初級翻訳・長彦と丸彦 第4話

豊島 与志雄

そして驚かれたことには、京の大臣の屋敷から悪者に盗まれたあの立派な馬が取り押さえられており、さらに噂の高かった鞍馬の夜叉王までもが捕らえられていたのです。
それについて長彦から詳しい話を聞き、坂の上の朝臣がどれほど満足されたかは、言うまでもありません。
そしてこれからの処置についても、朝臣は長彦の考えに全面的に賛成されました。
あの観音様の像は、またいつ悪者たちの手で悪用されるかわからないから、琵琶湖に捧げて沈めてしまおう、という提案です。
観音様の中にも、水と縁の深い「魚籃観音(ぎょらんかんのん)」がおられるし、水中の神である「水天」もいることだから、あの観音様に琵琶湖の守り主となっていただこう、というのです。
さて、その当日になると、ありがたい観音様が琵琶湖の守り主として水に入られると聞きつけ、大勢の人々が湖の岸辺に集まりました。
岸には、紫色の法被を着た水夫たちが、きれいに洗い清めた船を用意していました。
その船の方へ、観音様が進んでいかれます。
まっ先に三井寺から招かれたお坊さんが歩き、次に観音様を背負っている鞍馬の夜叉王が続き、堅田の顔丸の丸彦が後ろから見張り、そのあとに顔長の長彦と坂の上の朝臣が並び、最後に召使いの男や女たちが従いました。
人々はどよめきに包まれました。
お婆さんが地面にひざまずき、観音様を拝みました。
船頭の親方も膝をついて、観音様にそっと手を触れてお祈りをしました。
それから、多くの人たちが観音様をそっとなでて、それぞれに祈りを捧げました。
そんな中、観音様を背負っている夜叉王が、次第に苦しそうな息遣いになり、汗を流し始めました。
観音様がだんだんと重くなっていくようでした。
夜叉王としては、これほど皆から敬い崇められている観音様を、悪だくみの道具に使ったことが、悔やんでも悔やみきれないほど恥ずかしく、辛かったからでした。
そして船の近くまで来ると、夜叉王は心の苦しみに耐えかねて、ばったりと倒れました。
その時、額を地面に打ちつけて傷を負い、黒い血がだらだらと流れました。
夜叉王は再び起き上がりました。
額からは今度は鮮やかな赤い血が出ていました。
そして、泣きながら顔長の長彦に頼みました。
「私も、観音様と一緒に、水の中に入れてください」「観音様のお供をして、いつまでもこの琵琶湖を守り続けたいのです」
それは、夜叉王の心からの願いでした。
長彦は夜叉王の様子をじっと見つめ、深くうなずいて言いました。
「今日はすぐにというわけにはいかないが、お前のことは私が考えておいてあげよう。私に任せておくといい」
そうして、一同は従者たちを岸に残し、船に乗り込みました。
船は沖へと漕ぎ出していきました。
沖の深い場所まで行くと、そこで観音様は静かに水の中へと入られました。
坂の上の朝臣の配慮により、鞍馬の夜叉王の処遇はすべて顔長の長彦に任され、京の大臣の屋敷から盗まれた馬は、顔丸の丸彦が譲り受けることになりました。
鞍馬の夜叉王は、すっかり心を入れ替えて善人になりました。
そして、丸彦に捕らえられていた手下の心も正し、続いて鞍馬山の奥に潜んでいた残りの手下たちも、皆心を入れ替えさせたのです。
顔長の長彦は、夜叉王がこれまで蓄えていたお金を、貧しい人々に配ってやりました。
それから、観音様に集まったお賽銭を元手にして、自分も私財を出し、さらに他の人々からも寄付を集めて、夜叉王のために立派な大きな船を造ってやりました。
そしてその船で、琵琶湖のあちこちを巡り、客を運んだり荷物を運んだりさせることにしたのです。
そのおかげで、琵琶湖の交通は大変便利になりました。
そして、どんなに激しい嵐の時でも、夜叉王の船はびくともせず、また、あの観音様が入水された場所には、不思議なことに波が一つも立たなかったということです。

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