初級翻訳・空知川の岸辺 第4話

国木田 独歩

森の中を流れているんですから」
二人は、頭が隠れるほどの熊笹の間を縫うように続く、帯のような細道をしばらく行くと、一人の老人に出会いました。私は道庁の出張員がいる小屋の場所を尋ねました。
「この道を三丁(約300メートル)ほど行くと幅の広い新しい道路に出る。その右側の一番最初の小屋に居なさるよ」と言い捨てて、老人は去っていきました。
歌志内を出てからここまで、人に会ったのはこの老人だけでしたし、途中で小屋らしいものも見かけませんでした。私はこの老人を見て、空知川の岸辺にも、すでに何人もの開拓者が入り込んでいることを実感しました。
熊笹の道を通り抜けると、果たして、予想もしなかった広い道が深い森を切り開いて一直線に作られていました。
その幅は五間(約9メートル)以上もありそうです。しかも、両側に生い茂る林は二丈(約6メートル)から三丈(約9メートル)を超える大木ばかりなので、この広い大道も、まるで堀割を通る鉄道の線路のようでした。しかし私はこの道路を見て、開拓に熱心な道庁の計画が、どれほど困難なものかを知ったのでした。
見ると、その道路の最初の右側に、内地では見ることのない異様な掘っ立て小屋がありました。小屋の左右や後ろの林は切り倒され、二、三段歩(約20〜30アール)ほどの平地が開かれています。
私は無事にその小屋で、道庁の役人である井田氏と、もう一人に出会うことができました。殖民課長の丁寧な紹介のおかげで、彼らはとても親切に私の相談に乗ってくれました。
さらに驚いたことに、彼らは私の名前を聞くと、すでに私のことを知っていたのです。私の拙い文章も、いつの間にか北海道の思わぬ地で読まれていたのでした。二人は私の目的を聞き終えると、空知川沿岸の地図を広げました。そして、彼らの豊富な経験に基づき、移民のために区画された一区画一万五千坪の土地の中から、六ヶ所ほどを選び出してくれました。

事務的な話が終わり、雑談に移りました。
小屋は三間(約5.4メートル)に四間(約7.2メートル)ほどしかなく、屋根も周囲の壁も大木の皮を幅広く剥ぎ取って組み合わせたもので、板を使っているのは床だけです。その床にはむしろが敷かれ、出入り口はこれまた樹皮を組んで戸としたものが一枚、ぶら下がっているだけ。これが開拓者の巣であり、家であり、いや、城郭なのです。
部屋の一隅には長方形の大きな炉が切ってあり、これを火鉢として、かまどとして、煙草盆として、冬になれば暖炉として使うのでした。

「冬になったらたまらないでしょうね、こんな小屋にいては」
「だって開拓者はみんなこんな小屋に住んでいるのですよ。どうです、辛抱ができますか?」と井田氏は笑いながら言いました。
「覚悟はしていますが、いざとなったら随分と困るでしょうね」
「しかし、思ったほどでもないものですよ。もし冬になってどうしても辛抱ができそうもなかったら、あなたのような方なら札幌へ逃げて来ればいい。どうせ冬ごもりはどこでしても同じことですから」
「はっはっはっ、それなら初めから小作人に任せて、自分は札幌にいる方がいいでしょう」と、もう一人の属官が言いました。
「その通りです、その通り。冬になって札幌に逃げて行くほどなら、いっそ初めから東京にいて開墾した方がいい。なに、僕は辛抱しますよ」と、私は覚悟を見せました。
井田氏は言います。
「そうですな。まずは雪でも降ってきたら、この炉にどんどん薪を焼いて火を焚くんです。薪ならお手のものだから。それで、あなたのような方なら、本をたくさん持ち込んで勉強されるといい」
「雪が解けるころには大学者になって現れる、という趣向ですか」と、私は思わず笑いました。

話をしていると、突然パラパラと音がしてきました。外に出てみると、日は薄く光り、雲は静かに流れ、寂しい深林を越えて時雨(しぐれ)が過ぎ去っていくところでした。
私は宿の息子を残し、一人でこの辺りを散歩しようと小屋を出ました。
げに怪しき道路よ。これは千年の深林を切り開き、人の力で自然に打ち勝つために、あえて人里離れた地を選んで作られたものなのです。見渡す限り、両側の森林が道を覆うばかりで、人の影一つなく、煙一つ上がらず、人の声一つ聞こえず、寂々と横たわっています。
私は時雨の音の寂しさを知っているつもりでしたが、原始の大森林を忍びやかに過ぎゆく時雨ほど、寂しさを感じたことはありませんでした。これは実に、自然がひっそりと交わす内緒話のようです。
深林の底にいてこの音を聞く者が、人間という生き物を冷笑する自然の無限の威力を感じないでいられるでしょうか。怒濤(どとう)、暴風、激しい雷、光る稲妻は、自然の虚勢にすぎません。その威力が最も人に迫るのは、自然が最も静かな時です。高遠な青空が、何の音もなくただ黙して下界を見下ろす時。これまで人の足跡を許さなかった深林の奥深くで、一片の木の葉が朽ちて、風もないのに落ちる時。自然は欠伸(あくび)をしてこう言います。「ああ、私の一日も暮れようとしている」と。そして、人間の千年は、その一瞬のうちに飛び去っていくのです。

私は両側の林を覗きながら歩き、左側で林が少し薄くなっている場所を見つけました。下草を分けて進み、ふと振り返ると、私はいつの間にか深林の底に立っていました。
とある大木が朽ちて倒れているところに腰をかけました。林が暗くなったかと思うと、高い枝の上を時雨がサラサラと降ってきました。来たかと思うと間もなく止み、森はしんと静まり返りました。
私はしばらくじっとして、林の奥の暗くなっている場所を見つめていました。社会がどこにあるのか。人間が誇らしげに語り継ぐ「歴史」がどこにあるのか。この場所にいて、この時にあっては、人はただ「生存」そのものが、自然の一呼吸の中に託されていることを感じるばかりです。
ロシアの詩人はかつて森林の中に座して、死の影が自分に迫るのを感じたと言いましたが、まさにその通りです。また彼はこうも言いました。「人類の最後の一人がこの地球上から消滅する時、木の葉の一片もそのためにそよぐことはない」と。
死のように静かで、冷たく、暗く、深い森林の中に座して、このような威圧を感じない者は誰もいないでしょう。
私が我を忘れて恐ろしい空想に沈んでいると、「旦那! 旦那!」と呼ぶ声が森の外からしました。急いで出てみると、宿の息子が立っていました。
「もう用事が済んだようですから、帰りましょう」

そこで二人はひとまず小屋へ戻りました。すると井田氏は言いました。
「どうです、今夜は試験のために、一晩ここに泊まってみては」

私は結局、再び北海道の地を踏むことなく今日に至りました。
たとえ家庭の事情で開墾の目的を中止せざるを得なかったとしても、私は今もなお空知川の沿岸を思うと、あの冷厳な自然が、私を惹きつけるように感じるのです。
なぜだろうか。

(明治三十五年十一月―十二月)

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