灰色の着物を着た姉は、べつに姿を変える必要もなかったので、ある星の光ももれない真っ暗な真夜中に下界へ降りてきたのです。
そこは広い野原の中でありました。
けれどわざわいを下界にまいた姉は、どんなさびしいところを歩いても平気でありました。
野原の中には林がありました。
林をぬけると大きな墓地があります。
そこにはたくさんの墓がありました。
古いのや、まだ新しいのや、丈の高いのや、低いのがありました。
それをば、闇をすかして見まわしながら、姉はさも心地よさそうに笑いました。
そして墓地を過ぎて、丘にさしかかりますと、そこには大きな病院があります。
髪の毛を長くうしろに垂らした姉は、病院の内部に忍び込んで、病人のいるへやを、一つ一つのぞいて歩きました。
中には青い顔をして、うめいて、眠られずにいるのもあります。
また、中には苦痛にたえられないで、泣いているのもあります。
中には片腕を切られ、また両脚を切断されて不具者になっているのもあります。
そして今夜にも死にそうな重い病人もありました。
姉は、これらの人々を見ると、さも心からうれしそうにほほえみました。
「わたしの顔がいくら醜いといったとて、よもやこれほどではあるまい。」といって、なおあたりをさまよっていました。
すると、すぐ隣には狂人を容れた病院があったのです。
その精神病院には、女や、男の白痴がうようよしていました。
昼も夜も見分けがつかずに、彼らは泣いたり、わめいたり、悲しんだり、また声をたてて笑ったりしていました。
そしてじっとしているものもあれば、また、たえず歩きまわっているものもありました。
これを見ると、残忍な姉は、あまりのうれしさに身震いがしたのです。
「ああ、これでいい。下界の破滅も近づいた。」といいながら、歩いていますうちに、いつしか街へ出てしまいました。
そこには、大きな建物が、ひっそりとして死んだもののように横たわっていました。
姉は、右を見、左を見ていますうちに、一軒燈火のついた明るい店を見つけました。
彼女は、忍び足をして、その家に近づいてのぞいてみますと、中では美しい女や、男がたくさんに集まっていて楽器を鳴らし、唄をうたい、酒を飲んだり、また、たがいに手をとりあって、踊ったりして遊んでいたのであります。
「これは、また、なんということだ。」と、姉はいまいましそうに、ガラス球のような冷たい目を光らして闇の中から、それらのおもしろそうに遊んでいる人たちをにらみました。
ここばかりは、自分のまいたわざわいの砂や河の水がかからなかったのかと疑いながら、その家の前をおそろしい顔をして通りました。
すると、また一軒燈火のついた家がありました。
のぞいてみますと、そこにもまた、たくさんの人々が集まっておもしろそうに笑ったり、唄をうたったりして酒を飲んでいました。
「いよいよ不思議なことだ。どうしてこれらの人たちには、わたしのまいた砂や、水はかからなかったろう。」と、疑いながら、姉はその家の前を怒りながら通りすぎました。
この分なら、まだ世間には、どんな幸福な人たちが住んでいまいものでもないと、彼女は不安に感じてきました。
そしてもう一軒、念のために、かすかに燈火のもれる大きな家の窓さきに近寄って、戸のすきまからのぞいてみますと、へやのうちでは、美しい姉と妹が、真珠や、ルビーのはいった指輪や、腕輪を、いくつも取り出して見くらべているのでした。
そしてまたそのへやの中には、ピアノがあったり、ぜいたくな飾りのついた鏡が置いてあったり、ほかにも大きな額などがかかっていました。
「わたしは、みんなの幸福をのろったけれど、こういうように、ある一部の人々が不しあわせで、ある一部の人々がしあわせであることを望まなかった。
わたしは、なにもある一部の人たちにかぎって憎しみがあるのではない。
平等にみんなをのろったのであった。」それなのに、このありさまはどうしたことでしょう。
と、灰色の着物を着た姉は思いました。
彼女は、その夜の闇の中を通り、黒い流れのほとりへと帰ってきました。
そして、黒い森の王さまだと思っていたふくろうを呼び出すと、なぜ嘘をついたのかと厳しくしかりつけ、森の中から追い出してしまいました。
うす紅色の着物を着た妹は、これ以上黄金の砂を河に投げ入れることは、かえって不幸な人々を増やすだけだといって、ついに幸福を下界へ送ることをやめてしまいました。
ひとり灰色の着物を着た姉は、どうにかしてみんなを一度は災いの砂と水にさらし、苦しめてやらなければ気がすまないといって、執念深く、今でも夜も昼も黒い砂をまき、黒い河の水をすくっては、下界に向かってまき続けているということであります。
コメント