初級翻訳・楽聖物語 第61話

楽聖物語

それらを除けば、チャイコフスキーの「悲愴交響曲」と、ドヴォルシャークの「新世界交響曲」ほど、私たちに親しく語りかけ、全人類の悲しみや喜びを分かち合える交響曲はなかったのではないでしょうか。
ドヴォルシャークは、内気で人付き合いが苦手な性格でした。
とりわけ華やかなパーティーや、儀礼的な挨拶が求められる付き合いは、ボヘミアの大地で育った彼にとって、どうしても我慢できないことだったようです。
そのうえ、優しい心の持ち主であった作曲家は、ニューヨークでの生活のプレッシャーに耐えきれず、癒やすことのできないホームシックに悩まされ、憂うつな日々を送ることが多くなりました。
少しでも暇ができると、ドヴォルシャークはアイオワ州のスピルヴィルという町へ逃げ込み、そこでしばらく過ごすことで、故郷を懐かしむ心をなだめるのが常だったのでした。そこは、ボヘミア出身の人々が大勢で集まって暮らしている村で、風習や習慣、さらには使われている言葉までもが、ボヘミアそのままでした。
ドヴォルシャークはその環境をとても気に入り、ボヘミアらしい空気の中に身を浸すことで、少しばかり弱気になっていた心を打ちひしぐホームシックをなだめていたのです。
そのアイオワ州の静かな隠れ家で、ドヴォルシャークは傑作「新世界交響曲」を完成させました。
広大なアメリカの中部平原の中で、新大陸の華やかさの裏側に潜む寂しさを感じ取り、黒人たちの生活も詳しく見聞きして、遠い故郷ボヘミアに思いを馳せながら、あの曲を書き上げたのでしょう。
そのため、「新世界交響曲」には黒人霊歌のメロディが取り入れられていると言われ、多くの人はそれを信じていますが、ドヴォルシャーク自身は「インディアンやアメリカの民謡を使ったなどというのは、とんでもないデタラメだ」と語り、この曲の旋律はアメリカのものではなく故郷ボヘミアのものだと断言しています。中には、ロシアのある地方の旋律だという説を唱える人さえいます。
いずれにせよ、「新世界交響曲」を特徴づけているあの郷愁はドヴォルシャーク特有のものであり、私はむしろ、ドヴォルシャークが作ったあらゆる曲の中に、その響きを感じ取ることができると強調したいのです。
ですから、この曲を「黒人が故郷アフリカを思う血の郷愁」と見てもよいですし、「アメリカ・インディアンが、白人が来る前のかつての大草原を思う郷愁」と言うことも妨げません。また、ドヴォルシャークが故郷ボヘミアに対して抱いた、どうしようもなく切ない郷愁だと感じても、まったく差し支えないわけです。
善良で、弱気で、人間と自然を愛さずにはいられなかったドヴォルシャークは、「新世界交響曲」やその他の作品において、「人類の原始的な生活へのあこがれ」を描いたのだとすれば、それもまた納得できることだと私は思います。
人付き合いや、見せかけの態度、形式的な挨拶、駆け引き、そして複雑きわまりない現代の生活は、ドヴォルシャークにとっては、かなり荷の重いものだったに違いありません。
素朴な生活へ戻りたいと願うドヴォルシャークの心が、この郷愁となって数々の傑作を残し、ともすれば嘘や複雑さに巻き込まれて、人間本来の美しい姿を失いかけている現代人への、良い警告となったのではないでしょうか。
私はそのように解釈して、ドヴォルシャークの音楽に尊さを見出し、その郷愁に涙するのです。

美と愛と光明

ドヴォルシャークの音楽は、古典的な形式の美しさと、ロマンティックで優しい心情が見事に結びついたもので、一つひとつの曲を支配している気分は「もののあわれ」です。
「もののあわれ」が東洋芸術の真髄であることは、言うまでもありません。
ドヴォルシャークの音楽が、派手好きなアメリカ人にも、理屈っぽいヨーロッパ人にも、そして瞑想的な東洋人にも愛されるのは、そのためなのです。
「ドヴォルシャークの郷愁は、アメリカに行ってインディアンや黒人から学んだものだ」と言う人がいますが、それはアメリカへ行く前のドヴォルシャークの作品にも、同じ郷愁と「もののあわれ」が漂っていることを知らない人の意見です。
ドヴォルシャークの曲には、一編ごとに豊かな人間愛があふれ、温かさと美しさが隅々まで行き渡っています。
あえて「新世界交響曲」ばかりを取り上げる必要はありません。
「スラヴ舞曲」にも、「チェロ協奏曲」にも、「ヴァイオリン協奏曲」にも、「アメリカン四重奏曲」にも、豊かな人間愛と――愛しても愛し切れない、愛が余るほどあふれて苦しくなるような郷愁が味わえるのです。
近頃の世界の音楽は、やたらに新しいものばかりを追い求めて、必ずしも美しいとは限らないものになりつつあります。
しかし、普通の人々にとっては、「美しくなければ音楽ではない」のです。
美しさと温かい人間愛に恵まれてこそ、芸術はいつの時代までも栄えていくのです。
チャイコフスキーやドヴォルシャークの音楽は、現代の最先端を行く人たちには少し甘すぎるかもしれません。ですが、近代フランスの退廃的な傾向を持つある種の新音楽や、アメリカの騒がしいジャズに比べれば、人間生活を豊かにし、人の魂に栄養を与える力という点では、比べものにならないほど素晴らしいものです。
結局のところ、音楽は、優しい魂と美しい技術を持って作られたものを第一とすべきだ、ということに異論はないはずです。
一八九五年、故郷ボヘミアに帰ったドヴォルシャークは、プラハ音楽院で作曲を教え、のちに校長として名声を博しました。一音楽家でありながら上院の終身議員にもなり、大きな功績を残して、一九〇四年五月一日、六十三歳でこの世を去りました。
その優しい魂は「新世界交響曲」や「ユモレスク」と共に、これからも世界中の人々の心に、美しさと愛と光をもたらし続けることでしょう。

ドヴォルシャークの作品とそのレコード
「新世界交響曲」以外は、あまり良いレコードはありません。
しかし、ドヴォルシャークは、この曲一つだけでも世界中の人々に愛され続けることでしょう。
「交響曲第五番=ホ短調(新世界より)」、このレコードはストコフスキーがフィラデルフィア管弦楽団を指揮したものが、決定的に素晴らしい出来栄えです(ビクターJD六六五―九)。「第二交響曲」と「第五交響曲(新世界)」については、ドヴォルシャークの故郷であるボヘミアにて、ターリッヒやセールといった指揮者がチェコ・フィルハーモニック管弦楽団を指揮して録音したビクターのレコードも存在します。これらはやはり、郷土の懐かしさが漂う点に最大の魅力があるといえるでしょう。

「チェロ協奏曲 ロ短調(作品104)」は、ドヴォルシャークの傑作の一つであり、哀愁を帯びたメロディが心を揺さぶります。カサルスがチェロを弾き、セールがチェコ・フィルを指揮した録音(ビクターJD-1187-91)は、数あるチェロの名盤の中でも特に素晴らしいものです。ほかにも、フォイアマンが弾いたコロムビア盤や、カサドが弾いたテレフンケン盤などもそれぞれ良さがありますが、やはりこの曲の決定盤といえばカサルスの演奏でしょう。

「弦楽四重奏曲 第6番 ヘ長調(ニガー)」は、「新世界交響曲」と似た雰囲気を持つ作品です。

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