「幽霊なんかじゃないよ、俺たちはみんなの顔をちゃんと覚えている」と二人は言い、一人ひとりの名前を呼びながら、なつかしさのあまり抱きつきました。
すると、みんなは「どうやって助かったんだ?」「どうして帰ってこれたんだ?」と口々に尋ねました。
二人は、難破したときの様子や、暗い夜の恐ろしい光景、そして救われてから港に着き、見たこともないほど美しく不思議な世界を見てきたことなどを一生懸命に話しました。
そして年上の甲は、
「あの国の王様が、ぼくたちにこのピカピカ光るものをくださったんだ。これさえ持っていればどこへでも行ける、ありがたいものだと言ってくれたんだよ」
と言いながら、銀貨をみんなに見せました。
「ここに描かれている恐ろしげな顔の人が、その国の王様なんだ」
太陽の光がまぶしく反射して、銀貨の面がキラキラと輝きました。
みんなはその光を恐れるように後ずさりし、目を丸くして見つめました。
「すごいものを持ってきたものだ。俺たちは今まで、こんなに光るものを見たことがない」
みんなはそれぞれ、竹槍や、たまたま海岸に打ち上げられた難破船から拾った鉄片で作った剣のようなものを持っていました。
しかし、彼らはこれまで、こんなにピカピカ光る金属を見たことがなかったのです。
そのとき、一番ずる賢く、悪知恵の働く年老いた男だけは、みんなが手に取って不思議そうに眺めている銀貨に、自分一人だけは触れようともせず、少し離れた場所から、みんなの様子をあざ笑うような目で見つめていました。
「あのピカピカ光るものは、いつか俺のものになる。……馬鹿どもめ」」と、その目つきは語っていました。
この不思議に光るものが集落に入ってきてからというもの、みんなの心の中に「あれが欲しい」という強い欲が芽生えてしまいました。
「人間の頭蓋骨よりも、あのぴかぴか光るものに描いてある頭のほうがずっといい。あれを胸元に下げていたら、誰よりも偉い人間になれるはずだ」
村のみんなは、そんな考えに取りつかれるようになってしまったのです。
そうして、それまでにはなかった欲望が一つ加わったことで、いつかはこの光り輝く銀貨をめぐって争いが起こるのではないか、そんな予感が漂っていました。
「本当に、いつこの大事な宝物を盗まれるかもしれないから、油断はできないぞ」
甲と乙はそう言い合って、二人でしっかりと銀貨を守り抜いていました。
二人は、ほかに誰もいないときを見計らっては、銀貨を取り出しては見入っていました。
すると、遠い港の街や、空、丘、木立の影が、ありありと夢のように記憶の中に浮かんでくるのでした。
それはもう二度と見ることのできない、遠い、遠いかなたの国の景色なのです。
そして、あのおじいさんが杖をついてやってきて、二人にこの光るものを投げてくれた時の様子が、まるで昨日のことのように思い出されるのでした。
二人はその光景を思うと、うっとりとして、心は青い青い海を越えて、遠い国へと憧れを抱くのでした。
「これは、命よりも大事なものだぞ」
二人はそう言い合って、お互いの心をいましめました。
集落には、もう一人、力のある男がいました。その男には、美しい娘がいました。
ある日のこと、その男は甲のもとへやってきました。
「私の娘をお前にやるから、いつかのぴかぴか光るものを私にくれないか」
そう男は言いました。甲は迷いました。その男の娘というのは、村でも評判の美人だったからです。
すぐには返答ができず、甲は考えておくことにしました。
独りになった甲は、その娘の姿を目に浮かべてみました。
かわいらしい口もと、白くきれいな歯、そして二つの美しい瞳の輝きは、大事にしているあの金属から放たれる光よりも、ずっと優しくてうるおいのあるものでした。
甲は、その娘を自分のものにできるのなら、あの大事な宝物を手放してもいいという気になってしまいました。
そして、そのことを乙に相談しました。すると、乙は目に涙を浮かべながら言いました。
「あの暗く恐ろしい夜のことを忘れたのか? 俺たちはああして助かったのだ。そして、あの港に上がって、再び生きてここに帰ってきた。二人は苦労を分かち合ってきたのに、お前は自分一人の幸福のために、大切な記念の品を失ってもいいのか?」
甲は自分の考えが悪かったと悟り、乙に謝りました。
その後は、二人は変わらず睦まじく、仲よく暮らしていました。
しかし、あの狡猾で悪知恵の働く男は、多くの部下を従えていました。
男はなんとかして二人を殺し、あの光るものを奪い取ろうと考えました。
その男が恐ろしい計略をめぐらせていることを二人は聞きつけました。
もう一刻もここにいるのが危険だと悟った二人は、相談の末、どこか安全な場所へ逃れることに決めました。
ある夜、二人はこっそりと集落から逃げ出しました。
そして、谷を伝い、山を越えて、高らかに波が打ち寄せる海岸までやってきました。
「もうここまできてしまえば安心だ。まあ休んで、これから先どうするか考えよう」
甲はそう言いました。
「本当に、俺たちはどこへ行けば、安心して楽しく暮らすことができるんだろう」
乙は言いました。その夜、空はよく晴れていました。
一面に広がる海を覆う空には、星が輝いていました。
砂の上に横になり、しばらく空を眺めていた甲は、ふいに体を起こしました。
「俺は、あんなに美しい星が毎晩光っていることを知らなかった。あの星さえ見ていれば、あの港も、おじいさんも、白い家も、俺たちが乗っていた船も、みんな思い出せるではないか?」
そう言うと、同じく黙って空を仰いでいた乙も静かになずきました。
「お前、あのぴかぴか光るものはどうした。海の中へ投げてしまえ。あれもきっと、誰の手も届かない空に上って星となるのだから……」
乙の言葉を聞いて、甲は銀貨を取り出し、遠い海の中へと投げ捨てました。
このとき、海の上は以前よりもいっそう明るくなったような気がしました。
彼らの集落は、また昔の平穏な日々へと戻っていったのです。
――一九二二・一〇作――
初級翻訳・幸福に暮らした二人 第2話
小川 未明
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