三
ハボンスはうれしくてたまりませんでした。
自分の望む時にはいつでも、死んだ子どもの姿が見られるのです。
そのうえ、どうせもう死んでしまおうと思ったくらいですから、長く生きていたいという欲もありません。だから、ムクロジの実があるかぎり見事なシャボン玉を吹き上げたら、国一番の手品師として名を残すにちがいありません。
「これから一花咲かせてやろう」
そう思ってハボンスは、ちょっとした手品などをしながら旅費を稼ぎ、ついに都までやってきました。
そして、都の中でいちばん賑やかな広場にむしろを広げ、ムクロジの実の汁を銀の鉢の中にしぼり、竹の管でシャボン玉を吹き上げました。
「さあさあ皆さん、昔から今まで世界にまたとないシャボン玉吹きのハボンスだよ!
目の保養に命の洗濯、生きているうちに見ていきなさい!
天気はよし、風はなし、あれれシャボン玉が飛ぶわ、飛ぶわ。
飛んだシャボン玉が、何でもござれ望み通りのものになるという、不思議で不思議な芸当はこれから……。
さあ、ご注文、ご注文……!」
そして彼はあたりに立っている見物人を見回しました。
「スズメ!」と誰かが声をかけました。
「よろしい、スズメ!」
そう答えてハボンスは、シャボン玉を一つ吹き上げながら、「スズメになれ、スズメになーれ」と口の中で唱えると、不思議なことにシャボン玉がスズメになって飛んでいきました。
「お次は?」
「ヘビ!」
「よろしい、ヘビ!」
ハボンスはまた一つシャボン玉を吹いて、「ヘビになれ、ヘビになーれ」と口の中で唱えると、本当にヘビになって飛んでいきました。
さあ、見物人たちは大騒ぎです。
今まで見たことも聞いたこともない、不思議きわまりない芸当なのです。
広場一面の人だかりから、「猫だ!」「馬だ!」「犬だ!」「花だ!」「筆だ!」と、いろんな注文が飛び交いました。
するとハボンスのシャボン玉は、言われた通りのものになって次々と飛んでいきました。
やがて、銀の鉢の中のムクロジの汁がなくなりかけますと、ハボンスは少し寂しそうな顔をして立ち上がりました。
「今日の芸当はこれでおしまい。
あとはまた明日のこと。
そこで今日のおしまいに、この世界一のシャボン玉吹きハボンスの、亡くなった子どもをお目にかけます。
それがすんだら、子どもの供養として、いくらでも構いませんから、お金をここに投げ入れていってください。
芸を見せた料金ではありません。
子どもの供養のために、どうかお気持ちを寄付してください」
そして彼は、残りの汁で大きなシャボン玉を一つ吹き上げて、「わしの子どもになれ、子どもになーれ」と口の中で唱えました。
するとシャボン玉が、亡くなった子どもの姿となり、にこにこ笑いながら空高く消えていきました。
ハボンスはその方へそっと手を合わせ、じっと見送りました。
大勢の見物人たちは、もう拍手することも忘れ、まるで夢見心地のようになっていました。それからふと思いついたように、まわりのあちこちから、小銭がパラパラと投げ入れられ始めました。
「もういい、これで十分だ。
そんなにたくさんはいらないよ」
そう言いながらハボンスは、むしろの上の小銭を拾い集め、銀の鉢とムクロジの実をふところにしまい、むしろをクルクルと巻いて、自分の泊まっている宿の方へ帰っていきました。
たくさんの人が、宿屋の前までぞろぞろとついて来ました。
四
ハボンスのうわさは、あっという間に一日で都じゅうに広がりました。
ハボンスがやってくる広場には、朝のまだ暗いうちから、たくさんの見物人がずらりと並んで待ちました。
ハボンスは、ムクロジの実がなくなってしまうまでだと思って、毎日広場に出かけました。
そして、いろんなものの形をシャボン玉で吹き上げて見せ、最後にはいつも、自分の亡くなった子どもの姿を見せました。
そうしてみんなから集まったお金は、困っている人たちに分けてあげました。
ところが或る朝、ハボンスがいつものように出かけようとしていると、その小さな宿屋へ、王様からお迎えの駕籠(かご)がやって来ました。
「お前の不思議な芸のうわさを聞いて、王様がぜひ一度ご覧になりたいとおっしゃっている。
これからさっそく来てもらいたい」
使の者はそう言いました。
ハボンスは、王様よりも多くの一般の人たちに見てもらいたいと思っていましたが、「一日だけでいいから」と頼まれたので、お迎えの駕籠に乗って王様のお城へ向かいました。
お城の中の美しい庭で、王様をはじめ多くの家来たちの前で、ハボンスは不思議なシャボン玉の芸を披露しました。
王様はすっかり感心してしまいました。
「お前は一体、誰からその芸を教わったのか?」と王様がたずねました。
「それは事情があって申し上げるわけにはまいりません」とハボンスは答えました。
「それなら無理には聞きまい。
だが、お前の芸はまったく世界に二つとない素晴らしいものだ。
どうだ、今日からこのわしに仕えてくれないか?」
「それもお受けいたしかねます」とハボンスは答えました。
「なぜかと申しますと、わたくしはもう間もなく、泡となって消えてしまわなければならない身の上でございますから」
これには王様もびっくり仰天しました。
そしていろいろと理由をたずねましたが、ハボンスはどうしてもそのわけを話そうとはしませんでした。
「明日、町の広場までおいでくだされば、何もかもよくおわかりになります」
ハボンスはそう答えるだけでした。
王様は大変残念がられましたが、どうしようもなかったので、翌日町の広場に出向くことを約束し、さらに「世界一のシャボン玉吹き」という名誉ある称号をお許しになりました。
ハボンスは、これで自分の望みもすべてかなったと思いました。
そして、この上は明日こそ、先に逝った子どものあとを追って、この世から消えてしまおうと固く心に決めました。
五
いよいよ待ちに待った翌日になると、町の広場は大変な大騒ぎになりました。
王様は大勢の家来を引き連れてやって来られます。
都の人たちもそのうわさを聞きつけて、「今日のハボンスの芸は見逃してはならない!」と、我も我もと出かけていきました。
なんと、都じゅうの人たちがその広場に集まったのです。
ハボンスは今日が最後の日だというので、赤や青、黄や紫などの美しいしま模様が入った上着を着て、頭には金色のとんがり帽子をかぶり、「世界一のシャボン玉吹きハボンス」と書いた旗を立てて、静かに広場のまん中に姿をあらわしました。
すると、四方から雷のようなすさまじい拍手と歓声がわき起こりました。
「さて皆さん、これからがお待ちかね、世界一のシャボン玉吹きハボンスの最後の芸でございます! どうぞよーく目を凝らしてご覧ください。芸が長すぎると退屈してしまうといいますから、今日は二つ三つでおしまいといたします」
そう言って彼は、魔法使いのおばあさんからもらったムクロジの実を取り出し、種のまわりに残っている実のまわタネのまわりの果肉をすっかり銀の鉢にはぎ落とし、そこに少しお湯を注いで、ほんのわずかな汁を作りました。
それから竹の管を取り出し、鉢の汁でシャボン玉をいくつも吹き上げました。
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