初級翻訳・火星兵団 第86話

海野 十三

大江山捜査課長です!
課長はその怪人に飛びつきました。
火星人は怒ったような声を出し、課長をものすごい勢いで突き返しました。
課長は地面にひっくり返りました。
体をひどく打ったらしく、課長はしばらくの間、地上で体をくの字に曲げたまま動けなくなっていました。
――なにしろ火星人の力と言ったら、人間の十人力くらいあるのが当たり前なのです。
「曲者め! まだ降参しないのか!」
課長はガバッと起き上がると、再び火星兵団の怪人に飛びかかっていきました。
火星人は目をギラリと光らせたかと思うと、飛びかかってくる課長を横から触手で強く払い飛ばしました。
「あっ!」
課長は顔を押さえたまま、その場にどうと倒れ込んでしまいました。
その時、突然木陰から五、六人の火星人が現れました。
新田先生は気が気ではありません。
一刻も早くガスピストルで火星人を撃って助けてやりたいと思いましたが、博士がピストルを撃つまでは絶対に撃ってはならないという約束だったので、困り果ててしまいました。
「博士、早くピストルを……! 今倒れたのは大江山課長ですよ!」
先生は博士の耳元で早口に言いました。
「博士、課長や警官たちを見殺しにするおつもりですか。私もう我慢ができません。ガスピストルを撃ちますよ、いいですね!」
「待て、ガスピストルを撃つには一番いいタイミングがあるんだ。火星人が油断するまで待つんだ」
博士は先生の手をしっかりと握りしめて放しません。
そうしている間にも、課長はピクリとも動かなくなっていきます。
他の警官たちも火星人に太刀打ちできず、みんな地面に伸びきってしまいました。
立っているのは火星人だけになってしまったのです。
それを見た博士は、
「今だ!」
と叫び、黒マントの下からガスピストルの銃口を突き出し、引き金を引きました。
ついに蟻田博士の手によって、ガスピストルから第一弾が発射されたのです。
ごうん、ぱかっというような音がして、その弾丸は見事に一番いばっていた火星人の横腹に命中しました。弾丸が当たったあたりから、黄色い煙がもうもうと立ち上りました。
火星人たちは突然の出来事に、その場にぽかんと立ち尽くしました。
気圧されたような格好です。
腹に弾丸が命中したその火星人は、
(おや、なんだか変だぞ!)
というような身ぶりをして、黄色い煙が立ち上る自分の腹を触手でしきりに撫で回していました。
この火星人こそ、大江山課長をやっつけた張本人だったのです。
そのうち、ものすごく大きな音で、
しゅうっ!
と、変な音がしました。
とたん、その火星人の体はふらふらと前後に揺れたかと思うと、積み重ねてあった樽を倒すように、ドスンと真横に倒れてしまいました。
それを見た他の火星人たちは、さらに度肝を抜かれたようでした。
彼らは倒れた火星人のそばへと駆け寄りました。
そして、そこで彼らは信じられない光景を目にしたのです。
それは、倒れた火星人の大きな腹の上から黒い煙がもやもやと盛んに立ち上りながら広がっていくかと思うと、あの頑丈なドラム缶のような胴体が、まるで湯気のようにどんどん蒸発していき、やがてその下から、みにくい火星人の本来の体が小さく縮こまって現れてきたのでした。
胴体が蒸発して、すっかりなくなってしまったのです。
さあ、大変なことになりました。どうしてこうなったのか、訳がわからないけれど、火星人たちはびっくりしてその場をとびのきました。
「撃て! 今だ!」
博士の声が響きます。
ごうん、ごうんと、博士と先生は、残っている火星人めがけてガスピストルを発射しました。
十号ガスのききめは、ものすごかったのです。
蟻田博士と新田先生は、残りの火星人めがけてガスピストルをどんどんぶっぽなしました。
ごうん、ごうん、ごうん。
ぱかっ、ぱかっ。
弾丸は、おもしろいほど火星人たちの胴中に命中します。
そうして、黄色いけむりがむくむくと湧き出てきました。
火星人たちは、そのけむりにびっくり仰天しています。
ひゅう、ひゅう、ひゅう。
ぷく、ぷく、ぷく。
妙な声を出しながら火星人たちが大騒ぎしているうちに、あっちでもこっちでもしゅうっ、しゅうっと音がして、火星人たちがかぶっていた固い胴体が、まるで湯気のようにとけていってしまうのでした。
どたり、どたりと、火星人たちは黄色いけむりに包まれながら地面にころがります。
けむりが少し消えてくると、その下にいた火星人たちは、まるでタコの干物のように赤黒い体を小さくちぢこまらせて、すっかり固くなっていました。
火星人たちがかぶっていたあの固い胴体は、地球の空気の気圧に弱い体をもった彼らが、その圧力を防ぐためのものだったのです。
その「防圧胴(ぼうあつどう)」が、蟻田博士が発見した十号ガスのせいでとろとろにとけ、湯気のように蒸発してしまうものだから、火星人たちは赤はだかのまま地球の空気の強い圧力をうけて、ひとたまりもなく押しつぶされてしまったというわけです。
なんとも痛快な出来事ではありませんか。
「博士、すばらしいですなあ!
これこの通り、火星人のやつらはみんなやっつけられてしまいましたぞ」
新田先生は、うれしさで声をふるわせながら言いました。
「うむ、これなら、まずはじゅうぶん役に立ちそうじゃな」
蟻田博士は、死んだ火星人の体を前かがみになってじっくりと観察しながら言いました。
「蟻田博士、このあたりにもっと火星人がいればいいのですがねえ」
新田先生はガスピストルを手に持ちながら、ちょっともの足りなそうな顔あたりを見まわしました。
たった二、三発撃っただけでは、あまりにも物足りなかったのです。
「火星人より、そこに倒れている大江山課長を助けてやりなさい」
博士は地面を指さしました。
「そうだ! 大江山捜査課長が火星人にやられていたのでしたね。
ガスピストルがあまりによくきくものだから、すっかり忘れていました。
いやはや、うっかりしていました」
新田先生は顔をまっ赤にして言いました。
そこで二人はまず第一に、気をうしなって倒れている勇敢な大江山課長をだきおこし、その背中をさすって「おい、しっかりしろ!」と活を入れました。
「ううん……おお、さあ来い!」
課長は、痛む体をむりに動かして立ち上がろうとします。
新田先生がそれを押さえながら、
「大江山さん、そんなに興奮しないで、気をたしかにもってください!」
と言うと、課長は先生の顔を見るやいなや、ますます激しくいきり立ちました。
「いや、放せ!
火星人などに負けてたまるものか。
よくもおおぜいの部下を殺してくれたな。
日本人なら、最後の一人になっても戦うんだ!」
課長はなおも先生につかみかかろうとします。
「大江山さん、そんなに興奮しちゃいかん。
わたしだ、新田ですぞ!」
「新田だと? 新田の声のまねをしたって、きさまは火星人だ!」
「ちがう、ちがう!」
そこで蟻田博士がハッと気がついて言いました。
「おい新田、火星人とまちがえられるのはその服装がいかんのじゃ。
もう火星人はいないのだから、その格好をぬいだらどうだ」
「ああ、なるほど!
どうも今日はあわてていていけませんね」
新田先生はあわてて帽子をぬぎました。

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