初級翻訳・灰色の巨人 第10話

江戸川 乱歩

小林君がさきにたって、そのあとから、園井少年と、ほかのふたりがつづいています。
ほかのふたりも中学の一年生です。
「おい、とまれ! なにかいる。あれをごらん。」
 小林君が、むこうのコンクリートべいの上を、ゆびさしました。
それは園井君のおうちのへいです。
へいの上から、大きな木の枝が、ニューッと、つきだしています。
その枝が、ざわざわと動いているのです。
風にゆれているのではありません。
なにかが、その枝にとまっているのです。
遠くの街灯の光で、かすかにそれが見わけられます。
サルのような動物です。
いや、サルではありません。
人間の子どもです。
こんな暗いばんに、子どもが木のぼりをしているのでしょうか。
大きな枝が、ピーンとはねました。
子どもがとびおりたのです。
おやっ、子どもにしては、なんて大きな頭でしょう。
頭でっかちの福助みたいなやつです。
黒い四角なふろしきづつみのようなものを、首にくくりつけています。そして、その小さなやつは、いきなり、むこうのほうへ、チョコチョコと走りだしました。
「あっ、一寸法師だっ。」
 小林団長と園井君とは、すぐそれに気がつきました。
首にさげている黒いふろしきづつみは、いったいなんでしょう? ひょっとしたら、あの中に、にじの宝冠が、つつんであるのではないでしょうか。
一寸法師が、それをぬすみだしたのでは、ないでしょうか。
「おい、あいつを、追っかけるんだ。あいてに、きづかれぬように。」
 小林団長が、めいれいをくだしました。
やみ夜のついせきです。
にげるのは、頭でっかちの一寸法師。
ちびのくせに、なんという早さでしょう。
チョコチョコ、チョコチョコ、みじかい足が、まるで、機械のように動くのです。
探偵団の少年たちは、みんなのっぽですから、足の長さは一寸法師のばいもあります。
それでいて、なかなか追いつけないのです。
四人の少年は、いきをきらせて走りつづけました。
一寸法師は、にぎやかな通りをさけて、さびしいほうへ、さびしいほうへと走っていきます。
おとなの人が通ったら呼びかけて、つかまえてもらおうと思うのですが、あいにく、だれも通りかかりません。
まっ暗な大きな森がありました。
神社の森です。
一寸法師はその中へ、逃げこみました。
さあ、たいへんです。
神社の中はひろびろしていて、そこに大きな木が、いっぱい茂っています。
どこにでも、かくれるところがあります。
少年たちは、その広い境内を、あちこちと、さがしまわりました。
しかし、一寸法師は、どこにもいないのです。
あいつは、木のぼりが、うまいようですから、ひょっとしたら、大きな木にのぼって、かくれているのかもしれません。
しかし、何十本とある木を、一本ずつのぼって、さがすことなど、とてもできません。
もうあきらめるほかはないのでしょう。
「だが、もしかしたら、境内を通りぬけて、神社のうらのほうへ逃げたかもしれない。そっちをさがしてみよう。」
 小林団長は、そういって、さきにたって、うらの道へ出ていきました。
神社のうらは、広い原っぱでした。
むこうに、大きなテントが、はってあります。
サーカスのテントです。
四人はそのほうへ行ってみました。
テントの正面には、明るく電灯がついて、二とうのゾウと、たくさんのウマがつないであります。
入り口のだいの上に、赤いしまの服をきた人がすわって、ばんをしていました。
「おじさん。いま、ここへ、一寸法師が、こなかった?」
 小林君がたずねました。
「なんだって? 一寸法師だって?」
 赤い服の男が、びっくりしたように、少年たちを見おろしました。
「こびとだよ。頭がでっかくて、子どもみたいに小さいやつだよ。神社のほうから、かけだしてこなかった?」
「ふうん、このへんに、そんなやつがいるのかい。見なかったよ。もうこんやは、おしまいだから、おもてに立っているお客もなかったので、見のがすはずはない。そんなやつ、ここへはこなかったよ。」
 その男は、高いだいの上にすわっているのですから、もし一寸法師が通れば、目につかぬはずはないのです。
それでは、やっぱり、まだ神社の境内に、かくれているのでしょうか。
どうしようかと、まよっているうちに、ちょうどサーカスがおわりになって、入口から、見物の人たちが、どやどやと出てきました。
四人の少年は、そこに、つったって、おおぜいの人たちが、通りすぎるのを見ていました。
もしや、その見物人の中に、一寸法師がいるのではないかと、目をさらのようにしていましたが、子どもはいても一寸法師はいませんでした。
園井少年は、まだ、あきらめきれないで、入口にちかよって、見物人の出ていったあとの、テントの中をのぞいていますと、だいの上の男が、大きな声でどなりつけました。
「なにを、のぞいているんだ。もう、見物人は、すっかり出てしまったよ。そんな一寸法師なんか、こんなとこに、いるもんか。さあ、かえった、かえった。」
 しかたがないので、四人の少年は、そこをひきあげることにしました。
そして、もう一度、神社の中をさがしましたが、やっぱり、なにも見つけることはできませんでした。
「あっ、しまった。」
 小林団長が、びっくりするような声を、たてました。
「どうしたの? 団長」
 ひとりの少年が、ふりむいて、たずねました。
「ぼく、すっかり、わすれていた。サーカスには、よく一寸法師の道化者がいるね。あのサーカスにも、一寸法師がいるんじゃないかしら。だからさ、ぼくらが、おっかけたやつは、あのサーカスの団員じゃないだろうか。」
 小林君は、そういって、考えこんでしまいました。
一寸法師は、はたして、このサーカスのなかに、かくれていたのでしょうか。もしそうだとすれば、怪盗「灰色の巨人」と、このサーカスには、いったいどんな関係があるのでしょうか。
サーカスの道化師

 その翌日の午後、小林団長は、昨日の夜に一緒にいた少年たちのほかにたくさんの団員たちにも声をかけ、なんと総勢二十人もの少年探偵団員が、そのサーカスを見に行くことになりました。
そして、二十人の持つあわせて四十の目でサーカスをしっかり監視し、もし何か怪しいことがあったら、すぐに明智先生に電話をかけて、助けにきてもらうつもりなのです。
サーカスの大きなテントの中では、二頭のゾウによる見事な芸が終わったところで、次は「馬にのる十人の女王さま」という出しものが始まる予定でしたが、いまはその準備の間のつなぎの時間として、会場の真ん中にある広い砂場に、とってもへんてこな道化ものの巨人があらわれていました。
その広い砂場をぐるっと取り囲むようにして、後ろのほうが高くなった満員の見物席があります。
その見物席の真ん中に、中学校の制服と制帽をきっちり着た少年たちが二十人、ずらっと二列にならんで座っていました。
まるで本物の野球の応援団みたいです。
言うまでもなく、これは少年探偵団の少年たちでした。
中央の砂場のステージの上には、おそろしく大きな人間が、のそのそと歩いていました。
ふつうのおとなの三倍もあるような、ものすごい巨人です。
その巨人は、そでがなく、まるでつり鐘のような形をした、灰色のマントをきていました。

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