この潜航艇は遊覧用のものですから、前と横とに厚いガラスの窓がついています。その窓から艇内の電灯の光が漏れているのです。それを遠くから見ると、変なところに三つ目のある怪物のようです。鉄の人魚はそれに気づくとギョッとしたように身構えて、じっとその方をにらんでいます。
潜航艇は魚形艇と同じ深さまで沈むと、そこにとまって、いきなり艇内の電灯をパッパッと点けたり消したりしはじめました。そのたびに、三つのガラス窓がまたたきでもするように、暗くなったり明るくなったりするのです。これは明智探偵に言いつけられたとおり、光によるモールス信号を発しているのです。トン・トン・ツーという、あの電信のモールス信号を、光によって行っているのです。怪物団の方にも、モールス信号ぐらいわかるやつがいるだろうと、それを試しているのです。
すると、魚形潜航艇の二つの目が、パチパチとまたたきはじめました。モールス信号がわかるという答えです。そこで、こちらは本当の通信を送りました。
「スグニココヲタチノケ。タチノカネケレバ、スイライヲハッシャスルゾ」
水雷なんかもっていないのですが、こちらは海軍の潜航艇と同じ形ですから、そう言えば敵は驚くにちがいないのです。案の定、魚形潜航艇は動き出しました。大洋丸のそばを離れて、どこかへ逃げていくのです。こちらはすかさず、それを追いかけます。
二隻の小型潜航艇による海底競走です。二つ目玉の小クジラを追う、三つ目の怪物。それが通過する道で、海水は逆巻き、砂などは跳ね飛ばされ、長い海草は嵐に吹きつけられたように乱れ騒ぎ、すさまじい海の底の追いかけっこです。明智の方の潜航艇は、なんといっても遊覧用ですから、それほどの速力はありません。残念ながら、魚形艇の速力にはかなわないのです。だんだん間隔が隔たっていくばかりでした。
そして、五分ほど追いかけているうちに、相手を見失ってしまいました。相手は二つ目玉のようなヘッドライトを消したのです。そして、海の底の暗闇にまぎれて、どこかへ見えなくなってしまったのです。こちらの操縦士たちは、なんだか敵がパッとかき消すように見えなくなったような気がしました。忍術でも使ったような感じでした。
しかしともかく、敵を追い払ったのですから、あとは大洋丸のまわりをぐるぐる回って、警戒さえしていればよいのです。そこで、ハヤブサ丸の明智探偵に無線を打ちました。
「テキテイモ、テツノニンギョモニゲサッタ。ホンテイハフキンノケイカイニアタル。スグセンスイフヲイレヨ」
その無線を受けたハヤブサ丸では、ちゃんと用意をして待っていた一人の潜水夫を、すぐに大洋丸へと潜らせました。いちばん腕利きの潜水夫です。右手に鉄棒、左手に水中電灯を下げた潜水夫は、一度入ったことのある船室へとハッチをくぐっていきました。鉄の人魚は逃げ去ったというのですから、なにも怖いものはありません。金塊のありかさえ探し出せばよいのです。
水中電灯を振り照らしながら、広い船室の中をあちこち見回していますと、一方の壁に大きな四角い穴が開いているのに気づきました。
「おやっ」
と思ってよく見ると、貝殻がいっぱいついていてよく見分けられなかったのですが、そこにドアがあって、それが開いていたのです。ひとりでに開くわけはありません。何者かが自分より先にきてドアを開いたのです。潜水夫はそこまで考えると、ギョッとして立ちすくんでしまいました。鉄の人魚は、もういないはずです。では、何者が開いたのでしょう。
それとも、もしかしたら、怪物団のやつがここを開けて、とっくに金塊を盗み出してしまったのではないでしょうか。
いずれにしても一大事です。
彼はそれを確かめるために、電灯を振りかざして、そっとドアの向こうをのぞいて見ました。
すると、その小さい部屋の中に、ぼんやりと光っているものがあるのです。
水中電灯が部屋の床に置いてあるのです。
ハッとして、なおよく見ると、おお、そこには実に気味の悪い変なやつがうごめいていたではありませんか。
そいつは人間の形をしていました。
しかし、ふつうの人間ではありません。
体じゅうに太い真っ黒な縞(しま)があるのです。
白黒のダンダラ模様の怪物です。
美しい縞のあるタイがいますね。あれとそっくりのダンダラ模様の怪人です。
顔は人間ですが、まるでゴリラみたいな恐ろしいやつです。
その顔がガラスでもかぶせたようにギラギラ光り、それから頭の後ろに真っ黒なギザギザのトサカみたいなものがついているのです。
足の先にはアザラシのヒレのような大きな水かきがついています。
その怪物がひとつの木の箱を小脇にかかえて、ひょいとこちらを向きました。
その後ろの壁際には、同じような木箱がうす高く積んであります。
「ああ、わかった。金塊はここにあったのだ。この木の箱に入れて、ここにつんであったのだ」
潜水夫はとっさにそれを悟りました。
ダンダラ模様の怪物は、やっぱり金塊泥棒だったのです。
潜水夫は潜水ヘルメットの中の電話口に向かって怒鳴りました。
「金塊泥棒を見つけました。ダンダラ模様の怪物です。ひっとらえてやります。すぐ応援をよこしてください!」
そう怒鳴っておいて、彼は急にダンダラ怪人につかみかかっていきました。
深い水の中ですから、パッと飛びつくことはできません。ふわりふわりと泳ぐようにして、相手に組みついたのです。
ダンダラ模様の怪人はそれを見るとびっくりして、金塊の箱を捨てて逃げ出そうとしましたが、もう間に合いません。
そこで、縞模様のタイのような怪物と、西洋の鎧(よろい)のお化けみたいな潜水夫との恐ろしい取っ組み合いが始まったのです。
外の部屋ほどではありませんが、その部屋にも二十年のあいだの海のゴミがたまっていました。
ふたりの格闘につれてそのゴミがもやもやと立ちのぼり、あたりはまるで煙につつまれたようになってしまいました。
ダンダラ模様の怪人は逃げよう逃げようとしているので、ふたりは取っ組み合いながらいつのまにかドアの外に出て、それから甲板にのぼる鉄の階段の下まで来ていました。
そのあたりにはコンブのような大きな葉の海草がたくさん生えています。逃げ遅れた魚も泳いでいます。
その中で、鎧のお化けとダンダラ模様とが横になったり逆さまになったりして取っ組み合っているのです。
陸上の喧嘩(けんか)とちがって、海の底の格闘は、映画のスローモーションのようにのろのろした、実にうす気味悪いものでした。
階段の下までくると、ダンダラ模様の怪人がにわかに勢いづきました。
そしてまるで魚のようにピチピチとはね回るので、潜水夫のつかんでいた手がすべって離れてしまいました。
すると怪人は足の先についている大きな水かきでサーッと水を蹴って、みるみる階段の上へ浮き上がっていきました。
潜水夫は重い鉛(なまり)のついた靴をはいているので、とてもその真似はできません。一段ずつ階段をのぼっていくほかはないのです。
残念ながら、とうとう敵を逃がしてしまいました。
潜水夫は急いで元の船室にもどり、水中電灯を持って甲板に上がりました。
すると、大洋丸の大きな船体から少し離れた海底を、白い光がぐんぐん向こうの方へ動いているのが見えました。
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