蝶の絵

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久生 十蘭

初級翻訳・蝶の絵 第1話

一 戦争が終わってもう四年という月日が流れていたので、復員(お帰り)をお祝いする気分もなんだか少し抜けてしまっていたけれど、山川花世(やまかわはなよ)という人がまさか無事に帰ってくるとは思っていなかったものだから、びっくりして色々な顔ぶれが...
久生 十蘭

初級翻訳・蝶の絵 第2話

どうしても出席しなければならないパーティーなどには、姉の一人が魔法瓶に蒸留水を詰めてつき従うことで有名でした。学習院の女子部の先生になってからも、嫌なことや難しいことはすべて母親や姉たちが引き受けて片づけてしまい、山川は家庭と女性たちの陰に...
久生 十蘭

初級翻訳・蝶の絵 第3話

われわれ人間のほうは、低蒙で野蛮で、垢だらけになって、眼ばかりギョロギョロさせ、一枚のガネモの葉のやり奪りから、すごい斬りあいをやる……猿を殺すにしても、その残忍さときたら、お話にならない。見ていると、人間が猿を殺しているんじゃなくて、猿が...
久生 十蘭

初級翻訳・蝶の絵 第4話

まあ、あそこまで全部抜かすことはなかったんだけどさ」山川は言い訳がましいことを口にした。ことさら話を難しくしているが、あいにく、そんな見え透いた嘘(あや)に騙されるほど幼稚ではない。山川には何か悩みがあって、それを他人にのぞかれたくないのは...
久生 十蘭

初級翻訳・蝶の絵 第5話

なんの真似をしているんだろう」「津村のいたところは、石油が浸みだすというだけが取柄の暑苦しい蛮地で、大酒を飲んで昼寝でもするほか、時間のつぶしようがないもんだから、津村は癇癪をおこして剣をぬいて、女中を追いまわしたり、スープの皿を投げつけた...
久生 十蘭

初級翻訳・蝶の絵 第6話

日本へ帰る途中、シンガポールやハイフォン(海防)で南方の風景に心を奪われ、マレーを皮切りに、ジャワ、スマトラ、フィリピンと、日本人の経営するゴム園やサイザルの栽培地で絵を買ってもらいながら、二十年近くの間、気ままに暮らしていたのだ。 正義感...
久生 十蘭

初級翻訳・蝶の絵 第7話

山川さんが私を愛していたこと、結婚の約束をしたこと、あのときは嘘ではなかったのですね……つまり山川さんは、日本人にあんな目に逢った家族の生残りを、日本人の一人として、できるだけ慰めてやらなければならないという義務を感じたのですけど、いまとな...
久生 十蘭

初級翻訳・蝶の絵 第8話

危険だから、始末した……あんなおしゃべりな猿って、あるもんじゃない」 憂鬱そうな顔で呟くと、長椅子に沈みこんで、両手で頭を抱えた。常子は、つかつかと花世のそばへ行くと、「他人の前で、内幕をさらけだすなんて……あなたは、なぜ、そうなの?」 と...
久生 十蘭

初級翻訳・蝶の絵 第9話

十分すぎるほど検討を重ねた末、それなら自分が引き受けようということで応召に応じました。しかし、あらかじめ内々に話が通達されていたとみえ、入営するやいなや「丙種学生」にさっそく選抜され、占領地行政学や謀略学を主な内容とする、個人情報収集に特化...
久生 十蘭

初級翻訳・蝶の絵 第10話

後になって、いくらか気持ちは落ち着いたものの、あのとき猿から受けた強烈なショックからは、結局最後まで逃れることができなかった」津村の父親からあの猿を引き取り、自分の寝室に閉じ込めたのはその場の思いつきだったが、それ以来、猿の喋り声に悩まされ...
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