初級翻訳・空知川の岸辺 第2話

国木田 独歩

真紅に染まった木の葉は枝を離れ、二枚、三枚と馬車を追いかけるように舞っていました。
御者が鞭を強く一振りして、
「もうすぐ雨が降るぞ!」と叫びました。
「三浦屋の前で止めてくれ!」と先の男が叫んで、私を振り返りました。
私は目礼をして、その親切に感謝を示しました。
車の中の誰も一言も発さず、皆それぞれに思い詰めた顔をして物思いに沈んでいます。
御者はもう一度強く鞭を振るい、ラッパを吹き鳴らしました。すると、体は小さくても力強い北海の健児たちは、勢いよく駆け出しました。
林が少し開けて、開拓者の小屋が一軒、また一軒と現れてきたかと思うと、突然平野に出ました。
幅の広い道路の両側に、店のような建物がぽつりぽつりと並んでいる様子は、まさに新しい開拓地の市街地そのものでした。
馬車はラッパの音を勇ましく響かせながら、その間を駆け抜けていきました。

二

三浦屋に着くとすぐに主人を呼んで、空知川の岸辺へ行く方法を尋ね、今回の目的を詳しく話してみました。
ところが主人は、むしろ引き返して歌志内(うたしない)へ回り、そこから山を越えて行ったほうが便利だろうと言います。
「次の汽車なら日の暮れまでには歌志内に着きますから、今夜はそこで一泊して、明日よくお尋ねになってからお出かけになるのがいいでしょう。歌志内ならここらとは違って道庁の方もいますし、その井田さんという方が今どこにいるかも、きっと分かるはずですよ」
そう言われてみれば、確かにその通りです。
とはいえ私は、空知川の岸に沿って進めば、会いたいと思っていた道庁の役人・井田某の居所を知るのに最も都合が良いと信じて、わざわざ空知太までやって来たのです。
しかし、空知太から空知川の岸を伝って歩くには案内人が必要であり、そもそも道らしい道など開かれていないということを、三浦屋の主人から初めて聞かされました。
そこで私は主人の助言に従い、歌志内へ回ることに決めました。次の汽車が来るまでの二時間以上を、三浦屋の二階で一人、ポツンと待つことになったのです。
見渡せば、目の前には平野が広がっています。
切り残された大木が、あちこちに突っ立っていました。風当たりが強いせいか、どの木も葉を落として丸裸になり、黄色く染まったわずかな葉が枝にしがみついているだけです。それすらも、見ているうちにハラハラと散っていきます。
風が強まるとともに、雨が降ってきました。
遠くは雨雲に閉ざされてよく見えず、すぐ近くに立っている高さ三丈(約九メートル)ほどの柏の木が、その太い葉を雨に打たれ、風に揺られて、恐ろしいような音を立てています。
道を通る人は一人もいません。
このような時に、このような場所で、一人も知人がおらず、一人も話す相手がおらず、旅人宿の窓に寄りかかって降りしきる秋の雨を眺めるというのは、決して楽しいものではありません。
私はふと、東京にいる両親や弟、親しい友人たちのことを思い起こし、今日まで自分を包んでくれていた人情がいかに温かいものだったかを、今更のように感じました。
男として志を立て、理想を追い求め、今こうして森の中で自由な天地を切り開こうとしているとき、決して弱気になってはいけないと自分を励ましましたが、結局のところ、理想は冷たく、人情は温かい。自然は厳しく親しみ難く、人が住む場所は懐かしく、安らぎを作るのに適しているものだと感じたのです。
私は悶々とした気持ちで二時間を過ごしました。
その間、雨が小止みになったかと思うと、遠くでラッパの音が響いてきました。
首を出して見ると、斜めに糸のように降る雨を突いて、一台の馬車が走ってきます。
私はその馬車に乗り込み、再び先の停車場へと、三浦屋を後にしました。
汽車の乗客は数えるほどしかいません。
私が入った車両には、私一人だけでした。
一人でいるのは心細いものだと、他の車両へ移ろうかとも思いましたが、思いとどまりました。雨と霧のせいで薄暗くなった車両の片隅に身を寄せ、暮れかけていく空の雲が流れていく様子や、車輪とともに回転するように通り過ぎる林の木々を、ぼんやりと眺めていました。
このような時、人は往々にして無念無想の状態になるものです。
損得の考えもなく、過去や未来への思いもなく、愛し合う情もなければ憎しみの悩みもなく、失望も希望もなく、ただ空っぽの心で目を開き、耳を開いているのです。
旅をして心身ともに疲れ果て、それでも列車に揺られ、縁もゆかりもない土地を行くとき、人はしばしばこのような心境に陥るものです。
そんな時にふと目に入った光景は、深く脳裏に刻み込まれ、何年経っても忘れることができません。
私が今、車窓から眺めている雲の去来や、白樺の林の景色が、まさにそれだったのです。汽車が歌志内の谷間に着いたときには、雨はすっかり上がっており、日はまさに暮れようとしていました。私は泊まる当てもなく駅を出ましたが、さすがに何千人もの坑夫を抱え、幾百もの家々が狭い谷間にひしめき合っている場所だけあって、宿の客引きが二、三人待ち構えていました。
そのうちの一人に案内されて、小石が多くて明かりも暗い町を歩き、二階建ての旅籠(はたご)に入りました。田舎なまりをそのままに、心からの愛嬌で迎えてくれたときには、私も思わず微笑んでしまいました。

夜食を済ませると、呼んでもいないのに主人が私の部屋に来てくれたので、さっそく今回の目的を話して、彼からできる限りの知恵を貸してもらうことにしました。主人は私の話をニコニコしながら聞いていましたが、
「ちょっとお待ちください。少し心当たりがありますから」
と言い捨てて部屋を出て行きました。
しばらくして戻ってくると、
「いやあ、縁というのは奇妙なものですね。お客さん、もう安心してください。すっかり分かりましたよ!」
と、まるで自分のことのように喜んで座り込みました。
「分かったのですか?」
「分かったとも、大分かりです。四日前から私の家に泊まっているお客さんがいましてね。この方は御料地の係の方で、先々から山林を見分して回っていたのですが、空知の野宿が多かったせいか体を壊してしまって、今ここで療養されているんです。篠原さんという方ですがね。何でも私のところへ来る前日は空知川のほうにいたと聞いたので、もしやと思って今伺ってみたところ、ビンゴでした。うん、道庁の出張員なら、山を越すとすぐ下の小屋にいたとおっしゃるんですよ。どうぞご安心を。ここから一里(約4キロ)くらいなもので、難しいことはありません。朝行けばお昼前には帰ってこられますよ」
「本当にいろいろとありがとうございます。これで安心しました。しかし、今もその小屋にいてくれればいいのですが。居場所がひっきりなしに変わるから、道庁でも分からなかったくらいですから」
「大丈夫、いますよ。もし移動していたとしても、先にいた小屋の人に聞けばいいことです。遠くへ移るようなことはありませんから」
「とにかく明日、朝早く出かけますから、案内人を一人頼んでくれませんか」
「そうですね、山道で分かれ道も多いから、やはり案内が必要でしょう。うちのせがれを連れて行きなさい。十四歳の小僧ですが、空知太(そらちぶと)までの道は知っています。

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