初級翻訳・魔法博士 第27話

江戸川 乱歩

ウヘヘヘ……、おれがひとこと命じれば、三人の部下の持った短剣が、ぐさっと突き刺さるのだ。
それでもいいのかっ!」
 するとこんどは、明智探偵のほうが、魔法博士におとらぬ高らかな笑い声をたてました。
「ワハハハ……、きみは、なんという頭のにぶい男だ。
まだ、事態がさっしがつかないのか。
それじゃあ、見せてやる。
おい、きみたち、前へ出てきたまえ!」
 すると、ずらりと並んだ警官隊がさっと道をひらき、そのうしろにかくれていた三人の少年が、ニコニコしながら元気に出てきました。
小林、井上、野呂の三人です。
「どうだ、わかったか。
いまきみの部下が短剣をつきつけている少年たちは、みんなかえだまだよ。
井上、野呂のふたりは、きみが見つけだして、グーテンベルクの聖書を盗むときにつかった、あのかえだま少年だ。
それをべつの部屋にかくしておいたのを、ぼくが、牢屋に入っているほんもののふたりの少年とすりかえたのだ。
さっき、ぼくはにせの明智といっしょに、ひとりの少年をこのやしきにひきいれたといったね。
それは小林君によくにた、かえだま少年だったのだ。
いま牢屋の中にいるのは、そのかえだまのほうだよ。
だから、ここにあらわれた三人のほうが、みんなほんものなのだ。
じぶんでもかえだまを使うくせに、ぼくのほうのかえだまに気がつかないとは、きみもうかつな男だねえ。
ワハハハ……」
 魔法博士は、もうグウのねも出ません。
死にものぐるいになってきょろきょろとあたりを見まわしていましたが、「ちくしょうっ!」と叫ぶと、いきなり向こうへかけだしました。
「待てっ! きみはさいごの手段として、火薬の樽に火をつけて、この地下の国を爆破するつもりだろう。
だが、そんなものを見逃すぼくではない。
あの火薬はすっかり水びたしにして、使えないようにしてある。
むだなあがきはしないがいい!」
「うぬっ!」
 魔法博士は歯ぎしりをしてくやしがり、こんどは別の道へかけだそうとしました。
「だめだっ、そっちもだめだよ。
きみはゾウをはなって、ぼくらを踏み殺させようというのだろう。
それもちゃんと手配がしてある。
あのゾウは、警官と、警察からつれてきたゾウ使いに番をさせてある。
きみなんかを近よらせたりはしないよ」
 それをきくと、かけだしていた魔法博士はハッとして、その場に立ちどまってしまいました。
明智はさらに声をはげまして、さいごのとどめをさしました。
「魔法博士! きみが何者だか、ぼくが知らないとでも思っているのか。
ぼくにこれほど激しいうらみをもっているやつは、ほかにはいない。
きみは、怪人二十面相だっ! いや、いっそ四十面相と呼んだほうがいいのか。
きみはなんどつかまえても、うまく刑務所をぬけ出し、しょうこりもなくぼくに復讐をくわだてる、執念ぶかい悪魔だっ! しかし、もう運のつきだっ! おとなしくつかまるがいい!」
 正体をあばかれた魔法博士――二十面相は、ギョッとして立ちすくみましたが、そんなことでおとなしく降参するような男ではありません。
いきなりこんどはまた別のほうへかけだしました。
警官たちは「それっ!」とあとを追い、二十面相の黄金怪人にくみつきましたが、相手は死にものぐるいの悪魔です。
恐ろしい力でこれをふりほどき、つきとばし、まるで荒れ狂う鬼のように暴れながら、岩の廊下を奥へ奥へと走っていきます。
ピカピカ光る金色のかたまりが岩かどにぶっつかり、ころがったかと思うと、すぐ立ちあがって、むしゃくしゃに走るのです。
バーン、バーンと、警官たちのピストルが岩の廊下にものすごい音で鳴りひびきました。しかし、むろん、ねらいははずしているのです。
そのたまが岩のてんじょうにあたってパッと火ばなを散らし、岩がくだけ落ちます。
二十面相の黄金怪人は、そんなことに驚くものではありません。
まるでピストルの音に、はげまされでもしたように、いっそう足をはやめて、走るのです。
岩かどを、いくつもまがって、たどりついたのは、あの胎内くぐりの巨大な胃袋の前でした。
二十面相は、いきなり、その胃袋の中へもぐっていきます。
胃袋から食道、巨大なちょうちんのような心臓のわきを通ってのどに出ると、ぐにゃぐにゃした大きな舌の上をはって、巨人の口へ……。
一つ一つの歯が、ランドセルほどもある、あの大きな口をはいだすために、下の前歯を乗りこそうとしたときです。
二十面相の金いろの顔のなかから、「ギャーッ」という、なんともいえない恐ろしい悲鳴が、ほとばしりました。
巨人の歯がぎゅっと、かみあわされたのです。
そして、二十面相のからだが、そのあいだにはさまれて、おしつぶされそうになったのです。
機械じかけでしめつけられるので、とても抜けだすことはできません。
二十面相の黄金怪人は、ただ手足をばたばたやって、死にものぐるいに、もがくばかりです。
明智探偵は、この巨人の胎内くぐりの機械じかけを、じゅうぶん研究しておいたのです。
そして、二十面相がその中へ逃げこんだのを見ると、ちょうど歯のあいだから、はいだすときを見はからって、うしろのほうにあるスイッチをおし、がくっと歯をかみあわせるようにしたのです。
それから、巨人の顔の前にまわった警官たちが、歯にはさまれて、もがいている黄金怪人を、なんのくもなく、しばりあげてしまいました。
これが二十面相のさいごでした。
こんどこそ、厳重な牢屋に入れられ、ふたたび日のめを見ることができなくなることでしょう。
こうして、名探偵明智小五郎と小林少年の、かがやかしい手柄ばなしが、またひとつ加えられたのでした。

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