「ああ、とんでもないことになってしまった!」
新田先生は、むごたらしい火星人の姿を両手で力いっぱい頭の中から追い払いながら、思わずうめき声をあげたのだった。
ああ、不思議のなかの不思議!
新田先生が、火星人の恐ろしい正体について一生懸命に推理をめぐらせている間、蟻田博士は反対側を向いたまま、火星人の兄弟であるロロとルルの寝顔をじっと見守っていた。
ところが、そのうちにしだいに博士も強い眠気におそわれてきたらしく、船をこぐように、こっくり、こっくりと居眠りをはじめてしまった。
「ああ、博士!」
先生は後ろから声をかけてみた。
しかし博士からの返事はなかった相変わらず、こっくりこっくりと居眠りを続けているのだった。
(しかたがないなあ。
どうしても博士に、ぼくのこの推理を聞いてもらいたいんだが……そして、ぼくの考えが正しいって――「火星人は植物から進化した恐るべき生物だ」と言ってもらいたいんだけれど、これではどうしようもない)
新田先生は、もしここで博士を無理やり起こしたら、博士はきっと怒り出して機嫌を損ねてしまうし、のちのち面倒なことになるのが分かっていたので、博士をゆり起こすのはぐっと我慢することにした。
さて、こうして地下の部屋で、火星人の子どもたちも眠り、博士も眠っている様子を見ていると、先生はだんだん不思議な気分になってきた。
なんだかここは、日本の東京ではなくて、遠い火星の国の中にいるような気がしてきたのだ。
その時、先生の頭にひとつのひらめきが走った。
それは他でもない。
博士がぐっすり眠っているこの隙に、さっき宇宙電話をかけてきてくれた佐々刑事をおなじように呼び出して、話をしてみようという思いつきだった。
佐々なら、きっと地球の人間たちにとってすごくタメになる重要な話を教えてくれるにちがいない。
「そうだ、それがいい。やるなら今だ!」
先生は、宇宙電話機のほうへ忍び足で近づいた。
そして、機械をスピーカーから、耳にあてて聴く受話器のほうに切り替えると、大急ぎでその受話器を自分の耳にあて、スイッチを力強くひねったのだった。
さあ、うまく佐々の声が聞こえてくるかどうか。
新田先生は、スイッチをひねってから機械が動き出すまでのほんの数秒間を、心臓をドキドキさせながら待ちわびた。
すると、受話器の中から、ついにあの佐々の声が聞こえてきたのだ!
「……おい、聞いているか、日本人!
こっちは、警視庁の佐々刑事だ。
今、火星から宇宙電話をかけているんだ……!」
ああ、それは間違いなく佐々刑事の声だった。
先生は、これに対してどうしても自分からも何か話しかけたいと思った。
そう思って手元の機械をよく見ると、都合のいいことに、マイクがちゃんとついているではないか!
「よし、これはいけるぞ!
マイクのスイッチさえ入れれば、佐々刑事と直接話ができるはずだ!」
新田先生は、いまやもう博士に気兼ねをしている場合ではないと思い、思い切ってマイクのスイッチをひねったのだった。そうしておいて、
「ああもしもし、佐々刑事さん」
と、先生はまわりを気にしながら、マイクに口を近づけて、宇宙電話で佐々に呼びかけたのだった。
蟻田博士は、この宇宙電話機をうまく合わせておいたものらしく、
「はいはい。
佐々刑事は、ここにこうして聞いているが、私を呼ぶ君は、いったい何者かね」
と、間違いなく佐々の声で返事をしてきたのである。
「あっ、やった!」
と、先生は喜びのあまり、今にも踊り出しそうだった。
「おお、佐々さん。
私の声が火星に聞こえたのですね。
私は新田ですよ。
わかりますか。
新田です」
「おう、新田先生か。
やあ、いいところで返事をしてくれた。
ああ、なつかしいねえ」
と、佐々刑事は、上ずった声で、喜びをぶちまけた。
さあ聞こえてきたぞ。
宇宙電話だ!
新田先生は、うれしさのあまり、急に胸がドキドキしてきた。
「ああ、うれしいです、佐々さん。
挨拶は抜きにして、いま滅びようとしている地球のために、必要なことだけを話し合うことにしてください」
先生は、熱心に呼びかけた。
「ああ、わかった、わかった。
僕はさっきもこの宇宙電話で放送したんだが、火星人は、油断ができないやつだよ」
「そのことですがね、私は一つの推理を立てました。
火星人というのは、植物が進化したもので、動物のような思いやりの心を知らないのです。
だから生まれつき、ものすごく残酷なんです。
どうですか、その通りでしょう」
と、先生が言うと、佐々は非常におどろいて、
「えっ、そうかね。
火星人は、植物が進化したもので、情け知らずか。
なるほど、そう言えば、いろいろ思い当たることがあるよ。
この火星では道ばたなどで、仲間同士が殺し合うことを平気でやっているよ。
まったくものすごいところだ」
と、とんでもないことを言う。
「先を急ぎますよ。
それについて佐々さん、火星人は、まだまだたくさん地球に攻めて来るのでしょうか」
先生は、心配なことをたずねた。
「そうとも、そうとも。
火星兵団は、ものすごい人数だ。
甲州の山奥で見た火星兵団なんか、ほんの一部分だ。
兵団にいる兵士の総数はとてつもないぞ。
何十億、何百億人だ。
なにしろ火星人の子どもは、一度にものすごくたくさん生まれるのだ。
子どもの増え方では、とても人間なんかかなわないね。
だから人間軍と戦って負けるようなことはないって、火星兵団の連中は言っているよ」
佐々刑事の言葉は、聞けば聞くほど恐ろしい意味を伝えてくるのだった。
火星にいる佐々刑事と、蟻田博士の地下室にいる新田先生とが交わす宇宙電話は、なおも続いた。
「もしもし新田先生、聞いているかね」
「聞いていますよ、佐々さん。
――で、どうなんですか、火星人の考えは? 私たち地球の人間をどうするつもりなんでしょうか」
「それは、さっきもちょっと言ったが、地球の人間をひっぱってきて、飼って利用しようと思っているんだ。
ちょうど、人間が豚や鶏を飼っているように、火星人は人間を飼って、自分たちの勝手なことに使おうとしているのだ。
そうなれば、地球人類の降服だ。
火星人の奴隷になることだ。
いや、奴隷以上のはずかしめを受けることになるだろう。
だから、火星兵団に対しては、一歩もゆずってはいけない。
あいつらが人間を助けてくれるなんて思っていたら大間違いだ」
佐々刑事の言葉は激しい。
「でも、困りましたなあ。
モロー彗星には衝突されるし、火星人に助けられれば奴隷になるし、それじゃ地球の人間は助からないじゃないですか」
と、新田先生は、本当に困ってしまった。
「だから、断固として、火星兵団と戦うんだ」
「戦ったって、どっちみち人間は助からないのではないですか」
「助かるか助からないか、とにかくやってみなければわからない。
戦って倒れたなら、もともとだ。
もうダメだからと言って、負けるつもりになっていることがいけないんだ。
せめて日本人は、建国精神をもって、はなばなしく戦ってもらいたいなあ。
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