初級翻訳・智恵の一太郎 第18話

智恵の一太郎

いいかい、じゃあ行くよ。「向こうから、『よーし』って合図をしたら、レールに耳をつけるんだよ」
 一太郎くんがレールのそばにしゃがんでいると、伯父さんは土手の上を四十メートルほど向こうまで走っていって立ち止まり、そのあたりで小さな石をひろいました。そして、その手を高く上げて合図をしながら、「よーし!」と大きな声でさけびました。
 一太郎くんはその声を聞くやいなや、土手の上に横になって、顔は伯父さんのほうをむけたまま、片方の耳を赤さびたレールの上にピタッとくっつけました。
 伯父さんはもう一度「いいかい」とさけんでから、右手に持った小石で、力をこめてレールをカンカンとたたきました。
 すると、一太郎くんの耳に、その音が「ガーン!」と大きく響いてきました。でも、ふしぎなことに、すぐそのあとに続いて、少し小さい音でもう一度「カーン」と聞こえてきたのです。
 伯父さんはたしかに一度しかレールをたたかなかったのに、音は二つに分かれて聞こえたのです。

「もう一度やってみるよ。いいかい?」
 伯父さんはそうさけびながら、手で合図をして、ふたたびレールをたたきました。
 すると一太郎くんの耳には、やっぱり「カーン、カーン」と、大きい音と小さい音の二つが重なり合うようにして聞こえてきたのです。

「どうだい? 音が二つに分かれて聞こえただろう?」
 大急ぎで一太郎くんのそばへ駆け戻ってきた伯父さんは、息を切らしながらたずねました。
「はい! 大きい音と小さい音の二つが、重なるみたいにして聞こえました。でも、伯父さんは一度ずつしかたたいていませんよねえ」
「うん、そうだよ。たたいたのは一回ずつだけれど、音は二回ずつ聞こえたんだ。さあ、考えてごらん。これはいったいどういうわけだろうね?」

 一太郎くんは、こういうふしぎな謎をとくことが何よりも大好きでした。
 うれしいような、ちょっぴりこわような気持になって、顔が赤くなり、胸がドキドキしてきます。
「さっき、ちょっと話したことだから、よくよく考えてみればわかるはずだよ」
 伯父さんのやさしく励ましてくれる声をききながら、一太郎くんは一生けんめいに考えました。
 するとやがて、心の底からある考えがスーッと浮かび上がってきたのです。

「わかりました! 空気と鉄とでは、音の伝わるスピードがちがうからですね。
 はじめの『カーン』という音は、耳に強く響いたから、あれはレールの鉄を伝わってきた音です。
 そのあとの小さい音は、空気を伝わってきた音です。
 だから、音が鉄を伝わるスピードと、空気を伝わるスピードを比べると、鉄の方が早いんですよね。ねえ伯父さん、そうでしょう?」
 一太郎くんは、謎がとけたうれしさに、思わず早口になって、力をこめて答えました。

「えらいっ! さストスは智恵の一太郎だ。よく答えたね。その通りだよ。
 音が空気を伝わるスピードは、さっきも言ったとおり一秒間に三百四十メートルだけど、水の中を伝わるスピードはその約五倍、鉄を伝わるスピードは約十五倍というふうに、伝わるものによって速さが大ちがいなんだよ。
 さあ、そこで一つ計算をしてみよう。
 今、君が耳をつけていたところと、僕が石でたたいた場所との距離はおよそ四十メートルだから、たたいてから音が聞こえるまでの時間は、空気をつたわる音なら『四十メートルを三百四十メートルで割る』と、だいたい答えが出るわけだね。さあ、計算してごらん!」

 一太郎くんは小石を使って土の上に数字を書き、計算しました。
「八分の一秒ほどです!」
「その通り! 空気を伝わる音のほうは、僕がたたいてから、わずか一秒の八分の一ほどの時間で君の耳に届いたんだ。
 だが、鉄を伝わる音のほうは、これよりも十五倍も早かったんだよ。およそ一秒間に五千メートルも進むんだ。
 だから鉄のほうは、四十メートルを五千メートルで割れば答えが出る。さあ、やってごらん!」

「わかりました! 〇・〇〇八秒です。分数にすれば百二十五分の一秒です!」
「その通り! 一秒の八分の一と、一秒の百二十五分の一だから、ものすごいちがいだね。
 いくら短い時間でも、これだけちがいがあると、人間の耳にも別々の音として聞こえるというわけさ」

「音ってすごいスピードなんですねえ。じゃあ伯父さん、この世の中で、音より早いものって、ほほかにはないんですか?」
 一太郎くんがたずねると、伯父さんはそれを待っていたと言わばかりに、ニコニコしながら答えました。
「ところが、そうでもないんだよ。上には上がいるのさ。
 今では大砲のたまのスピードは、音が空気を伝わるスピードよりも少し早くなっているし、飛行機もそれに負けないようにどんどん研究が続けられている。だけど、大砲でも飛行機でも、鉄を伝わる音のスピードには、とても追いつけないんだ。
 じゃあ、鉄を伝わる音のスピードが、この世で一番早いのかというと、決してそんなことはないんだよ――」「鉄を伝わる音の速さは、さっきも言った通り一秒間におよそ五千メートルだが、それよりも六万倍も早いものがあるんだよ」
「え、六万倍ですって?」
 一太郎くんは、びっくりして目を見はりました。
「はは……驚いているね。
だけど、その証拠はすぐ目の前にあるんだよ。
ほら、あすこをごらん。
二百メートルほど向こうで、鉄道の作業員が大きなハンマーで杭を打ち込んでいるだろう?
ほら、今ハンマーが杭の頭をたたいたよ。
聞いてごらん。
ねえ、少し時間がたってから音が聞こえただろう。
一秒とは言わないけれど、一秒の半分くらいは、音が遅れてやってきたじゃないか」
「ええ、それは前から知っています!
遠くで稲光が光ってから、ゴロゴロと雷の音が鳴るまでに、五秒も六秒もかかることがありますよね。
あれと同じわけでしょう?」
「うん、その通り。
光はおよそ一秒間に三十万キロメートルというものすごい速さで進んでいるんだ。
だから、あのハンマーが杭を打つのが目に入るまでには――あそこまでは二百メートルほどの距離だから――百万分の一秒もかからないんだよ。
ところが、音のほうは半秒ほどもかかって届くからね。
それから雷だけど、あれは何キロメートルも離れた遠くで鳴るから、光と音の時間差がもっと大きくなって、時によっては光が見えてから十秒もおくれて音が聞こえてくることもあるんだ。
それから、光と同じ速さのものに『電波』がある。
光と電波は、世界で一番早い、いわば速さの両横綱と言っていいだろうね。
汽車の速さと僕たちの歩く速さは、ウサギとカタツムリくらいちがうって言ったけれど、音はその汽車よりもずっと早くて、光はまたその音よりも何万倍も早いんだ。
だから、世界で一番早い大砲の弾でも、世界で一番早い飛行機でも、それからロケットでも、光や電波に比べたら、カタツムリよりももっともっとのろいってわけさ」
 伯父さんのお話が終わった時、一太郎くんはしばらく言葉を失っていました。
そして、果てしなく広がる秋の青空を見つめていると、なんともいえないふしぎな、科学っておもしろいなあという気持ちが、体じゅうにあふれてくるのを感じるのでした。

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