初級翻訳・若草物語 第12話

オルコット ルイーザ・メイ

お礼の言葉もうまく言えないので、ただ一生懸命にその手をぎゅっと握りしめることしかできませんでした。
老人は、そっとベスの髪に自分の額をあてて言いました。
「わしには、昔、こういう娘がおったのじゃ。ああ、かわいい子よ。さあ、さようなら、お嬢さん。」

老人が大急ぎで帰っていくと、ベスはお母さんと一緒に喜び合いました。そして、そのうれしいニュースを仲良しの人形たちに報告しようと、二階へ駆け上がっていきました。
その晩、ベスは今までになく楽しそうに歌をうたいました。
あくる日、老人とローリイが出かけたのを見届けたベスは、こっそりと客間へ忍び込み、震える指でピアノを弾きました。
ああ、なんと美しい音色でしょう。ベスはうっとりと夢見心地になり、喜びは尽きることなく、時間を忘れて弾き続けました。ハンナが食事の支度ができたと呼びに来るまで、手を止めることができませんでした。
それからというもの、ベスは毎日のように生垣をくぐり、客間に忍び込んではピアノを弾きました。
ベスは、老人がその調べを聞くために、自分の部屋の扉を少しだけ開けておいてくれることも、新しい楽譜をそっと用意しておいてくれることも、ローリイが広間にいて女中たちが来ないよう見張ってくれていることも知りませんでした。
ただベスは、自分の願いがかなったことに感謝して、心から楽しい日々を過ごしていたのです。

それから二、三週間がたちました。
ある日、ベスはお母さんに言いました。
「おかあさん、あたしローレンスのおじいさんに、スリッパを一つ作ってあげたいの。あたし、お礼をしたいんだけど、ほかにどうしていいかわからないんです。」

お母さんはにっこりと笑って言いました。
「ええ、ええ。作ってあげなさい。きっとお喜びになるでしょう。みんなも手伝ってくれるでしょうし、材料費はお母さんが出してあげますよ。」
お母さんは、ベスがめったにおねだりをすることがないので、今、ベスの望みをかなえてやれることが何よりも嬉しかったのです。

ベスはメグやジョウと相談して型を選び、材料を揃えてスリッパを作りはじめました。
紫紺の布地に、しなやかな三色すみれの花を刺繍したのがとてもかわいいと、みんなが褒めてくれました。
ベスは手が器用でしたし、朝から晩まで夢中で取り組んでいたので、すぐにできあがりました。
それからベスはごく短い手紙を書き、ローリイに頼んで、ある朝、老人がまだ起きないうちにこっそりと書斎のテーブルの上に、スリッパと一緒に置いてもらいました。
ベスは心待ちにしていましたが、その日も、次の日の朝も、なんの返事もありません。
「きっと、老人を怒らせてしまったんだわ」と、ベスは心配しはじめました。

けれどその日の午後、ベスがちょっとお使いに出た帰り道に、思いがけないことが起こりました。
ベスが家の近くまで来たとき、客間の窓から四つの頭がのぞき、たくさんの手が振られ、一斉に叫ぶ声が耳に飛び込んできたのです。
「ローレンスさんからお返事が届いてるわよ!」

ベスは胸をドキドキさせながら、急いで帰ってきました。
すると姉妹たちは玄関で待っていて、ベスを捕まえると、わいわい騒ぎながらかつぐようにして客間へ連れていきました。
「ほら、あれを見て!」と、みんなが指さす方向を見たとき、ベスは嬉しさと驚きで真っ青になってしまいました。
ああ、そこには小さなキャビネット・ピアノが置かれていて、ピカピカした蓋の上には「エリザベス・マーチ様」と書かれた手紙がのっていたのです。

「あたしに?」ベスはジョウにつかまり、倒れそうな気がしながらあえぐように言いました。
ジョウは手紙を渡しながら言いました。
「そう、あんたによ! いい方ね、世の中で一番いいおじいさんね。鍵もこの手紙の中に入っているわ。」

「読んでちょうだい、あたし読めないわ。なんだか夢みたいで、ああ、とっても素敵!」
ベスはその贈り物にすっかり腰を抜かしてしまい、ジョウのエプロンに顔を隠しました。
ジョウが手紙を開くと、最初の言葉を見て笑い出しました。そこにはこう書かれていたからです。

「マーチさん、親愛なるお嬢さんへ」

「まあ、なんて素敵な書き出し! あたしにも誰かがそんなふうに手紙を書いてくれたらいいのに」と、エミイが言いました。エミイには、こういう昔風の丁寧な書き出しが、とても上品に思えたのです。

「小生、これまでに数多くのスリッパを使用してまいりましたが、あなたからいただいたスリッパほど、小生に似合うものはございませんでした。三色すみれ、すなわち心を安める花は、小生の愛する花であり、やさしき送り主を常に思い起こさせてくれるものと存じます。」ですから、このわたくしが負っている恩義をお返ししたく、どうかこの老いぼれの、かつて愛した孫娘のものであった品を、あなたに受け取っていただきたいのです。
心からの感謝と祝福を込めて。あなたのことを喜んで見守る友人であり、また卑しき召使いである、ジェームス・ローレンスより。
」
「ねえ、ベス! あなた、本当に誇っていいのよ! ローリイから聞いたのだけど、おじいさんは亡くなったお孫さんのことが大好きで、その思い出の品をずっと大切にしまっておられたんですって。
そのピアノを、あなたにプレゼントしてくださったのよ。
あなたの大きな青い瞳と、音楽を愛する心を見てくださったのね。」
 ジョウはそう言いながら、今まで見たこともないほど興奮し、震えているベスを一生懸命になだめようとしました。
すると、メグも声を弾ませました。
「見てごらんなさい!
このキャンドル立てに、真ん中に金のバラがついた緑の絹のカバー、素敵な楽譜立てに、椅子まで、全部そろっているわ。」
そう言って楽器の蓋を開け、その美しい中身を見せてくれました。
そのとき、家族の喜びも悲しみも、いつも分かち合ってくれる女中のハンナが言いました。
「さあ、弾いてごらんよ。そのかわいいピアノの音を聞かせておくれ。」
そこでベスが鍵盤に触れると、みんな口を揃えて、これほど美しい音色は聞いたことがないと言いました。
ピアノは新しく調律されていて、完璧な音程に整えられていたのです。
ああ、なんと素晴らしい響きだったことでしょう。
「おじいさんのところへ行って、お礼を言わなくちゃいけないわね。」
ジョウが冗談のつもりで言いました。もちろん、恥ずかしがり屋のベスが本当にそんなことをするはずがないと思っていたのですが、ベスはすぐに、
「ええ、行くわ。今すぐ」
と答えて庭へ降り、生垣をくぐり抜けてローレンス邸の扉を開け、中へと入っていったのです。
これにはみんな呆気にとられてしまいましたが、ベスがそのあと何をしたかを知れば、もっと驚いたに違いありません。
ベスは書斎の扉をノックし、「お入り」という声を聞くと中へ入っていきました。驚くローレンスさんのそばへ歩み寄り、手を差し出しながら、
「あたし、お礼を言いに来ました」
と伝えましたが、やさしい老人の瞳と向き合った瞬間、もう言葉が続かなくなってしまい、思わず老人の首に抱きついて、自分の唇を頬に寄せました。
老人は、もし屋根が突然吹き飛んだとしても、これほどは驚かなかったでしょう。

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