初級翻訳・宇宙の迷子 第9話

宇宙の迷子

その腕は左右の腕とちがい、わりあいに細く長かった。
そしてゴム管みたいにぐにゃぐにゃしていた。
そのような腕の先に、第三の手がついていたのだ。
そして手の指は六本あって、どれもみな同じくらいの長さであった。
てのひらはずっとせまく、指は長すぎると思うほど長かった。
そういう指で、怪物は自分の顔を指さしたのである。
ポコちゃんは、返事をするにも声が出なかったから、そのかわりに大きくうなずいた。
「ぼくは、人間ですよ」
怪物がそういった。
「いや、きみは人間ではない。
そんなふしぎな形をした人間が住んでいるという話を聞いたこともないし、もちろん写真や画で見たこともない」
ポコちゃんは勇気をふるって、異議を申したてた。
「くわしくいうと、ぼくはこの国の人間です」
と怪物はおちついていった。
「川上君。
あなたはこの国の人間ではなくて、地球の人間である。
そうでしょうが……」
この国の人間と、地球の人間だって? そして「川上」などと自分の名を知っているのはなぜだろう。
ああ気持が悪い。
たのみに思う千ちゃんは、いったいどこへいってしまったのか。
「もしもし、ぼくといっしょに宇宙艇に乗っていた者があったでしょう。
千ちゃんというんですが、どこにいますか」
このだだっぴろい部屋に、ふわりとした白綿の寝床――というよりも、鳥の巣みたいな形の寝床に寝かされているのは自分ひとりであった。
千ちゃんはどこへいったろう。
どうしているのかしらん。
「わたくしは知らない」
怪物はそう答えた。
川上はいくども千ちゃんのことを説明して、そのゆくえをたずねたが、怪物は知らないとくりかえすばかりであった。
「わたくしは、きみの健康をりっぱなものにするために、きみについている植物学者のカロチという者だ。
きみにつれがあったかどうか、知らない」
カロチという名の植物学者だって――と、川上は目を見はっておどろいた。
「……で、ここはどこなんです。
月世界でしょうか」
月世界にこんな生物が住んでいるはずはないと思いながらも、とにかくそれをきいてみないではいられなかった。
川上ポコちゃんは、相ついで起る怪奇とふしぎに自分の頭の力に自信がなくなった。
「ここは月世界ではありません。
リラリラ星と名づける遊星の上です」
「リラリラ星ですって。
月世界でも地球でもないんですね。
火星でも金星でもないんですか」
「そんなものではない。
ジャンガラ星です。
ジャンガラ星とは、この国の言葉で、『宇宙の迷子星』という意味です。
わかりますか」
「さっぱりわかりませんね。
ジャンガラ星なんて遊星があることなんか聞いたこともありません。
もちろん宇宙旅行の案内書にも、そんな名は出ていなかった。「きみは、うそをついているんじゃないだろうね?」
「うそなんかじゃありませんよ。
そのしょうこに、きみはこうして、わがジャンガラ星の空気をすって生きているし、ジャンガラ星の人間であるわたしと話をしている。
これでわかるでしょう」
「いや、まだまだ納得いかないね」
「それじゃあ、きみにわかってもらうためには、どうしたらいいものか……」
「それはこうすればいいさ。
早くぼくを外へつれていって、ジャンガラ星を案内してよ。
さあ、すぐ出かけよう!」
「だめです。
外に出る前に、きみは歩き方から練習しなくちゃいけない。
そうしないと、大けがをするにきまっているからね……。
出かけるのは、もっともっと先のことです。
当分のあいだは、そこに寝ていなさい」
そう言うと、植物学者のカロチは立ち上がり、すたすたと部屋を出て行った。
三本目の手で、はげ頭のてっぺんをごしごしかきながら……。

くしゃみ事件

「これが夢じゃないとしたら、とんでもないことになったぞ」
川上のポコちゃんは、白雲のような寝床の上にひとり取り残されて、ぽつりとつぶやいた。
夢なんかじゃない。
ほっぺたをつねればたしかに痛いし、手で鼻と口をふさぐと息が苦しくなる――。
ということは、ジャンガラ星とかいう星にいるのはどうやら本当らしい。
だけど、ジャンガラ星なんて聞いたこともない。
もしそんな星があるなら、地球の天体望遠鏡で見えるはずだ。
第一、太陽系の星の中で空気が読めるのは地球と火星だけだっていわれているじゃないか。
ほかの星には空気がなくて、こんなふうにのんびり息をしていられるはずがない。
まったく、ふしぎな話だ。
「ああ、わかったぞ。
いつの間にか地球に連れ戻されたんだ。
そして友だちが、ぼくをびっくりさせようと思って、キューピーの化け物みたいな仮装をしてからかっているんだ。
それにまちがいない……。
それに、あのカロチって名乗る植物学者だって、日本語をすごく上手にしゃべっているじゃないか。
地球以外の星で、いきなり日本語が分かったり、日本語で話したりできるわけがない。
そうだ!
ここはもとの地球なんだ。
この部屋の外で、友だちみんながおなかを抱えて笑っているにちがいない。
はははは!」
ポコちゃんは、急にそう思い込んだ。
そして、寝床をけって勢いよく飛び起きた。
「あっ!」
きみょうなことが起きた。
それはまったく予想もしないことだった。
そんなつもりじゃなかったのに、ポコちゃんの体はふわりと上に浮き上がり、足が寝床から離れて三メートルほども上昇したのだ。
それから体はゆっくりと下りてきて、ふわっと寝床に足がついた。
自分の姿ははっきり見えるのに、体の中が空気だけになってしまったような、ふしぎな軽さを感じた。
「なんだか変だな、これ……」
ポコちゃんは小さな目をぱちぱちさせて、自分のまわりを見回した。
別に風船がくっついているわけでもない。
だれかがそっと引っ張り上げて、それから静かにおろしてくれたわけでもない。
「あっ、この寝床の中にすごいスプリングが入っているせいかな?」
ポコちゃんは寝床から降りて、手でスプリングを押してみた。
しかし、スプリングのようなものは指先にまったく触れなかった。
「この部屋、やっぱりどこかおかしいぞ」
やけに天井が高くて、まっ白な部屋だ。
出入り口のドアがひとつあるほかには、まるで絵に描いたような簡単な窓がいくつかあるだけで、ほには何もない。
「あの窓から外を覗いてやろう!」
ポコちゃんはそう思い立ち、一歩二歩と窓の方へ歩き出した。
ところが、その瞬間、足をすべらせてしまった。
そんなに強い力を入れたつもりはなかったのに、足がツルツルと前にすべり、ポコちゃんはバランスを崩してドタンと背中を床に打ちつけた。
そして体は足を上にしたまますごい勢いで窓の下の壁へとすべり、そのまま壁に激突した。
と、壁に足がめりこんだ。
いや、体もいっしょにめりこんでいく。
いや、そうじゃない。
壁のほうがポコちゃんの体に押されて、外に向かって帆のようにふくらんだのだ。
「うわははは……!」
笑ったわけじゃない。
恐怖のあまり、ポコちゃんは悲鳴をあげた。
硬いはずの壁がまるでゴムの布みたいに曲がるなんて、ここはやっぱり化け物屋敷にちがいない!
ポコちゃんは慌てて起きあがった。
そして、ドアを開けて外に逃げ出す決心をした。
足をふらつかせながら、ドアの方へすりよる。

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