初級翻訳・怪塔王 第35話

怪塔王

行けるところまで、どんどん入っていこうじゃないか」

 塩田大尉は一彦を振り返って、力強く励ましました。

「ええ、僕も突撃します! もう何が出てきたって驚きませんよ」
「よろしい、その元気、その元気だ」

 塩田大尉は、体に似合わず勇敢な少年をとても頼もしく思いました。

「ところで、この扉だけど、一体どうすれば開くのだろう」

 そう言って、塩田大尉が扉に近づきました。

「おやおや、鍵穴もなんにもありませんね」

 一彦もまた、大尉と一緒に顔を扉に近づけて言いました。不思議なことに、その扉には鍵穴も取っ手も、何一つついていないのです。

「はて、どこかに押しボタンでもあるのかな」
「さあ、ちょっと手で押してみましょうか」

 一彦が扉を開けようとして手を触れた瞬間、扉はまるで弾かれたように、するすると上へ上がっていきました。

「おやっ、手を触れただけで開いたぞ。なるほど、これならすぐに奥へ飛び込めるようになっているんだね」

 さて、開いた扉の向こうには、一体何があるのでしょうか?

     5

 ぱっくりと開いた怪しい扉の向こう側は、何があるのか真っ暗でした。

「一体、この中には何があるのだろう」

 塩田大尉と一彦は、しばらく中をじっと見つめていましたが、なにしろ真っ暗で何も見えません。誰か人がいる気配でもないかと耳を澄ませてみましたが、何の音も聞こえてきません。

「塩田大尉、飛び込んでみましょうか」

 一彦は元気に言いました。

「うん、ちょっと待ってくれ。まずは確かめてみるから……」

 塩田大尉はピストルを取り出すと、室内の天井めがけて「ずどん!」と一発放ちました。
 「カアン」という、硬いものにぶつかった高い音が、銃声の合間に聞こえました。しかし、その銃声に驚いてネズミ一匹飛び出してくる様子もありません。

「もう大丈夫だ。進め!」

 塩田大尉が真っ先に室内へ飛び込み、続いて一彦も飛び込みました。
 すると、不思議なことが起こりました。二人が部屋の中へ飛び込むと同時に、どのような仕掛けなのか、室内にはパッと明るく電灯が灯ったのです。

「うむ、何から何まで最新式に作ってあるな」

 塩田大尉は感心しました。

「なぜ、こんな秘密の部屋が作ってあるんでしょうねえ」
「さあ、どういうわけだろうね。帆村探偵がいればすぐに分かるだろうに」

 そう言って、塩田大尉は室内を見回しました。ここはがらんとした部屋で、何も置かれていません。

「何も物がないというのは変だね」
「変ですね。秘密の部屋の中を、わざわざ空っぽにしておくなんて、おかしな話です」

 一彦は、少年探偵気取りで言いました。

血痕の行方

     1

「塩田大尉、これはやはり、何か他にもっと大変な仕掛けがあるのではないでしょうか」

 一彦少年は、がらんとした秘密の室内を見回しながら言いました。彼はいつの間に覚えたのか、帆村探偵の推理術を真似しているようです。

「うん、なるほど。じゃあ一彦君、君はそっちを探してみてくれ。私はこっちを探してみよう」

 塩田大尉と一彦は左右に分かれて、室内を探し始めました。一彦は腰をかがめて、床をなめんばかりにして歩き回っています。すると彼は、床の上に黒ずんだ点々が、ぽたりぽたりと続いているのを発見しました。

「あっ、変なものが……!」

 一彦が叫ぶと、塩田大尉がすぐさま飛んできました。

「なんだ、一彦君。変なものって、何があったのかね?」
「ここにあるんです。黒ずんだ点々が、ずっと向こうまで続いています」
「ほう、これか」

 塩田大尉は床にしゃがみ込み、その黒ずんだ点々の一つを指先でつぶしてみました。それは「ぐちゃり」とつぶれ、赤黒い汁がわずかに飛び出しました。

「ふむ、これは怪しいぞ」

 塩田大尉は指先を鼻の近くに持っていきました。すると、「ぷうん」と生臭いにおいが鼻を突きました。

「あっ、これは血だ。血のにおいだ!」
「えっ、血ですか!」

 さあ、大変なものを見つけてしまいました。大利根博士の秘密の部屋にこぼれていた古い血だまりは、一体なにを語るのでしょうか。
大利根博士は、どこへ行ってしまったのでしょうか。
この血だまりがあることを、博士は知っているのでしょうか。
塩田大尉と一彦少年は、しばらく言葉を失い、顔を見合わせていました。

2

 大利根博士の秘密の部屋の床を、点々と汚している血のあと!
 一彦少年はびっくりしましたが、その血の点々がどこへ続いているのかとたどっていきますと、やがてそれは奥まった部屋の隅のところで途切れていました。
「塩田大尉、血はここで止まっていますよ」
「なるほど。では、この先はどこへ続いているのだろうかなあ」
 二人は、その部屋の隅をいろいろと探し回ってみました。
すると、壁の一番端っこに、一銭銅貨を五つ並べたぐらいの大きさの、お猿の面が貼り付けてあるのを見つけました。
「おや、こんなものがありますよ」
「どれどれ。ほう、お猿の顔の彫りものらしいが、このがらんとした部屋には似つかわしくない飾りものだね」
 そのお猿の面は、鉄か何か硬い金属でできていました。
「一体これは何でしょうかね」
 一彦は、お猿の面をいじってみました。
引っ張ってみましたが、びくともしません。しかし、横にずらしてみると、お猿の面が動きました。
そしてその下から、思いがけなく鍵穴があらわれました。とても大きな鍵穴でした。
「おやおや、こんなところに鍵穴がありますよ」
 塩田大尉も、そこへしゃがみこんで顔を近づけました。
「なるほど、これは大発見だ。確かに鍵穴に違いないが、こんなところに鍵穴があるなんて、どういう仕掛けになっているんだろう。しかし、見てごらん一彦君、この鍵穴はずいぶん大きいね。よほど特別製の大きな鍵を使うのだ。どこかに、その鍵が落ちていないかなあ」
 そう言って大尉は、室内をまたきょろきょろと見回します。
一彦は、それには答えず、じっとその大きな鍵穴を見つめていました。

3

 お猿の面の下にある大きな鍵穴!
 一彦少年は、一生懸命に考えています。
(どこかで、見たことのあるような鍵穴だけど……)
 その背後で、塩田大尉の靴音が、こつこつと聞こえてまいりました。
「残念だなあ。どこにもそんな大きな鍵は落ちていないよ、一彦君」
「あっ、そうだ!」
 そのとき一彦は、飛び上がって叫びました。
「この鍵は、僕が持っています!」
 塩田大尉はびっくりしました。
「えっ、なんだって? 君がこの鍵を持っているって?」
「そうです。今やっと思い出しました。これはあのお猿の鍵が入るのに違いありません」
「なに、お猿の鍵だって?」
「ええ、そうです。それはね、あの怪塔王が海辺に落としていった鍵なんです。僕はその鍵を型にして別の鍵を作って持っていますよ。怪塔の入口も、その鍵で開いたのです」
「そうか! ふうむ、それは大変な鍵だ。一彦君、今それを持っているのかね?」
 塩田大尉は、息をはずませて聞き返しました。
「持っていますとも。

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