初級翻訳・犬と笛 第3話

犬と笛

これを見ると髪長彦は、ふと自分の大活躍をこの二人の侍たちにも聞かせたいという気持ちが湧いてきたものですから、
「下りろ!
下りろ!
あの三つ叉になっている道の上へ下りて行け!」
と、こう黒犬に命令しました。
こちらは二人の侍です。
せっかくあちこち探しまわったのに、お姫様たちの行方がどうしても分からないので、しょんぼり馬を進めていると、いきなりそのお姫様たちが、女のような木こりと一緒に、たくましい黒犬にまたがって空から舞い降りてきたのですから、その驚きと言ったらありません。
髪長彦は犬の背中を下りると、丁寧におじぎをして、
「殿様、私はあなた方に別れてからすぐに生駒山と笠置山へ飛んで行って、この通りお二方のお姫様をお助けしてまいりました」
と言いました。
しかし二人の侍は、こんな身分の低い木こりにまんまと一杯食わされたのですから、うらやましいのとくやしいのとで、腹が立って仕方がありません。
そこで表向きはさもうれしそうに、いろいろ髪長彦の手柄をほめ立てながら、とうとう三匹の犬の秘密や、腰にさした笛の不思議などをすっかり聞き出してしまったのです。そうして、髪長彦がすっかり油断しているすきに、まずは一番大切な笛をそっと腰から抜き取ってしまうと、二人はいきなり黒犬の背中へとび乗り、二人のお姫様と二匹の犬をしっかりと両脇に抱えこんで、
「飛べ! 飛べ! 飛鳥の大臣様のいらっしゃる都の方へ飛んで行け!」
と、声をそろえて叫びました。
髪長彦はびっくりして、すぐに二人へとびかかろうとしましたが、もうその時にはものすごい大風が吹き起こり、侍たちを乗せた黒犬は、しっぽをきりりと巻いたまま、はるか青空の高いところへ舞い上がって行ってしまいました。
あとにはただ、侍たちが乗り捨てた二頭の馬が残っているばかりです。髪長彦はその場にがっくりとつっぷして、しばらくはただ悲しそうにおいおいと泣き続けました。

すると、生駒山の山頂の方からさっと風が吹いてきたかと思うと、その風の中から、
「髪長彦さん、髪長彦さん。私は生駒山の駒姫です」
と、やさしいささやきが聞こえてきました。
それと同時に、今度は笠置山の方からもさっと風が吹き抜けて、やはりその風の中から、
「髪長彦さん、髪長彦さん。私は笠置山の笠姫です」
と、これもやさしくささやきました。
そして二人の声が一つになって、
「これからすぐに私たちはあの侍たちの後を追いかけて、笛を取り返してあげますから、少しも心配なさらないでくださいね!」
と言い終わるか終わらないうちに、風はびゅうびゅうと唸りながら、さっき黒犬が飛んで行った方へ、ものすごい勢いで吹き荒れていきました。

ですが、少し時間がたった頃、その風はまたこの三つ叉の道の上のほうへと戻ってきて、前のようにやさしくささやきながら、高い空からものを降らせてきました。
「あの二人の侍たちは、もう二人のお姫様といっしょに、飛鳥の大臣様の前へ出て、自分がやったことにしてたくさんのご褒美をいただいていますよ。さあさあ、早くこの笛を吹いて、三匹の犬をここへ呼びなさい。その間に私たちは、あなたが立派に出発できるように準備してあげましょう!」
そんな声が聞こえたかと思うと、あのたいせつな笛をはじめ、黄金のよろい、銀のかぶと、孔雀の羽の矢、香木の弓といった、立派な大将の装いが、まるで雨やあられのようにまぶしく日に輝きながら、ばらばらと目の前に降ってきたのです。

六

それからしばらくして、香木の弓をもち、孔雀の羽の矢を背負った、まるで神様のようにかっこいい髪長彦が、黒犬の背中にまたがり、白とぶちの二匹の犬を小脇にかかえて、飛鳥の大臣様の大きなお屋敷へと空から舞い降りてきたときには、あの二人の若い侍たちは、どれほどあわてふためいたことでしょう!
いや、大臣様でさえ、あまりの出来事にびっくりして、しばらくは夢を見ているかのように、髪長彦はりりしい姿をぼんやりと見つめていらっしゃいました。

けれど髪長彦はまずかぶとをぬぎ、大臣様に丁寧におじぎをしながら、
「私はこの国の葛城山のふもとに住んでいる、髪長彦という者でございます。二人のお姫様をお助けしたのは私であり、そこにいる侍どもは、化け物や土蜘蛛を退治するのに、指一本だって動かしてはおりません!」
と申し上げました。

これを聞いた侍たちは、なんせ今までは自分たちが助けたんだと嘘をつきまくっていたのですから、二人とも急に顔色を変えて、髪長彦の言葉を遮るように言いました。
「こいつはまた、とんでもない嘘をつくやつでございます! 化け物の首を切ったのも私たちなら、土蜘蛛の企みを見破ったのも、間違いなく私たちにございます!」
と、もっともらしい顔で作り話を並べ立てました。

そこで真ん中に立っていらっしゃった大臣様は、どちらの言うことが本当なのか見当がつかなかったので、侍たちと髪長彦を交互に見比べながら、
「これは本人たちに聞いてみるほかないな。一体お前たちを助けたのは、どっちの男だったと思う?」
と、お姫様たちのほうを向いてお尋ねになりました。

すると二人のお姫様は、そろってお父様の胸にすがりつきながら、
「私たちをお助けくださったのは、髪長彦様でございます! その証拠に、あの男のふさふさした長い髪に、私たちの櫛をさしておきましたから、どうかそれを御覧になってくださいまし!」
と、少し恥ずかしそうにおっしゃいました。
見てみると、たしかに髪長彦の頭には、金の櫛と銀の櫛とが美しくキラキラと輝いています。

こうなってしまっては、侍たちももう言い訳のしようがありません。ついに大臣様の前にひれ伏して、
「実は、私たちがずるい悪だくみをして、髪長彦が助けたお姫様を、自分たちの手柄として申し上げたのでございます。こうして白状いたしましたので、どうか命だけはお助けくださいまし!」
と、ガタガタと体をふるわせながらあやまりました。

そのあとのことは、わざわざお話しするまでもないでしょう。
髪長彦はたくさんのご褒美をいただいたうえに、飛鳥の大臣様の娘婿(むすこむこ)となりました。そしてあの二人の若い侍たちは、三匹の犬たちにものすごい勢いで追いかけ回され、ほうほうのていで屋敷の外へ逃げ出していったのでした。ただ、どちらの御姫様が髪長彦のお嫁さんになったか、それだけは何分大昔のことですので、今ではもうはっきりと分かっておりません。
(大正七年十二月)

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