月の見かけの大きさと、筒でのぞいた時と、どうしてこんなにちがうんだろうね。
一つ考えてごらん」
一太郎君は、ぱっと顔を赤くしました。
恥ずかしくてではありません。
うれしくてです。
みなさんも御承知のように、一太郎君は、物のわけを考えることが何よりもすきだったからです。
そこで、手をのばしたり、ちぢめたりして、月の大きさをはかりながら、一生けんめいに考えました。
そして、五分ほどたちますと、何かいい考がうかんだとみえて、生き生きした顔色になって、さけぶように言うのでした。
「わかった。
わかりました。
なんでもないことなんです。
目から遠いものは小さく見え、近いものは大きく見えるということです。
あすこにたんすがあるでしょう」
一太郎君は、そう言って、お部屋の中のたんすを指さしました。
「あのたんすは僕の手の平よりも、何百倍も大きいでしょう。
それでも、手の平を僕の目の近くへやると、あのたんすがかくれてしまうんです。
手の平は、目に近いから、たんすより大きく見えるのです。
手をもっと目のそばへやれば、たんすは指の先にだってかくれてしまいます。
でも、あのたんすをここから見て、手の平ぐらいの大きさだなんて、誰も思わないでしょう。
やっぱりたんすぐらいの大きさだと思っているでしょう。
月だってそれと同じです。
ただ、月はあんまり大きくって、あんまり遠いから、たんすのようにほんとうの大きさがわからないわけです」
「うまい。
じつにうまい答え方だ。
さすが智恵の一太郎君だ。
大人だって、それほどには答えられないかも知れん。
五十センチメートルの筒の先のところではかれば、月ははじめから米つぶぐらいなんだ。
しかし、まさかそんなに小さいとは思わないものだから、筒の直径の広い間は、五十銭玉ぐらいに見えたり、五銭玉ぐらいに見えたりするんだよ。
考えてみれば、ほんとうになんでもないことだ。
しかし、この紙筒をのぞかされた時には、君はびっくりしただろう。
びっくりしなくてはいけないのだ。
学者や発明家などの大きな仕事も、やっぱりそういう所から出発するんだよ。
まず驚くことが大切なんだ。
ふつうの人は見のがしてしまうような、ちょっとしたことを、よく注意して、びっくりしなくちゃいけない。
それから考えるんだ。
どうしてこんなふしぎなことがおこるんだろうとよく考えるんだ。
それがほんとうの学問というものだよ。
君は今夜はみごとに及第だ。
しかし、月の話はまだあるんだよ。
今夜のよりは、もっとふしぎな実験が、まだ残っているんだよ。
明日でもいい、明後日でもいい、二三日のうちに、よく空の晴れた夕方、ちょうど日のくれる時分、五時半ごろだね、またやって来たまえ。「きっと君が喜ぶような、おもしろい話をきかせて上げるよ」
高橋さんは、半面を月の光に、半面を部屋の電燈の光にてらされて、にこやかに笑っていました。
一太郎君は、そのなつかしい笑顔を見て、こちらもにっこりと笑いました。
高橋さんと一太郎君とは、年こそちがえ、物の考え方がそっくりなんです。
おたがいに顔つきを見ただけで、相手が何を考えているかわかるほどです。
一太郎君は、それがうれしくてたまりません。
「じゃ、また、あした」
快活な少年は、人なつっこいあいさつを残して、庭づたいに、門の方へかけだして行くのでした。
月とゴム風船
一太郎君は、月があんまり小さく見えたので、びっくりしてしまいました。
大学生の高橋さんに教わって、長さ五十糎(センチメートル)ほどの画用紙の筒で、空の月をのぞきながら、その紙筒の先をだんだん細くまいていきますと、月の方でもだんだん小さくなっていって、紙筒の先の穴が、さしわたし三粍(ミリメートル)ほどになっても、月は、まだちゃんとその中に見えていたのです。
洋食皿よりも少し小さいくらいだと思っていた月が、紙筒でのぞいて見ると、米つぶほどになってしまったのです。
なぜそんなに小さく見えるかというわけは、前に書いてあるとおりですが、その実験をしてから二三日たった夕方、一太郎君はまた高橋さんのお家へ遊びに行きました。
昼間道で出あった時、この前よりも、もっとおもしろい実験をして見せるからと、さそわれたからです。
お庭の方へはいって行きますと、高橋さんは縁側に腰をかけ、手に、この間の晩の画用紙の筒を持って、にこにこしながら、一太郎君を待っていました。
「やあ、よく来たね。
今日は、もう一度君をびっくりさせてあげようと思って、ちゃんと用意がしてあるのだよ。
だが、まずあの月をごらん。
ほら、むこうの家の屋根の上だよ」
高橋さんにいわれて、その方をふりむきますと、そこに、とても大きな月が出ていました。
まだ暮れきらぬ夕ぐれの、うす明かるい空に、朱色をした大きな大きな月が、ぼうっと浮かんでいました。
いつも空の上の方で見る銀色の月にくらべてみると、五、六倍もあるかと思われる大きさです。
「わあ、でっかい月だなあ。
まるで赤いお盆のようですね」
「大きいだろう。
この間ここで見た月とは、まったく別もののように見えるね。
なぜだろう。
なぜ、こんなに大きく見えるのだろう」
「それは、出はじめだからでしょう。
月でも太陽でも、出はじめには、みんな大きく見えるのでしょう」
「そうだね。
出はじめは大きく見える。
それから西の方へかくれる時にも、また大きくなる。
なぜ空の上の方では小さくて、出る時と入る時には、あんなに大きく見えるのだろうね。
さあ、今日の問題はこれだよ。
答えられるかい」
高橋さんは、あの意味ありげな笑い方をして、じっと一太郎君の顔を見るのでした。
一太郎君は、はっとしました。
わかりきっているように思っていたことが、ほんとうは、少しもわかっていなかったからです。
出る時と入る時には、月が私たちに近くなるので、大きく見えるのでしょうか。
けっしてそんなことはありません。
月は地球のまわりを廻っているのですから、出る時と入る時だけ、ことさら地球に近くなるわけがありません。
近いから大きく見えるのでないとすれば、では、なぜでしょう。
なぜ、あんなに大きく見えるのでしょう。
高橋さんの質問は、いつもこんな風に、一太郎君をびっくりさせるのでした。
ごくなんでもないことの中から、じつにふしぎな、あっとおどろくような問題を探し出して、見せてくれるのです。
「ハハハ、すっかり考えこんでしまったね。
それじゃ、君はあの屋根の上の月が、ほんとうに大きいと思っているのかい」
高橋さんは、また妙なことをいいだしました。
「え、なんですって?」
一太郎君には、高橋さんのいうことが、よくのみこめないのです。
目をパチパチさせています。
「ハハハ、めんくらっているね。
今にわかるよ。
さあ、この紙筒をごらん。
この先の穴は、この間の晩、空の上の方にある月をのぞいた時と、同じ大きさにしてあるんだよ。
直径三粍(ミリメートル)ほどの小さな穴だ。
この間の晩のぞいた時は、月が三粍の穴に、ちゃんと一ぱいになって見えたんだね。
だから、今あすこに出ている大きな盆のような月が、もしこの間の月よりも大きいとすれば、この三粍の穴には、はいりきらないわけだろう。
コメント