初級翻訳・月世界探険記 第5話

月世界探険記

まア……」
 と叫ぶなり、彼女は死んだものとばかり思っていた兄の天津飛行士の胸にワッとばかり縋りついた。
その場の事情を悟るなり、進少年はにわかに興奮して、
「おじさん。
僕の父はどこに居ます。
早く教えて下さい」
「おお、あなたのお父さんとは……」
「それ六角博士ですよ。
僕は六角進なんです!」
「ナニ六角進君。
ああそうでしたか。
隊長の坊ちゃんでしたか。
まあよく月の世界まで尋ねて来られましたネ」
「早く父に会わせて下さい。
どこにいるのですか」
「ああ、お父さまですか。
……」といって天津飛行士はちょっと顔を曇らせたが「……実はお父さまはこの地底で病気をしていらっしゃいます。
しかしあなたをごらんになれば、どんなに元気におなりか分りませんよ。
さあ参りましょう」
 天津は先に立って、黄金階段を下りはじめた。
「地底」へ下りてゆく間に、一行は始めて月の世界の生物の話を聞くことができて、奇異の想いにうたれた。
それによると、月の世界の表面には、何も住んでいない。
それは第一空気もなく水もないし太陽が直射すると摂氏の百二十度にも上るのに、夜となれば反対に零下百二十度にも下ってしまうという温度の激変があって、とても生物が住めない状態にあった。
しかし月世界に生物が全く居ないわけではない。
この世界にもやっぱり数億人の生物が住んでいるのだった。
彼等は皆、月の地中深く穴居生活をしているのだった。
地中はまだ暖く、早春ぐらいの気候だそうで、そこには空気もあり、また水もあるのだという。
その月の生物も人間と別に大した変りはないが、まだ智恵はあまり発達していないという。
とにかく意外なる月の地中社会のお蔭で、一行は寒さに倒れることもなくて助かった。
ただ気の毒なのは、進の父六角博士の容態だった。
博士は老衰病のため、ひどく弱っていて、動かすことも出来ない有様だった。
その夜一行は、物珍らしい月の人間に囲まれていろいろな話をしたり聞いたり、また奇妙な食物を御馳走になったりして過ごした。
一行は寂しさから紛れて、こうして三晩を過ごしたのだった。
それは四日目の朝に相当する時刻だった。
もっとも月の世界では、十四日間も昼間ばかりぶっつづき、あとの十四日は夜ばかりつづくという変な世界だったので、事実はいつも明るかったのだった。
とにかくその朝、天津飛行士の作った黄金階段に見張りに出ていたクヌヤという月の住人が急いで天津のところへ駈けつけてきた。
「なんだか真白な、大きなものが砂地に突立っていますよ」
 真白な大きなもの――というので、天津は蜂谷たちに知らせると、急いで階段をのぼった。
上ってみると、なるほど砂中からニュウと出ている銀色の板――。
「おお、これは宇宙艇じゃないか」
 それでは、猿田の操縦していった新宇宙艇が、墜落してきたのであろうか。
一行は非常な興味をもって、これを砂中から掘りだしてみた。
「ウンこれは違う。
新宇宙艇ではない」
 と蜂谷学士は首を左右にふった。
「オヤオヤ」突然|横合から叫んだのは天津飛行士だった。
「これは愕いた。
奇蹟中の奇蹟! 六角隊長と私とをこの土地に残して、空に飛びだした第一の宇宙艇だ」

   恐ろしき違算

「あらマア、不思議なことネ」
「全く貴女がたの場合と同じような事件だったので。
そのときも一行中に犬吠という慾の深い男がいて、月の世界の黄金塊をギッシリ積むと、隊長と私とを残して置いて、単身飛びだしたんです。
私は犬吠が地球にかえったとばかり思っていたのに、これは実に不思議だ。どれ、中を調べてみたら何かわかるだろう。
蜂谷学士にミドリさん、それから進くんも力を貸して扉をこじ開けると、みんなで中を調べてみました。
するとどうでしょう、その中には、あの日欲ばって黄金のカタマリを抱えたまま、お腹をすかせて亡くなっていた犬吠(いぬぼう)の姿があったのです。

でも、この発見に一番大喜びしたのは探検隊のみんなでした。
思ってもみなかったことに、古い型とはいえ宇宙艇が手に入ったので、地球へ帰れる希望がむくむくっとわいてきたのです。
中をくわしく調べてみると、なんと幸いなことに、エンジンを動かす燃料もたっぷり残っていました。
「おお、神様! おかげさまで、ぼくたちは地球へ帰れます!」
みんなはこのうれしいニュースを聞いて、飛び上がって大喜びしました。

だけど、どうしてこの昔の宇宙艇が、月の世界に落っこちてきたのかは、このときにはまだ誰にもわからない大きなナゾでした。
宇宙艇の修理はほんの数日ですっかり終わりました。
そこで今度は、このロケットに乗るメンバーをどうするかという話し合いになりました。
いろいろ意見は出ましたが、病気がひどい六角博士を月の世界に残すほかは、――つまり、逃げ出してしまった猿田飛行士(さるたひこうし)の代わりに、ミドリの兄である天津飛行士(あまつひこうし)をメンバーに加えただけで、あとはみんな同じ顔ぶれで、いよいよ地球へ向けて出発することになったのです。
そして、病気の博士のお迎えは、また日を改めて来ることになりました。

きれいに直された古い宇宙艇は、ちょっとばかりの金のカタマリをお土産にして、「危難の海」の近くにあるコンドルセという場所から飛び立ちました。それは、月世界へ着いてから十日目のことでした。
「さあ、いよいよ地球へ帰れるぞ!」
天津飛行士は、顔をクシャクシャにして大喜びしていました。
「さあ、月世界よ、さようなら」
「さようなら、またいつか遊びに来ますね!」
すっかり艇長役が板についた蜂谷学士は、ミドリさんと一緒に窓に顔をならべて、ゴツゴツした山が果てしなくつづく月世界にお別れを告げました。
「おじさん、今度は胸をはって大威張りで地球に帰れるね」
「そうとも限らないよ、進くん」
ケガが治った佐々記者と進くんは、すっかり仲よしになってニコニコと笑い合っていました。
「発進!」
艇長の合図のひと声で、ロケットは静かにフワリと飛び立ちました。
「お父さま! いいお医者さまを連れてお迎えに来るまで、どうか元気に生きていてくださいねー!」
進くんは小さな窓から、遠ざかっていく月にむかって一生懸命にお祈りしました。

ロケットのスピードは、だんだんとグングン早くなっていきました。
エンジンは心地よい音をたてて動き、みんなは自分の仕事をしっかりこなしました。
佐々記者は、こんどはごはんや食材の係を任されて、あっちへこっちへと元気にお仕事をしていました。

そんなある日。
「おう、ミドリさん、どうも大変なことが起きちまったぞ」
「まあ、いやだわ、艇長さん。いったいどうしたのですの?」
「この古い型の宇宙艇は、スピードが出るわりにとっても燃料を食うんだ。このままだと、あと三十万キロは進めるけれど、最後の八万キロ分の燃料がどうしても足りなくなっちまう。これじゃあ、地球までたどり着けないぞ。ああ……」

はじめのうちは二人だけの秘密にして心配していましたが、出発してから三日目になると、もうみんなに隠し通すことができなくなってしまいました。
この大変なニュースを聞いたみんなは、パッと顔をくもらせました。

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