嫁を取らせねばならん。おえいは多助にとっては従妹であり、おかめにとっては多助は甥にあたる。おえいを多助の嫁にしてこの家を相続させれば、これほど安心なことはない。だが多助はまだ年が若いので、太左衛門、お前がこの家の後見人になって、わしが亡き後を頼む』と遺言された。私が仲人となって、病人の枕元で盃を交わしたのだ。その遺言通り、多助はこの家の主人だ。南部の方に良い馬が出たとか、山が安く売りに出ているから買いに行こうとか、急ぎで家へ知らせる間もなく出かけていったのかもしれない。明日にも帰ってくるかもしれないのだ。もし多助が帰ってきて、『私に無沙汰で、なぜおえいに婿を貰わせたのだ』と私に言われたら、私は一言の弁解もできない。だから、私が生きているうちは、どうしてもこの祝言をさせるわけにはいかない」

かめ「あなたは何かというと多助、多助と仰いますが、それならなぜ、一軒の主人が親や女房を捨てて出て行ってしまったのですか? ああ、あなたは多助をひいきにするから、もし帰ってきたらお作さんの婿にでも何にでもすればいいでしょう。私はどうしても、あのような者は家へ入れません」

太左衛門「その件がはっきりするまで、婿を取るなら取るがいいが、決着がつかないうちは取らせない。私は分家としてそう言っているんだ」

かめ「祝言といっても内々だけの婚礼で、村の人たちに知らせたわけでも何でもありませんから」

太左衛門「たとえ内祝いでも、私は分家だ。内輪であるはずの私に知らせないという法があるか」

そうして激しく言い争っていると、土間の方から五八が「旦那様、しっかりやっておくんなせえ! 村中が付いていますから、しっかりやっておくんなせえ!」と怒鳴りました。太左衛門の言い分は実に理にかなっているため、おかめも困り果てていました。そこへ、当時は権威のあった幸左衛門という名主がやってきて言いました。

幸左衛門「太左衛門、太左衛門」

太左衛門「これはとんだ迷惑なところへおいでくださいました。さぞお困りでしょうが、今申し上げた通りの訳ですので、今回はこの話を引っ込めてはくれませんか」

幸左衛門「こら、今聞いていれば、お前は分家だと言ってこの婚礼を拒んでいるようだが、そんな理由はないだろう。この村は誰の支配を受けている? 土岐様の御支配であり、その御家来の息子さんがこの家の婿になってくださるというのだから、これ以上ない幸せではないか。特に、他人が仲介するのとは違って、この名主が仲人をするのだ。礼の一言も言うべきなのに、どういう理由で拒むのだ?」

太左衛門「はい、拒みますよ。あんたが名主様なら、なぜ私に相談してくれなかったのですか。この家には私以外に親類はいない。

コメント

タイトルとURLをコピーしました