すると、部屋の中がだんだんと水色に明るくなってきて、ズボンの影も、緑色のランプの光も灰色にうすれ、やがて壁の中に吸い込まれるように消えていきました。
夜が明けてきたのです。
おかみさんは、赤ん坊を受け取るとおっぱいを飲ませ、服のボタンをパチンとはめながら言いました。
「まだ泣いているよ、この子は。
きっと魔がさしているんだよ。」
バルカは、赤ん坊を再びゆりかごに入れて、ゆすぶり始めます。
部屋の中にはもう何の影もないので、まぼろしが乗り移ってくることもありません。そのかわり、ただただ眠くてたまらないのです。
バルカは眠気を追い払おうと、ゆりかごのフチに頭をグッと押しつけて、頭の重みでゆりかごを揺すりました。
それでもすぐにまぶたが下がってきて、頭がドーンと重くなってきます。
「バルカ、ストーブに火をつけろい!」
戸の向こうから、親方の怒鳴り声が飛んできました。
さあ、いよいよバルカの忙しい1日が始まります。
バルカは薪を取りに、物置へとかけだしました。
なぜかそれがうれしくてたまりません。
走ったり歩いたりしていれば、じっと座っているときよりも眠くならないからです。
薪をとってきて火をおこしていると、カチカチにこわばっていた顔がだんだんあたたかにほぐれ、目もはっきりと覚めてきました。
「バルカ、お湯をわかしたの持ってきてよ!」
おかみさんが怒鳴ります。
こんなふうに、あとからあとへと、いろんな命令がとんできます。
「バルカ、親方の靴をみがきな!」
バルカは床に膝をついて、靴をみがき始めます。
この大きな靴の中に頭をツッコんで、ぐうぐう眠れたら、どんなに気持ちがいいことでしょう。
そう思った瞬間、急に親方の靴がふくれあがり、部屋いっぱいに大きく広がりだしました。
ハッとして、バルカは靴ブラシをポロリと落としてしまいました。
けれど、すぐまた頭をブルンと振ると、キョロキョロとあたりを見まわしました。
「なーんにも大きくなりはしないじゃないか」とでも言いたそうな顔つきです。
「バルカ、表をはきなさい!」
バルカは表をはくと、もう一つの店のストーブにも火をおこし、今度は大急ぎで台所へかけだしました。
台所には、いろんな仕事がバルカを待ちかまえています。
なかでも、ジャガイモの皮むきは大仕事です。
バルカは目がチカチカして、ナイフをツルリとすべり落としてしまいました。
すると、両そでをたくしあげた体つきのがんじょうなおおかみさんが、頭が割れるような大声で怒鳴りつけます。
それがすむと、朝ごはんのお給仕をして、縫い物をして、それからお昼になり、夕方になります。
だんだんと暗くなっていく窓を見つめていると、バルカは、自分でもなぜだかわからないまま、ひとりでにほほえみがこみ上げてくるのでした。
「もうすぐ、ぐっすり眠れるよ」と、夜の暗闇が優しく語りかけてくれているように感じられるからでしょうか。しかし、夕方は夕方で、またお客さまが大勢やってきます。
「バルカ、お茶の準備をしておくれ!」
おかみさんがどなります。
お湯をわかすやかんが小さいので、お客さまみんなに行きわたるだけお茶を飲んでもらうには、水を五回も足さなければなりません。
「バルカ、ビールを買ってきておくれ!」
「バルカ、お酒をとってきておくれ!」
「コルク抜きはどこだい、バルカ!」
「にしんを洗うんだってばよ!早くしておくれ!」
ようやく、お客さまたちは帰っていきました。
明かりが消され、親方もおかみさんも、寝床へと入っていきました。
「バルカ、ゆりかごをゆすぶりな!」
これが、いちばん最後の命令です。
コオロギが「チルチルチル」と鳴いています。
天井でぶるぶる震えている緑色の明るみ。
ズボンや赤ん坊の着物の影。
バルカは、そのうちまた、不思議なまぼろしを見るのでした。
「ねんねんよー。
ねんねんよー。」
バルカはつぶやくように歌います。
赤ん坊は泣いて泣いて、へとへとになっても泣き続けます。
バルカの頭の中には、またぬかるみが現れました。
袋をしょった人。
お父さん。
お母さん。
ああ、眠い!
おお、眠い!
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