初級翻訳・ふしぎ国探検 第7話

ふしぎ国探検

気が変な猫になっているのだからね。
……え、何か今、あなたがたの足の下を走ったって。
ああ、あの透明猫かもしれない」
 そのとき東助とヒトミは、たしかに猫の声を聞いた。
この部屋の戸棚の上に。
……だが猫の姿も見えなかったし、語り手の姿も同様に全く見えなかった。
二人の前に見えるのは、ビーカーから高くたちのぼっている湯気ばかりだった。

蠅のテレビジョン劇

 ふしぎなポーデル博士の、ふしぎな国々への案内はつづく。
東助とヒトミは、ポーデル博士の操縦する樽(たる)ロケット艇にのって、ふしぎな旅をつづける。
「博士。
こんどはどんなふしぎな国へつれていって下さるんですか」
 東助が、顔をかがやかして、きいた。
「こんどは、なかなか深刻なところへ案内いたします」
「深刻なところって、どんなところですの」
 ヒトミも座席から、からだをのりだす。
「蠅(はえ)の社会へ案内いたします」
「あら、蠅の社会が深刻なんですか」
「蠅の考えていること、人類にとってはなかなか深刻あります。
これから私案内するところは、蠅が作り、そして蠅が演ずるテレビジョン劇であります。
それをごらんにいれます」
「まあ、すてき。
蠅でも劇をするんですの。
しかもテレビジョン劇なんて、あたらしいものを」
「人類は、人類のこととなるとわりあいによく知っていますが、その他のこと、たとえば馬のこと、犬のこと、兎のこと、毛虫のこと、蠅のことなどについては、あまりに知りません。
それ、よくありません。
蠅が何を考えているか、それらのこと、よく知っておく、はなはだよろしいです」
 ポーデル博士は、いつになく深刻な顔つきになって、そういった。
「その蠅のテレビ劇を見るには、どこへいけばいいんですか」
「ヒマラヤ山の上へのぼります。
そして山の上から下界に住む蠅の世界がだすその電波を受信しましょう。
ああ、きました。
ヒマラヤのいただきです。
しずかに着陸します」
 博士のいったとおり、樽ロケット艇は気持よく、ゆっくりと着陸した。
「外へでるのですか」
「いや、外はなかなか寒い。
今でも氷点下三十度ぐらいあります。
蠅のテレビ劇は、この樽の中で見られます。
この器械がそれを受けてこの四角い幕に劇をうつします。
また蠅のいうことばを日本語になおしてだします」
「蠅のことばが、日本語になるんですの。
そんなことができるんですか」
「できます。
ものをいうとき、何をいうか、まず自分が心の中で考えます。
考えるということ、脳のはたらきです。
脳がはたらくと、一種の電波をだします。その電波を増幅して放送します。
それを受信して、復語器を使って日本語にも英語にも、好きなことばになおします。
わかりましたか」
「わかったようでもあり、わからないようでもあり」と東助は首をふって「それより早く、その蠅の劇を見せて下さい。
いや見せて聞かせて下さい。
その方が早わかりがします」
「よろしい。
すぐ見せます。
あなたがた、椅子をこの前において腰かける、よろしいです」
 そういって博士は、後向きになって、蠅の脳波を受信するテレビ受信機のスイッチを入れ、たくさんの目盛盤をひとつずつまわしはじめた。
すると、四角い映写幕に光がさして、ぼんやりした形があらわれて、ゆらゆらとゆれ、それからかすかなしゃがれた声が高声器の中からとびだした。
「何かでましたね。
しかし何だかはっきりしませんね」
 東助はいった。
ヒトミも前へのりだす。
「今もうすこしで、はっきりします。
お待ち下さい」
 なるほど、そのとおりだった。
間もなく急に画面がはっきりし、くさったかぼちゃの上に五六ぴきの蠅がたかっているところがうつりだした。
と、声も又はっきりしてきた。
羽根の音がぶんぶん、くちばしから、かぼちゃの汁をすう音がぴちゃぴちゃと、伴奏のように聞えるなかに、蠅たちは、しきりにおしゃべりをしている。
――

「アナウンスをいたします。
これは『原子弾戦争の果』の第二幕です。
あまいかぼちゃ酒がたらふくのめる、ごみ箱酒場で、大学教授たちが雑談に花を咲かしています」
「とにかく人類は横暴である。
かれらの数は、せいぜい十五億人ぐらいだ。
この地球の上では、人類は象と鯨につづいて、数のすくない生物だ。
それでいて、かれら人類は、地球はおれたちのものだ、とばかりに横暴なことをやりおる。
まことにけしからん」
「まったくそのとおりだ」
「そうでしょう。
数からいうと、人類なんか、われわれ蠅族にくらべて一億分の一の発言権もないはずだ。
ところが人類のすることはどうだ。
蠅叩きという道具でわれわれを叩き殺す。
石油乳剤をぶっかけて息の根をとめる」
「まだある。
蠅取紙という、ざんこくなとりもち地獄がある」
「ディ・ディ・ティーときたら、もっとすごい。
あれをまかれたら、まず助かる者はない」
「あれは、まだ値段が高くて、あまりたくさん製造できないから、人類は思い切ってわれわれにふりかけることができない。
まあそれでわれわれは皆殺しにあわなくて助かっているんだが、考えるとあぶないねえ」
「人類は、どこにわれわれ蠅族を殺す権利を持っているんだ。
けしからん。
天地創造の神は、人類だけを作りたもうたのではない。
象を作り、ライオンを作り、馬を作り、犬、猫、魚、それから蛇、蛙、蝶、それからそのわれわれ蠅族、その他細菌とか木とか草とか、いろいろなものを作りたもうた。
われわれは神の子であるが故に、平等の権利を持って生れたのだ」
「そうだ。
そのとおりだ。
人類をのけたすべての生物は、人類に会議をひらくことを申込み、その会議の席でもって平等の権利を、人類にもう一度みとめさせるんだ。
そして人類を、小さいせまい場所へ追いこんでしまわなくてはならぬ」
「大さんせいだ。
蚊族、蝶族、蜂族などをさそいあわして、さっそく人類へ会議をひらくことをしょうちさせよう」
「それがいい。
そうでないと、われわれはほろびる」
「やあ、諸君は、何をそんなに赤くなって怒っているのか」
「おお、君か。
おそかったね。
さあ、ここに席がある」
「ありがとう。
……ちょっと聞いたが、また人類の横暴を攻撃していたようだね」
「そうなんだ。
だからひとつ地球生物会議をひらかせ、人類をひっこませようと思うが、どうだ」
「もうそんなことをするには及ばないよ。
人類はもうしばらくしたら亡んでしまう。
人類は自分で自分を亡ぼしかかっている」
「ほんとかい。
そんなことを、どこで聞いてきたのか」
「これは私の推論だ。
いいかね、人類は最近原子弾というものを発明した。
それは今までにないすごい爆発力を持ったもので、たった一発で、何十万何百万という人間を殺す力がある。
そういうすごい原子弾を、人類は競争でたくさんこしらえている」
「ふーん、それはすごい。
われわれはもちろん殺されてしまうね」
「それはそうだが、まあ待て。
人類は亡びるが、われわれは亡びないんだ。
というわけはやがて人類同士でこの次の戦争を始めるとなると、こんどはもっぱらこの原子弾を使う戦争となるわけだ。
これはすごいものだぞ。

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