初級翻訳・宇宙の迷子 第11話

宇宙の迷子

どうか悪く思わないでください。
それにしても、あなたのからだはすごく軽いんですね」
「君のくしゃみのいきおいが、あまりにはげしすぎたのさ。
あっという間にからだがくるくる回って、地上から千メートルも高い空までふきとばされてしまったんだからね。
ほんとうに、今度からは気をつけてくれたまえよ」
「はいはい、これからは気をつけます」
ポコちゃんはていねいにあやまった。
「それにしても、あなたのからだはどうしてそんなにふわふわと軽いんですか?」
ポコちゃんは、遠慮(えんりょ)なしにずばっと質問した。
「それはもう、生まれつきさ。
ちょうど、君たち地球人が、やけに重たいからだをもっているのと同じことなのさ」
カロチ教授は、大きな目玉をぐりぐりとうごかして言った。
「なるほどねえ」と、ポコちゃんは大きくうなずいた。
「でもぼくは、さっきから歩こうとしても、すべってばかりなんです。
どうしてそんなふうになってしまうんでしょう?」
「そりゃあ君が、いつもみたいに足にぐっと力を入れて歩こうとするからさ。
君はもっと、この星の歩き方を練習しなくてはだめだな。
でないと、おもしろいところへ案内してあげられないからねえ」
「なるほどなあ」
ポコちゃんは同じ言葉をくりかえしながら、カロチ教授にうなずいてみせた。
「あなたは本当に親切ですね、カロチ教授。
それじゃあ、もっと質問してもいいですか?」
「いいとも。
答えられることなら何でも答えてあげよう」
教授もポコちゃんも、その場で道路の上にすわりこんでしまった。
タンポポのおばけみたいな木のかげが長くのびて、傾いた太陽がぎらぎらとまぶしく光っている。
なんだか、ものすごく昼間が短い星だ。
「まず知りたいのは、こんなに立派な星があるのに、どうして地球の天文学者たちは誰も知らないんでしょうか?」
「すぐれた天文学者なら、みんな知っているよ。このジャンガラ星のことくらいね」
「いや、ぼくはジャンガラ星のことなんて、天文学者から聞いたこともないし、本で読んだことも一度もありませんよ」
「そりゃあ、わかっているとも。
地球の天文学者たちはみんな、天文についての知識がまだまだ低いんだよ。
第一、このジャンガラ星を見わけるほどの高い倍率(ばいりつ)をもった望遠鏡さえ、持っていないんだからねえ」
「ははあ、そうですか……」
ポコちゃんは、また顔が赤くなってしまった。
カロチ教授から「地球の学者は知識が低い」なんて言われると、まるで自分自身まで文化の遅れた生き物だと言われたような気がして、すごく恥ずかしくなるのだ。
「それじゃあ、ぼくら地球人よりも、あなたがたジャンガラ星人の方ほうが、ずっと知識が進んでいるっていうことなんですね?」
そうでもないだろうと思いながらも、カロチ教授がどう答えるか気になって、ポコちゃんはそう聞いてみた。
「そのとおりだ!」
教授はきっぱりと答えた。
「その証拠(しょうこ)に、たとえばわしは、君たち日本人種の使っている日本語がよくわかるし、こうしてちゃんと日本語で君と話をしている。
だが君は、ジャンガラ星語をまったく知らないだろう?
わしは日本語のほかに、アメリカ語でもフランス語でも、どんな言葉だって上手に話せるのだ。
なにもわしだけじゃない。
わがジャンガラ星の人々なら、みんなそうできるのさ」「われわれは地球人の知能のあまりにも低いのに深く同情する」
「な、なアるほど」
ポコちゃんは小さい目をぐるぐるまわして消えてしまいそうであった。
ジャンガラ星人はたしかに地球人類よりずっと高等生物らしい。
「人間は万物の霊長だ」などと、いばっていたのがはずかしい。
迷子星自伝

カロチ教授が手を貸してくれて、ポコちゃんをささえながら、歩き方をおしえてくれた。
そのおかげで、ポコちゃんは、ようやく滑らないで歩けるようになった。
教授は、ポコちゃんに散歩をすすめた。
散歩をしながら、知りたいことをたずねてよろしいということだった。
「あなたは、まさか地球へ来られたことはないんでしょうね」
おばけの草花の林にそって、ポコちゃんは教授と歩きながら、ふとそのことをきいた。
「そうだね、わしが地球旅行をしたのはわずか十四五回ぐらいのもんだ」
「ええっ、なんですって、十四五回も地球へおいでになったんですか」
ポコちゃんは、おどろきのあまり、自分の心臓がとまったように感じた。
「そのうち、日本を通ったのが三回だと記憶している」
「ほんとうですかねえ、失礼ながら、ぼくたちは、そんなニュースを一度も聞いたこともないし、あなたがたが銀座通りを歩いていられる写真を見たこともありませんが……」
「わしたちは無用に地球人をおどろかしたくないから、いつも地球人には見つからないように用意をしていくんだよ。
そしてね、わしたちは地球をてっとり早く調査してだいたいのことはわかってしまったのさ。
日本語だって、わしが二時間ばかりかかってすっかり調べあげて来たのさ。
それをもととして、ほらこのとおりしゃべれるようになったのさ。
わしの日本語の発音はまずいかね」
「いえ、どうしまして。
なかなかおじょうずですよ。
しかしどうして二時間ぐらいで日本語がすっかりわかっちまうのかなあ」
「それはね川上君、君たち地球人の低い頭能では説明してあげても、すぐにはわからないだろう。
が、ちょっとだけいうとね、地球ではまださっぱり研究に手をつけていないが電波生理学というものがあって、それを使うとかんたんにできることなんだ」
「そうですかねえ」
ポコちゃんは、そういうよりほかなかった。
電波生理学なんて知らない学問だ。
「そうすると、とにかくあなたがたジャンガラ星人は、ぼくたち地球人より知能が進んでいるようですが、いったいどうしてそんなにかしこいのですか。
あなたがたの方が地球人よりも年代が古いのですか」
「たいして年代が古いわけでもないがね。
地球では、今から約七十五万年前に、サルからわかれて猿人が現れた。
その後いろいろな猿人が現れ進化していったが、五十万年たったとき、新しく君たち人類の先祖がその中から現れた。
それがだいたい今から二十五万年前だ。
そうだったね」
「そうですね」
「ところがわしたちの先祖は、今から約三十万年前にガラガラ星の上に現んだんだ」
「ガラガラ星ですって」
「そうだ、ガラガラ星だ」
「ジャンガラ星ではないんですか」
「それとはちがう。
始めはガラガラ星といって、たいへん大きな地球ぐらいの星だったんだ。
ところが今から八千年前にそのガラガラ星は彗星と衝突してこわれちまった。
そのとき砕けた小さな破片が、このジャンガラ星というものになったんだ。
ジャンガラ星の大きさは――そうだ。
日本の伊豆の大島よりは大きいが、淡路島よりは小さいくらいだ。
豆粒みたいな小さい星だ。
そしていまだに宇宙をふらふら迷子になってとびまわっているという、きみょうな星なのさ」
カロチ教授の話は、じつにかわった話であった。
感心してしまったポコちゃんは、声も出ないで教授の異様な顔を見つめている。
その教授は、話をするとき手をさかんに動かす。

コメント

タイトルとURLをコピーしました